ハエ(蠅)(読み)はえ(英語表記)fly

翻訳|fly

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハエ(蠅)」の意味・わかりやすい解説

ハエ(蠅)
はえ / 蠅
fly

昆虫綱双翅(そうし)目環縫(かんほう)亜目Cyclorrhaphaに属する昆虫の総称。分類学的にはこのうちの有額嚢(ゆうがくのう)群に所属するものを狭義のハエと定義したり、広義にはカやブユなどの糸角亜目やアブ類の短角亜目を含めた双翅目に属する昆虫全体をさしたりする。一般には、イエバエキンバエクロバエニクバエなど目につきやすい大形のハエが所属する有弁翅蠅(ゆうべんしばえ)類を「ハエ」とよび、ショウジョウバエなど小形のものが所属する無弁翅蠅類を「コバエ」などと俗称する。環縫亜目の昆虫はいずれも3齢幼虫(成熟)の皮膚が脱皮されずに角質化して俵状の囲蛹(いよう)pupariumを形成し、その中に真性の蛹(さなぎ)pupaができる。成虫の羽化時に囲蛹殻が第3環節に沿って環状に割れ、中から成虫が薄い蛹の皮膚を脱皮して脱出してくるのが特徴である。

[倉橋 弘]

形態

双翅目の学名Dipteraは、古くアリストテレスによる命名のギリシア語で、2枚のはねをもつものを意味している。ハエはもともと有翅昆虫の基本体形である2対のはねをもった祖先型から後翅が退化して平均棍(こん)に変形したグループと考えられている。特殊なグループ(クモバエなど)や特殊な環境(風の強い島、洞穴中)に生活するハエのなかには前翅も退化してしまったものもある。頭部は大きな複眼で大部分占められ、細い頸(くび)で胸部につながっており、回転は自由である。複眼は雌雄によって大きさが異なる二次性徴を示すものがある。

 口器はよく発達した唇弁をもつ舐食(としょく)型と、カのように刺す刺咬(しこう)型に大別される。まれにヒツジバエのように口器の退化した種類もある。脚(あし)は細長いものから頑丈で太く短いものまであり、よく発達している。体には普通、剛毛や毛を多く装う。触角は3節よりなり第3節が最大で、その基部背面より端刺が伸びている。端刺はときに羽毛状、櫛(くし)状、鞭(べん)状、糸状を呈す。狭義のハエである有額嚢群はさらに触角基部から前口縁に向かって左右に額嚢線の発達がみられ、これによって顔面と顔側面とが明瞭(めいりょう)にくぎられ、ハエらしい頭部の特徴を示す。これは有額嚢群の習性を反映したもので、普通、蛹化が土中で行われるため、成虫が羽化する際に、前頭部にある額嚢を風船のように膨らませたり収縮させたりして土をかき分けて地表に達し、はねが伸び、体が硬化して、額嚢も頭の中に吸収され、のちに顔面が蓋(ふた)をするかっこうになり、この境界が額嚢線として残るからである。ノミバエ科、ヤリバエ科、ショクガバエ科などの無額嚢群にはこれがない。メバエ科ではこの線が途中で消える未発達の状態を示すため、額嚢群と区別して原額嚢群として取り扱われることもある。

 有額嚢群は多くの種類を含む大きな群であり、イエバエ科クロバエ科ニクバエ科など平均棍を覆い隠すように発達した胸部鱗弁(りんべん)のある有弁翅蠅類と、ショウジョウバエ科、ミバエ科など未発達の無弁翅蠅類に大別される。雄の尾端は交尾の際に雌を把握する尾器hypopygiumとなっており、雌は産卵管ovipositorとなっている。翅脈の配列はグループによって異なり、それが分類上の特徴となるが、一般に糸角亜目や短角亜目の昆虫に比べて数が少ない。単眼は普通3個あるが、デガシラバエ科など夜行性のハエでは欠失している。

[倉橋 弘]

生態

ハエは完全変態昆虫で、卵→幼虫→蛹→成虫と発育し、幼虫期に2回脱皮して3齢期を過ごす。幼虫は無頭形で、頭部は発達せず前胸内に引き込まれていて、口器は1対の口鉤(こうこう)だけに退化している。一般にタケノコ状のウジであるが、ノミバエヒメイエバエの幼虫のように体表に肉質突起や棘(きょく)状突起を発達させるものがある。生活史は実に多様であり、イエバエなど多くのものは成虫が産卵性oviparousであるが、ニクバエなどでは受精卵が子宮内で孵化(ふか)し、1齢幼虫を産む産仔(さんし)性larviparousであり、さらに、シラミバエ、クモバエなどでは蛹化寸前まで成熟した前蛹を産む蛹生性pupiparousである。幼虫は動物や植物体に寄生するもの、小動物や昆虫を捕食するもの、吸血するもの、腐植物や腐肉、藻類菌類、糞(ふん)、食品等に発生するものなどいろいろである。ハエ類の多くは土中で蛹化する。

[倉橋 弘]

人間生活との関係

ハエには人類と密接な利害関係をもつものが多い。人体の皮下などに寄生してハエ症myiasis(ハエ幼虫症、ハエうじ症ともいう)を引き起こすヒトヒフバエ、ヒトクイバエ、ウマバエ、ウシバエ、ヒツジバエ、ヒトチスイバエ、ニクバエなどや、吸血にくるサシバエ、ツェツェバエなどは重要な衛生害虫である。イエバエ、キンバエ、クロバエ、ニクバエなど多くの種類が不潔な場所から住家に侵入し、赤痢、チフス、コレラ、アメーバ赤痢など消化器伝染病病原体や寄生虫卵、ウイルスなどを機械的に運搬するので環境衛生害虫として重要である。アフリカのツェツェバエは人畜から吸血する際に睡眠病病原体であるトリパノソーマを生物学的に伝播(でんぱ)する。クロイエバエなど家畜にたかるイエバエはウマの胃虫Habronemaやウシの眼虫(がんちゅう)Thelaziaの、メマトイはイヌ眼虫の中間宿主として獣医学上問題になる。キモグリバエ、ハモグリバエ、ダイコンバエ、タネバエ、ビートバエなどは農作物の害虫として著名である。

 また、現代人にとってどのハエも不快感を与えるという点で不快害虫ということになる。アタマアブ、ツリアブ、デガシラバエ、ヤチバエ、ヤドリバエなど寄生性のハエやショクガバエなど捕食性のものは、アブラムシ(アリマキ)やウンカ、ヨコバイ、ドクガなどの害虫の天敵として有益虫とみなされる。ハエの駆除のためには、明確な種を同定し、発生源をつきとめて、畜舎、堆肥(たいひ)場、便所、ごみためなどを改善して発生源を縮小し、補助的に各種殺虫剤やハエ取りリボン、ハエ取り籠(かご)などを利用して総合的に防除すると効果があがる。

[倉橋 弘]


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百科事典マイペディア 「ハエ(蠅)」の意味・わかりやすい解説

ハエ(蠅)【ハエ】

双翅(そうし)目の中の一群。種類が多く,生態もさまざまで,日本に産するものだけでも数百種を越す。一部が果実類の害虫として知られるミバエ科,遺伝学に重要なショウジョウバエ科,植物の葉肉に食い入るハモグリバエ科など農園芸害虫や益虫が,イエバエ科やニクバエ科などの衛生害虫が含まれる。成虫は口器が吻(ふん)状に長く突出し,液体や顆粒(かりゅう)をなめやすいよう先端に唇(しん)弁を備えるものもある。完全変態し,幼虫は蛆(うじ)で,老熟幼虫は脱皮せず,皮膚がそのまま堅くなってその中で蛹(さなぎ)(囲蛹(いよう))になる。蛹化は主として土中で行われる。なおニクバエ類は卵胎生で,ツェツェバエ類は全幼虫期間母体内で保育される。蛆の生態はさまざまで植物の葉肉に潜入したり,茎や芽に虫こぶを作るなど植物に加害するもの,腐敗した動植物質,獣糞(ふん),キノコなどを食べるもの,家畜や人間の内臓壁や皮膚下に寄生するもの,アブラムシなどを食べるもの,他の昆虫の体内に寄生するものなどがある。成虫には花などに集まるもののほかに人畜を吸血するもの,汚物を好んで伝染病を媒介するものなども多い。

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