クーパー(読み)くーぱー(英語表記)James Fenimore Cooper

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クーパー(James Fenimore Cooper)
くーぱー
James Fenimore Cooper
(1789―1851)

アメリカの小説家。9月15日、ニュー・ジャージー州バーリントンに生まれる。父親はニューヨーク州中央部オトシーゴ湖のほとりにクーパーズタウンを創設した開拓者。文明と荒野の出会うこの辺境の地で成長期を過ごした三男のジェームズは、エール大学に進んだが乱暴な行為により退学。船員、続いて海軍軍人として数年間の海洋生活を経て結婚、家督を相続して農園主となる。30歳のとき妻にイギリスの小説を読み聞かせているうち、もっとよいものを書いてみせると広言したのがきっかけで創作活動に入る。まずイギリスを舞台に、ジェーン・オースティンばりの家庭小説『用心』(1820)を書いたが習作の域を出なかった。次作の歴史小説『スパイ』(1821)では独立戦争時代を背景にワシントンの腹心のスパイを登場させ、その内心の葛藤(かっとう)を描いて成功。以後、草創期のアメリカ文学界で本格的長編小説を手がけ「アメリカのスコット」とよばれるほど文名を高めた。代表的な連作小説『革脚絆(かわきゃはん)物語』(1823~41)は北米新大陸の辺境に生きる白人猟師とインディアンの運命を歴史的展望をもって描き上げ、国民文学の基礎を培った。また海洋小説の先駆者としても『水先案内人』(1824)、『赤い海賊』(1827)などの雄大なロマンがあり、メルビルらに影響を与えている。
 クーパーは1826年から7年間滞欧生活を経験し、この間、旧大陸の封建的空気のなかでアメリカ民主主義の利点を説く。ところが帰朝してみると、母国が行きすぎた民主主義と商業主義のために毒され、日増しに俗化していく現実を目の当たりにし、政治・社会評論集『アメリカの民主主義者』(1838)を書いて警鐘を鳴らし、農本主義を地盤とする少数の廉直な紳士が民主的文化国家の柱石とならねばならぬと説いた。1840年代、ニューヨーク州で農園主に対する小作人(クーパーのいう「渡者(わたりもの)」)の暴動が発生すると、ペンをもって理非を正すべく社会問題小説三部作『リトルペイジ家の記録』(1845~46)を世に問うが、結局、時代の潮流に逆らうことはできなかった。また開拓精神と農本主義的理想が衆愚政治や商業主義に侵されていく過程を危機感をもって描いた長編小説『噴火口』(1848)があり、クーパーの晩年の心境が浮き彫りにされている。1851年9月14日没。[小原広忠]
『小原広忠訳、大橋健三郎解説「アメリカの民主主義者」「アメリカ人観」(『アメリカ古典文庫3 J・フェニモア・クーパー』所収・1976・研究社出版) ▽小原広忠著「荒野への讃歌――クーパーとソーロー」(『講座アメリカの文化2 フロンティアの意味』所収・1969・南雲堂)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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