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グレー グレー Gray, Asa

28件 の用語解説(グレーの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グレー
グレー
Gray, Asa

[生]1810.11.18. ニューヨーク,ソークォイト
[没]1888.1.30. マサチューセッツケンブリッジ
アメリカの植物分類学者,植物地理学者。 1831年フェアフィールド医学校で学位取得。北アメリカの植物を採集,分類し,それをもとにして書いた分類手引書"Gray's Manual" (1848) は当時広く利用された。

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グレー
グレー
Gray, Horace

[生]1828.3.24. ボストン
[没]1902.9.15.
アメリカの裁判官。 1864~73年マサチューセッツ州最高裁判所判事。 73~81年同首席判事。 82~1902年連邦最高裁判所判事。

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グレー
グレー
Gray, John

[生]1799. イングランド
[没]1883. スコットランド
イギリスリカード派社会主義者。青年時代に商業に従事した経験とナポレオン戦争後の社会不安下で R.オーウェン協同組合原理から受けた影響により,資本主義経済体制に批判的となり,主著『人間幸福論』A Lecture on Human Happiness (1825) で労働全収権思想を展開した。

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グレー
グレー
Gray, Robert

[生]1755.5.10. ロードアイランド,ティバートン
[没]1806. アメリカ東海岸
アメリカの船長,探検家。 1787~90年アメリカ人として最初の世界周航に成功。 92年5月,オレゴン地方のコロンビア川を探検し,アメリカにこの地方の領有権主張の根拠を与えた。

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グレー
グレー
Gray, Simon

[生]1936.10.21. ヘイリング島
[没]2008.8.6. ロンドン
イギリスの劇作家。フルネーム Simon James Holliday Gray。作品は込み入った筋書きと,機知に富んだ文学的会話,複雑な性格描写で知られる。ウェストミンスタースクールを経て,カナダダルフージー大学,ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで学んだ。

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グレー
グレー
Gray, Stephen

[生]1666. カンタベリー
[没]1736.2.15. ロンドン
イギリスの物理学者。 J.フラムスティードの指導を受け,水滴を対物レンズに用いた独自の顕微鏡に関する理論を手始めに,いくつかの論文をロイヤル・ソサエティの機関誌『フィロソフィカル・トランザクション』に発表して学界入りした。

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グレー
グレー
Gray, Thomas

[生]1716.12.26. ロンドン
[没]1771.7.30. ケンブリッジ
イギリスの詩人。イートン校,ケンブリッジ大学に学び,1742年以後は同大学の学寮に居住して隠者的な生活をおくり,のち歴史および近代語の教授に任じられた。瞑想詩『墓畔の哀歌』 Elegy Written in a Country Churchyard (1751) は非常な人気を博し,最も広く知られた英詩の一つとなった。

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グレー
グレー
Grey, Beryl

[生]1927.6.11. ハイゲート
イギリスのバレリーナ。本姓 Groom。 1942年サドラーズ・ウェルズ・バレエ団 (のちのロイヤル・バレエ団) のソリストになり,『白鳥の湖』『ジゼル』『眠れる森の美女』などを踊った。ゲストアーティストとしてストックホルムの王立バレエ団,レニングラード・バレエ団,ボリショイ・バレエ団などで踊り,57年ロイヤル・バレエ団を脱退。

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グレー
グレー
Grey, Charles, 2nd Earl of Grey

[生]1764.3.13. ノーサンバーランド,ファロデン
[没]1845.7.17. ノーサンバーランド,ハウィック
イギリスの政治家。グレイとも表記される。初代グレー伯の嫡子。 1786年ホイッグ党の下院議員として政界に進出すると,ピット (小) 内閣の反対者として,C.フォックスらと提携し,92年には「人民の友協会」の創設に参画して,以後議会改革運動 (→選挙法改正運動 ) に尽力した。

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グレー
グレー
Grey, Sir George

[生]1812.4.12. リスボン
[没]1898.9.19. ロンドン
イギリスの植民地行政官。グレイとも表記される。オーストラリアニュージーランド南アフリカで総督として活躍。 1829年から 10年間軍務に服し,37~39年西オーストラリアの探検に参加。

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グレー
グレー
Grey, Henry George, 3rd Earl of Grey

[生]1802.12.28. ノーサンバーランド,ハウィック
[没]1894.10.9. ノーサンバーランド,ハウィック
イギリスの政治家。2代伯チャールズ・グレーの長男。 1826~45年ホイッグ党の下院議員として,議会改革,自由貿易を支持。 30年植民次官となったが,33年西インド植民地の奴隷即時解放が支持されず辞任。

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グレー
グレー
Grey, Lady Jane

[生]1537.10. レスターシャー,ブラッドゲイト
[没]1554.2.12. ロンドン
イギリス,チューダー朝のイングランド女王 (在位 1553.7.9~17.) 。ヘンリー7世の曾孫。少女時代から才色兼備をもって知られた。 1553年5月ノーサンバーランド (公) のたくらみで,彼の息子ギルドフォード・ダッドリーと結婚させられ,同年7月エドワード6世の死にあたり公の陰謀で王位についたが,9日間で廃位され,のち T.ワイアットの反乱との関係を疑われ,夫とともに処刑された。

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グレー
グレー
Grey of Fallodon, Edward

[生]1862.4.25. ロンドン
[没]1933.9.7. エンブルトン近郊
イギリスの政治家。 1885年自由党下院議員として政界入り。 1905年 H.キャンベル=バナマン自由党内閣の外相となり,第1次世界大戦前および大戦中のイギリス外交を指導。ドイツの勢力増大に対抗してフランスロシア,日本などと提携,英露協商英仏海軍協定の締結に尽力した。

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グレー
グレー
Grey, Zane

[生]1875.1.31. オハイオゼーンズビル
[没]1939.10.23. カリフォルニア,アルタデナ
アメリカの小説家。ニューヨークで歯科医をしていたが,処女作『ベティー・ゼーン』 Betty Zane (1904) を自費出版して以来著作に専心,『辺境魂』 The Spirit of the Border (05) で好評を博したのち,『緋衣の騎士たち』 Riders of the Purple Sage (12) で名声を確立。

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デジタル大辞泉の解説

グレー(gray)

《「グレイ」とも》
灰色。ねずみ色。「グレーの背広」
白髪交じりの髪。「ロマンスグレー
どちらでもない中間的な状態や態度。「法律に触れるのかどうか、依然グレーだ」

グレー(Thomas Gray)

[1716~1771]英国の詩人。ロマン主義の先駆者。「墓畔の哀歌」は「新体詩抄」に訳出され、明治文学に影響を与えた。グレイ。

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百科事典マイペディアの解説

グレー

米国の植物学者。フェアフィールド医学校卒業後,植物学の研究を行い,師のJ.トレーと共著で《北米植物誌》を出す。後にハーバード大学教授。C.ダーウィンと親交があり,その進化論の支持者の一人で,L.アガシーとこれをめぐって論争した。

グレー

英国の詩人。離俗の学究生活を送り,ケンブリッジ大学の教授なども務めた。彼を有名にしたエレジー《墓畔の哀歌》(1751年)は,日本でも明治時代の《新体詩抄》に訳された。

グレー

英国の政治家。1786年下院議員となり,C.J.フォックスとともにピット(小)内閣反対の活動で名をあげた。1792年〈人民の友〉協会の創立に加わり,議会改革運動を推進。
→関連項目メルバーン

グレー

英国の政治家。自由党に属し,外相(1905年―1916年)としてアルヘシラス会議でフランスを支持,英露協商を締結,バルカン戦争の調停など第1次大戦前後の外交面で指導的役割を演じた。

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世界大百科事典 第2版の解説

グレー【Asa Gray】

1810‐88
アメリカの植物学者。ニューヨーク生れ。はじめ医学を学んだが,のち植物学を研究し,ニューヨークの自然史博物館館長,ハーバード大学教授となる。合衆国の中西部,太平洋岸からもたらされた標本を分類。C.ダーウィン,フッカーJ.D.Hookerらと親交があり,ダーウィンからは発表に先だって自然淘汰による進化の思想を述べた手紙を送られた。東アジアの植物が北アメリカのものと関係あることをも示したが,神学をも受容していた。

グレー【Charles Grey,2nd Earl Grey】

1764‐1845
イギリスの政治家。初代グレー伯の長男としてノーサンバーランドに生まれる。ケンブリッジ大学を卒業して下院議員となり,父親の死後(1807)上院に移った。C.J.フォックスを信奉するホイッグの論客として知られ,カトリック解放と選挙法改正を主張してやまなかった。だが1780年代から19世紀初頭にかけての時期は,フランス革命とナポレオン戦争の影響下にトーリー党が全盛を誇った時代で,そのため閣僚となる機会には恵まれず,わずかに1806‐07年に海相・外相を経験したにとどまった。

グレー【Edward Grey,1st Viscount of Fallodon】

1862‐1933
イギリスの自由党政治家。1885年下院に入り,1905年キャンベル・バナマン内閣の外務大臣となり,第1次世界大戦前および戦中のイギリス外交を指導した。英仏協商(1904)の精神に従い,2度にわたるモロッコ事件ではフランス支持を貫き,ドイツを牽制した。さらに07年英露協商を結んでロシアとの対立要因を除去し,12年英仏海軍協定を締結,対独包囲網の形成に努めた。13年ロンドンの講和会議バルカン諸国の紛争を調停し,平和条約の締結を促進した。

グレー【George Grey】

1812‐98
イギリス植民地の総督,政治家。1837年オーストラリア北西部を探検,40年未開人の文明化について報告書を提出し,イギリス植民地省の注目を引いた。南オーストラリア,ニュージーランド,南アフリカで総督を務め,77‐79年ニュージーランド首相。各任地で原・先住民の伝統,土地所有権,農業発展に理解と協力を示し,〈二つの文化一つの国〉という今日のニュージーランド国家の礎を築いた。著書《ポリネシアの神話》(1854)はマオリ口承文芸の古典であるが,その採話と翻訳の信憑性について,近年マオリ系民俗学者から疑問も出されている。

グレー【Thomas Gray】

1716‐71
イギリスの詩人。ケンブリッジ大学を中途退学して,友人ホレス・ウォルポールヨーロッパ大陸を旅行(1739‐41)したが,このとき2人がアルプスの崇高美に深く感動した事実は,イギリス人美意識がロマン主義に向かって開かれ始める,一つの出発点であったといえよう。グレーはケンブリッジにもどり,卒業後も古典語・文学の研究に没頭し,かたわら詩作を続けた。古典学者らしい抑制のきいた措辞は,新しく自然に向かって開かれたみずみずしい感性をひそめ,寡作ながら当代を代表する詩人となった。

グレー【Zane Grey】

1872‐1939
アメリカの西部小説作家。ニューヨークの歯科医だったが,体内にインディアンの血が32分の1混じっていることを自慢にし,自然生活を愛する行動家で,《荒野の遺産》(1910)および《草原の騎士たち》(1912)によって,西部小説の第一人者となった。生涯に89冊出した本のうち56冊が西部小説で,それにより100本以上の映画化作品も生まれた。メロドラマが基調だが,東部人が西部流の生き方を知って真の人間性に目覚めるといった,大自然の浄化力を強調する作品が多い。

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大辞林 第三版の解説

グレー【gray; grey】

灰色。鼠色。

グレー【Thomas Gray】

1716~1771) イギリスの詩人。「新体詩抄」に訳出された「墓畔の哀歌」の作者として知られる。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のグレーの言及

【植物相】より

…進化論が確立されるにつれて,これらの分布現象は現在の環境条件で決定づけられているだけでなく,地球の歴史をも反映しているものと主張された。東アジア地域の植物群と北アメリカ東岸地域の植物群との比較は,アメリカのA.グレーによって1859年に最初に報告され,東アジアと陸つづきのヨーロッパや,距離的には近い北アメリカ西部よりはずっと類似した植物群が存在していることが明らかにされた。この現象は,氷河期以前に北半球に広く分布していた植物群が,東アジアと北アメリカ東岸に生き残ったと説明された。…

【ニュージーランド】より

…【堀 武昭】
【文化】

[文学]
ニュージーランド文学の古典は先住民マオリの口承文芸で,創世神話,カヌーによる大航海譚,部族伝説,系譜,祝詞,呪文,詠唱歌,ことわざが伝えられている。19世紀半ばにG.グレー総督はマオリ族長の手書きの原稿をもとに《父祖の勲》(マオリ語。1854)と《ポリネシア神話》(英語。…

【マオリ戦争】より

…1860年から72年にかけてニュージーランド北島で,先住民マオリ族と入植者が戦った土地戦争。1840年締結のワイタンギ条約によってニュージーランドはイギリスの植民地となったが,植民地政府の土地政策は入植者とマオリ双方に失望をもたらした。入植者は土地購入権をもつのが政府であるため常に土地の不足を訴え,マオリは政府の買上価格の低さに不満をもった。グレイ総督は農業の振興や伝道活動をマオリ対策にとりいれたが土地の測量などをめぐり殺戮や小競合いが繰り返されるようになった。…

【イギリス文学】より

…しかし結局は自然に向けての詠嘆と抒情に流れたのも,長い日本の詩歌の伝統からすれば当然のなりゆきであったろう。T.グレーの《墓畔の哀歌》(1751)は,自然のなかの哀愁,人生の無常性についての瞑想など,もともと日本人ごのみの要素を含むのだが,それが〈山々かすみいりあひの/鐘は鳴りつつ野の牛は……〉(1882,矢田部良吉)という七五調に移しかえられて愛誦されたのは,示唆的なことである。さらに大正期の好みは,いっそう純粋に個人的なフランス象徴派にはっきり傾斜していった。…

【廃墟】より

…他方,同じ時期に中世へのあこがれを表明するゴシック・リバイバルが興り,その影響下に成立したゴシック・ロマンスではスイス山中の古城などが好んで舞台に用いられた。また孤絶の美学を荒れ果てた墓地にもとめるT.グレーらの墓畔詩人もここから生まれた。さらにC.D.フリードリヒをはじめとするロマン主義の画家たちは自然の荒々しい力の隠喩を廃墟に認め,自我をもつ存在(個人)の内面的葛藤を際立たせる神聖な画題としてこれを描いた。…

【レーク・ディストリクト】より

…イングランド最大の湖ウィンダミアや最高峰スコーフェル山Scafell Pike(978m)を含む山・谷・湖の織りなす美しい自然の展開は,点在する史跡や廃墟とともに,多くの観光客,登山家,文学愛好者をひきよせている。文学的にも,いち早くT.グレー《湖水地方旅の日記》(1769)などで紹介され,19世紀にはワーズワース,コールリジ,サウジーらの〈湖畔詩人〉の詩的源泉となり,《抒情歌謡集》(初版1798)を生むもととなった。キーツ,シェリー,M.アーノルド,ラスキンもこの風土に魅せられた文人で,影響が作品に表れている。…

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