明治初年には「入札(いれふだ・にゅうさつ)」と呼ばれており、「附音挿図英和字彙」(一八七三)では、vote の訳語として「投票」があるが、「イレフダ」の読みが付いている。
投票は選挙における選挙人の意思表示をいうが,広義では,選挙以外のある事項に対する国民ないし住民の賛否をあらわす意思表示をいう(この場合は憲法改正の国民投票,裁判官の国民審査,直接請求なども含まれる)。さらにまた,合議体において選挙以外の方法で意思決定の手続に参加する成員の意思表示をいうこともある(書面による表示など)。
投票制度の歴史は古く,古代ギリシアやローマの都市国家においてすでに採用されていたが,投票権をもつものは市民権を有するものに限られていた。近代国家の初期の段階に至っても,投票権を有する者は制限されていた。1791年のフランス憲法では,市民を積極的市民と消極的市民に分け,一定期間の居住要件と財産を有する積極的市民のみに投票権を認めていた。日本でも,明治憲法の制定当初は,一定の居住要件を前提に一定の財産および収入を有する者のみに投票権を限定していた。この投票権の制限は1925年になって撤廃され,男子のみの普通選挙制度が確立した。そしてさらに,第2次大戦後の45年には婦人にも投票権が認められ,男女平等の投票制が採用されたのである。
選挙における投票方法については次のような基本原則がある。
(1)秘密投票主義 選挙人の意思表示に際しては,口頭,挙手,起立の方法や,候補者の氏名のほか投票人の氏名まで記載させるという公開の方法がとられる場合と秘密投票で行われる場合(公開投票制)とがある。前者は19世紀初期まで広く行われていたが,無産階級や労働者階級にも投票権が賦与されるに及んで社会的弱者の投票の秘密を保障するという観点から,秘密投票主義がとられるようになり,候補者の氏名だけを記載させる無記名投票制が採用されている。日本においても,1889年の選挙法では公開投票制を採用したが,1900年には改正され無記名投票制に変わっている。また,貴族院の伯・子・男爵議員の選挙は終始一貫して投票の公開主義が採用されていた。現行憲法は〈すべて選挙における投票の秘密は,これを侵してはならない。選挙人は,その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない〉(15条)と定め,秘密投票主義を採用している。
(2)任意投票主義 一定の年齢に達すると投票権の行使は保障されるが,投票の強制は許されない。強制投票は,選挙干渉,情実,因縁,買収などを生む危険性があり,かえって選挙を不公正なものとするからである。日本では,投票権の法的性格は権利であって義務ではないと解されているのはこうした強制投票を許さないためであるともいえる。したがって,投票権の行使を国民の権利としてみるとき,投票率を高めるために投票所へ有権者を強制的に連れだしたり,棄権の防止と称して正当な理由もなく棄権する者に対してなされる制裁は許されないことになる。
(3)単記投票主義 1選挙区から選出される議員定数の大小にかかわらず,投票用紙に1人の候補者の氏名を記載せしめるものである。これに対し,1選挙区につき2人以上の候補者の氏名を投票用紙に記載する場合を連記投票と呼んでいる。また,その場合でも,1選挙区の議員定数に達するまでの数の候補者の氏名を記載せしめるか,あるいは議員定数に達しない範囲での候補者の氏名を記載せしめるかによって完全連記制と制限連記制に分かれる。日本では1945年衆議院議員選挙法の改正で制限連記制が採用されたが,1度の選挙のみで廃止された。
(4)1人1票主義 1人に1個の投票権を認めることをいう(公職選挙法36条)。これに対し,選挙人の財産,門地,教育その他の条件によって,1人2個以上の投票権を認める制度を複数投票主義と呼んでいる。イギリス,ベルギー,オーストリア等の諸国で採用されていたが現在はみられない。1人1票主義に立つとき,1人で2個以上の選挙人名簿に登録され2個以上の投票を行った場合は,生活の本拠地とみなされない場所で行った投票のほうは無効となる。
(5)自書主義 選挙人が選挙日に,投票所に出頭し投票用紙にみずから候補者1人の氏名を記載する方法(自書投票)と,あらかじめ印刷してある候補者の氏名に記号をつける方法(記号式投票)とがある。日本では,自書投票を原則としながら,地方公共団体の議会の議員または長の選挙の投票については,地方公共団体が条例で記号式投票の方法をとることもできるとしている(46条の2)。この記号式投票は,日本においては例外であるが,アメリカでは投票機械が普及し,この制度が多く投票に用いられている。なお日本では自書には漢字,ひらがな,かたかな,ローマ字のほか,点字投票がある。そのほか,1948年の法改正以来,代筆を認める代理投票制度がある。公職選挙法では〈身体の故障又は文盲により自ら当該選挙の公職の候補者の氏名(比例代表選出議員の選挙にあっては,名簿届出政党等の名称及び略称)を記載できない選挙人は,……投票管理者に申請し,代理投票をさせることができる〉と定めている(48条1項)。
(6)投票所投票主義 選挙の当日,選挙人はみずから投票所に行き,選挙人名簿またはその抄本の対照を経て投票用紙の交付を受け,候補者の氏名を書いて投票箱に入れなければならない。これを投票所投票主義と呼ぶ。日本では,例外として不在者投票(49条)と在宅者投票(49条2項)が認められている。不在者投票は,選挙当日,(a)職務または業務中であること,(b)用務または事故のため,その属する投票区の区域外に滞在中(旅行中も含む)であること,(c)疾病,負傷その他,身体の障害等のため歩行が著しく困難であること,さらには,(d)交通至難の島等に居住中またはその地域において職務に従事中であることなどの理由により投票所に行くことができない場合に認められた投票の方法である(49条1項。1997年末の改正で条件が緩和された)。在宅者投票は,身体障害者または戦傷病者特別援護法に規定する戦傷病者のうち,一定の障害を有する選挙人に自宅等現在する場所において郵送で投票することが認められた投票の方法である(49条2項)。また,投票所には秩序保持の任にあたる投票管理者と投票事務の執行に立ち会い,その公正を監視せしめる投票立会人がおかれている。
執筆者:吉田 善明 なお,98年4月の公職選挙法改正(第4章の2を新設)により〈在外投票〉が認められ,2000年秋以降に実施されることとなった。これは海外に住む日本人有権者(98年現在,約56万人)が国政選挙の比例区に限って,郵便投票により投票できる制度で,そのために新たに〈在外選挙人名簿〉が市町村選挙管理委員会により調整される。
執筆者:黒田 満
現代民主主義は有権者である国民のなんらかの政治参加を前提としている。政治参加は不参加およびもっとも消極的な活動から積極的な活動へと累積的なものであると考えられており,消極的な活動に加わる人々の一部がその次の段階の積極的な活動に加わり,さらに,その一部の人々がより積極的な行動に加わっているとされる。そして,政治参加は,職業政治家,政党活動家,運動員のレベルから政治運動への参加,政治資金の提供,候補者との接触,知人に対する投票の働きかけ,政治問題についての会話,投票のレベルに至るにしたがって参加者数が増大する。したがって,投票は,もっとも一般的かつ基本的な政治参加の一様式である。
投票行動の分析は,第2次大戦後,西欧諸国および日本で急速に発達し,重要な研究分野の一つとなっている。まず,初期の段階では,選挙の開票結果の統計と種々の人口データとの関連性を研究することにより,投票行動の決定因が分析された。すなわち,選挙結果の集計単位ごとに人口構成や社会経済的指標が作成され,それらと投票結果との関連性を検討することにより,有権者の投票行動が有権者の社会的経済的背景に基づくものであるか否かが推測されるわけである。しかし,集計単位レベルでの分析では投票行動は推論されるにすぎず,データの制約から誤りの可能性があることが証明され,他方で,有権者から無作為にサンプルを選び出して直接面接を行う世論調査の手法がコンピューターの発達とともに容易となり,投票行動研究は飛躍的に発展した。今日では,選挙の集計結果に基づく研究以上に世論調査に基づく研究が中心となっている。
投票行動は,有権者の投票参加の決定(投票するか否か)とその集計結果としての選挙の投票率,そして,投票者の政党選択とその集計結果としての各党得票率という四つの変数としてとらえることができる。まず,有権者の投票参加および投票率を分析するためにとりあげられた要因は次のようなものである。(1)党派的選好の強さ 投票参加は特定の政党および候補者に対する好悪の感情があってはじめてなされる。どの候補者でも大差ないと考える有権者はあえて投票する必要がない。(2)選挙キャンペーンおよび選挙結果に対する関心 選挙に対する強い関心をもっている有権者ほど投票し,政治的関心の弱い有権者は投票しない。(3)政治的有効性感覚 政治に対して影響を与えることができると思っている有権者に投票する傾向が強く,政治に対して無力感を抱いている人は棄権する傾向が強い。(4)市民的義務感 政治に参加し,投票することが単なる有権者の権利でなく義務であると感ずる人は投票する傾向が強く,そうでない人は棄権する傾向がある。(5)交叉圧力の存在 候補者に対する複数の相反する好悪の感情をもつ有権者は棄権する傾向がある。以上のような要因のほかに,投票参加を合理的選択行動としてとらえる見方もある。すなわち,有権者は投票により得られる効用(支持候補者の当選による利益)と投票のコスト(他の活動を犠牲にして投票所へ行く損失)とを計算し,効用がコストを上回るときには投票し,そうでないときには棄権する。こうした合理的行動として,投票および棄権が説明されている。
次に,投票者の政党選択および各党得票率を説明する研究には次のようなタイプがある。(1)社会学的説明 性,年齢,職業,学歴,経済的地位,居住地の都市化のレベル,人種といった有権者の社会的属性によって投票行動を説明しようとするものである。たとえば,農業従事者は自民党に投票する傾向が強く,大企業労働者は社会党に投票する傾向が強いという形で分析される。しかし,日本では社会学的説明は必ずしも有効ではない。労働者や低所得者層の左翼政党投票の傾向は西ヨーロッパでは一般的であるが,日本では自民党と社会党への投票傾向が拮抗しており,明確な関連性があるとはいえない。また,社会的属性は時間的に安定しているため,毎回異なる選挙結果を有効に説明することができない。(2)心理学的説明 有権者の投票行動は,政党,候補者,政治的争点に対する有権者の態度によって説明されるとするものである。心理学的説明は社会学的説明よりも説明力が高い。有権者は特定の政党に対して政党支持態度という比較的安定した態度をもっており,この政党支持態度と,選挙のたびごとに変わる政治的争点に対する態度および候補者に対する好悪の態度とが相まって投票がなされると考えられる。この中で投票を決定する要因としてもっとも重要なものが政党支持態度であるが,近年では政治的争点に対する態度の重要性が高まってきており,争点投票に対する関心が集まっている。(3)ソーシャル・ネットワークによる説明 有権者は居住地域の自治会組織や職場における組織などに加入しており,そうした組織から選挙に関する情報や投票勧誘を受けていると考えられる。また,候補者は自前の後援会組織をはじめ,各種の職業団体,親睦団体を通じて有権者への浸透および支持者の獲得を図っている。こうして,選挙は,それぞれの候補者がそれぞれの組織や地域によって作り上げた地盤から確実に得られると見込まれる固定票をかかえながら,わずかに残っている組織化されていない支持の不安定な浮動票を争奪する争いと考えられる。分析の方法としては,有権者の居住地域や職場における組織加入と投票との関連性を検討すること,各候補者の地盤を分析すること,固定票と浮動票が選挙ごとでどの程度変化するかを推定することなどがあげられる。(4)合理的選択モデルによる説明 有権者の政党選択に関する合理的選択モデルを作成し,それに基づいて投票行動を説明するものである。これは,前述の心理学的説明が政党支持態度という,いわば非合理的な態度を強調したことに対する反論として登場してきた。有権者の投票行動を合理的なものととらえることにより,政党支持態度の形成にも単なる心理的要因だけでなく政治的社会化における社会環境に見合う合理性が明らかにされた。また,有権者が特定の政党に投票することも,その政党が有権者の選好をもっともよく代弁しているからであると考えられ,投票行動に関する解明が進められた。(5)政治経済学的説明 これは,選挙の集計結果をマクロの経済状況によって説明しようとするものである。経済的指標には,可処分所得,インフレ率,失業率,都市化の指標,工業化の指標,公共投資額,政府補助金額などが用いられる。この分析では,各年の選挙結果(たとえば,自民党得票率)と上述の各年の経済的指標をデータとして,ある程度長期間における傾向として経済の政治に対する影響を検討することになる。その結果,経済的に上向きのときには与党得票率が上昇し,不況時には下降するという一般的傾向が明らかにされている。
なお,投票に関する用語を二,三解説すると,〈浮動層〉とは選挙のたびごとに投票する候補や政党が異なる人々のことをいう。これに対して投票する候補が変わらない人々を固定層という。浮動層は政治変化を引き起こす要因であるが,政治意識の点では固定層よりも低いとされている。〈死票〉とは,選挙の結果,落選した候補者に投じられた票のことをいう。死票は小選挙区制でもっとも多く,大選挙区制,比例代表制では少ない。日本の中選挙区制は死票が比較的少なく効率がよい。〈無党派層〉は,特定の支持政党をもたない人々のことである。既存の政党に対する不信とそれによって生じた政治的無関心の結果と考えられる。選挙のたびごとに投票を変える浮動層と重なっていることが多い。
→選挙
執筆者:川人 貞史
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…選挙とは,集団あるいは団体において,その構成員中の一定の資格を備えた人々,すなわち有権者の投票によって,代表者や役員を選出する方法である。選挙は,国家,地方自治体などの政治組織に限らず,私企業,労働組合,学校,社交クラブ等多くの人的組織において広く行われている。…
※「投票」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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