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フロイス Frois, Luis

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フロイス
Frois, Luis

[生]1532. リスボン
[没]慶長2(1597).5.24. 長崎
ポルトガルの宣教師。 16歳のときイエズス会に入り,ゴアに渡って聖パウロ学院に入学。日本人パウロ・ヤジロー (→弥次郎 ) に会い,F.ザビエルから日本の事情を聞き,永禄6 (1563) 年来日。北九州,京畿地方で布教活動ののち,同 12年織田信長の保護を受け,天正9 (81) 年には越前北庄に高山飛騨守をたずねた。同 14年副管区長 G.クエリョに随行し各地をめぐり,大坂で豊臣秀吉の歓待を受けた。『バテレン追放令』ののちはおもに加津佐,長崎などに住み,慶長1 (96) 年暮れの二十六聖人殉教を目撃してイエズス会に通信を送り (→耶蘇会士日本通信 ) ,まもなく長崎で没した。主著『日本史』『日欧文化比較』。

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百科事典マイペディアの解説

フロイス

ポルトガルのイエズス会宣教師。東インドに派遣され,ゴアで日本の事情をザビエルから聞いて1563年来日。九州,近畿など各地を伝道,織田信長,豊臣秀吉とも交わり,信長の面前で朝山日乗を論破した。二十六聖人の殉教を目撃,長崎で没。その著《日本史》は日本側にない史料を多く含み,名著とされる。また日本布教上の出来事をヨーロッパへ書き送った書簡も貴重。→耶蘇会日本年報
→関連項目エボラオルガンティーノ岐阜城宣教師日本史平野郷モンタヌス

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

フロイス Frois, Luis

1532-1597 ポルトガルの宣教師。
イエズス会士。インドのゴアでザビエル,アンジローを知り,永禄(えいろく)6年(1563)来日。中日本布教長となり,織田信長の知遇をえた。バリニャーノ,コエリョの通訳をつとめる。日本の事情に精通し,おおくの書簡や報告書をヨーロッパにつたえた。ザビエル以後の布教史「日本史」をあらわした。慶長2年5月24日長崎で死去。65歳。リスボン出身。著作はほかに「日欧文化比較」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

フロイス

没年:慶長2.5.24(1597.7.8)
生年:1532
室町末期に来日した『日本史』の著者で「イエズス会日本年報」作者。ポルトガルのリスボン出身。少年時代王室秘書庁に勤め,16歳のときイエズス会に入りインドに渡航。ゴアで聖パウロ学院に学び日本から帰ったザビエルから強い感銘を受ける。1561年司祭に叙階しインド管区長秘書を務める。1559年作成の名簿による,その人物評価は,あらゆる文筆の仕事に才あり,判断力良,語彙力豊かで優れた説教師となりうる,というものであった。永禄6(1563)年,肥前横瀬浦(長崎県・西彼杵半島北端)到着。のち平戸領度島で10カ月間フェルナンデス修道士から日本語と日本の習俗などについて学ぶ。ヴィレラ神父支援のため翌年末に入洛し室町幕府将軍足利義輝に年頭の挨拶をした。義輝暗殺後に京都を追放され堺に避難する。同12年織田信長の了解を得て4年ぶりに帰京。以来,信長の庇護を得て少なくとも18回信長に会い,彼の世界観拡大に大きな影響を与えた。天正4年12月(1577年1月)まで在京し,この間足利学校出身の一仏僧の協力を得てオルガンティーノ神父と共に法華経8巻を研究する。のち豊後(大分県)に下り大友宗麟の改宗に努める。 準管区長コエリョおよびゴメスの秘書を務め11年度分の日本年報を作成した。また日本教会史作成を命じられて同11年執筆を始め同14年に第1部を完成,『日本史』と題した。その副産品として『日欧文化比較』(岡田章雄訳。改題本『ヨーロッパ文化と日本文化』)を著す。ヴァリニァーノは彼を,大いに慎重に欠けて誇張癖があり,軽率,小心者で些事にこだわり,中庸を保つことができない人物と評し,冗漫の理由をもって『日本史』の縮小を命じた。フロイスは原形のままのローマ送付を希望したが容れられなかった。なお同書には文禄3(1594)年初めまでの記事がみられる。この『日本史』は織豊期の政治とキリスト教布教について詳述し,同時代史研究に不可欠の貴重な史料である。慶長2(1597)年26聖人殉教事件報告を書き上げてのち数カ月後に長崎で死去。<参考文献>松田毅一・川崎桃太訳『フロイス/日本史』

(五野井隆史)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

フロイス【Luis Frois】

1532‐97
ポルトガル人のイエズス会士。リスボンに生まれ,1548年イエズス会入会。同年10月ゴアに到着し,聖パウロ学院に入学。修練期間中,来日前のザビエルや日本人アンジローらに会った。50年末からイルマンとして,インド,マラッカで布教に従事した。61年ゴアで司祭に叙階され,63年(永禄6)7月に来日した。12月度(たく)島(平戸市)に渡り,ザビエルの同行者であったフェルナンデスから日本語および風習,習慣などを学んだ。

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大辞林 第三版の解説

フロイス【Luis Frois】

1532~1597) ポルトガルのイエズス会士。1563年来日し、近畿・九州各地で布教。織田信長の厚意を得てキリスト教布教を大いに進展させた。長崎で没。著「日本史」「日欧文化比較」「日本二十六聖人殉教記」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フロイス
ふろいす
Luis Frois
(1532―1597)

織豊時代に日本で活躍したイエズス会司祭。その日本通信と著書『日本史』で知られる。リスボンに生まれ、16歳ごろイエズス会員となってインドに向かい、ゴアでザビエルや鹿児島出身のアンジロウらに会った。早くから文筆の才能が認められ、ゴア滞在中にも管区長付として書記を務め、東洋各地からの情報に通じた。1563年(永禄6)に来日、まもなく五畿内(きない)に派遣され、中日本布教長に就任した。織田信長の寵(ちょう)を受け、岐阜、安土(あづち)(滋賀県蒲生(がもう)郡)、京都などで彼と親しみ、その地からの興味深い報告書は、ヨーロッパに送られて広く読まれた。77年(天正5)からは九州に移ったが、83年にはローマのイエズス会総長から、「日本の布教史」を執筆するよう訓令を受け、それ以後は、日本副管区長付として、日本年報の主たる執筆者を務めたり、会議において書記の仕事をしつつ、『日本史』と題し、フランシスコ・ザビエル以後の布教史の執筆に専念した。92年(文禄1)から3年近くマカオに赴いたが、長崎に戻って執筆を続け、97年(慶長2)7月8日、膨大な『日本史』の原稿の行く末を案じながら、65歳で病死した。フロイスの書簡や年報はほとんど大部分が早くヨーロッパで刊行され、各国語版が出された一方、『日本史』のほうは、久しく原稿がマカオの修道会の倉庫に埋もれたままになり、写本も世界各地を転々としたので、1977~80年に日本で初めて日本語で活字化されるに至った。[松田毅一]
『松田毅一・川崎桃太訳注『フロイス・日本史』全12巻(1977~80・中央公論社)』

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世界大百科事典内のフロイスの言及

【オルガンティーノ】より

…66年インド布教を命じられ,翌年ゴアに至る。70年(元亀1)6月布教長カブラルとともに天草の志岐に到着,ルイス・フロイス補佐のため畿内に派遣される。フロイスが九州に去った後は都地方の布教責任者を務め,被昇天の聖母教会(南蛮寺)を建て,76年(天正4)8月15日最初のミサをささげた。…

【日本史】より

…イエズス会士フロイスが記した1549年から94年までの編年体の日本布教史。自筆の原稿は発見されていないが,一部分を除き,18世紀の写本が存在する。…

【旅行記】より

…1544年に初来日し,のちにフランシスコ・ザビエルと親交を結んでイエズス会に入会するポルトガル人メンデス・ピントの《東洋遍歴記》は1614年リスボンで公刊されて以来何度も版を重ね,英訳(1625)もある。同じポルトガルの修道士ルイス・フロイスは1563年来日,日本語を習得して滞在したが,彼の手紙はすでに75年にスペイン語訳が出ている。プロテスタントのドイツ,ネーデルラントですら訳が出ていることは,彼の見聞が西欧各地に広まっていた証拠となろう。…

【和田惟政】より

…《耶蘇会士日本通信》が彼を都の総督とするのは誇張である。彼自身は禅宗を信じたが,キリシタンを保護し,69年には高山ダリヨ(右近の父)の紹介で京都から堺へ追放されていたL.フロイスを知り,信長に上申してフロイスの帰京を周旋した。イエズス会では彼をキリシタンの保護者であり父であったと称賛している。…

※「フロイス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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