マラリア原虫による感染症で、全世界の100カ国以上にみられ、年間3~5億人の罹患者と150~270万人の死亡者があるとされています。その大部分はサハラ以南のアフリカにおける小児ですが、東南・南アジア、オセアニア、中南米などにも多くの発生がみられます。
日本では旅行者がこれらの感染地で感染し、帰国して発症することが多く、国内での診断・治療の遅れが原因で死亡する例も近年みられています。日本での届け出は年間60~80人です。
ヒトに感染するのは
感染した蚊に刺されて1~数週間後に発熱、
三日熱と卵形マラリアでは48時間ごとに、四日熱では72時間ごとに熱発作が起こるのが典型的とされますが、これらの熱発作のパターンは発病初期にはあまりはっきりしません。熱帯熱の場合は熱発作のパターンが不規則だったり、発熱がずっと続いたりします。
熱帯熱では重症化すると致命的になることがあるので、すみやかに診断し、治療を始める必要があります。重症になると脳性マラリア、急性腎不全、
血液塗抹標本を色素で染めて、マラリア原虫に感染した赤血球を顕微鏡で確認する方法が一般的です。先に述べたように、ほかの3つのマラリア原虫種によるマラリアと異なり、熱帯熱は重症化して命に関わることがあるので、その区別はとても重要です。
顕微鏡を用いた判定にはある程度の熟練を要するので、経験のある病院で行う必要があります。マラリア原虫の抗原を検出するキットもあり、専門の研究・検査機関で検査が可能です。また、PCR法により原虫のDNAを検出することも一部の研究機関でできます。
誤診や診断の遅れは命に関わるので、慣れていない医療機関でいたずらに診断を試みるのではなく、すみやかに専門の研究所、大学、病院に相談する必要があります。
マラリアは早期の適正な治療によりほとんどが治り、再発も防げます。熱帯熱以外のマラリアの急性期の治療には、一般にクロロキンが用いられます。クロロキンが入手できない場合はスルファドキシン・ピリメタミン合剤(ファンシダール)、メフロキンなどが用いられます。
熱帯熱ではクロロキンやファンシダールへの耐性(薬が効かないこと)がよくみられるので、最初からメフロキン、あるいは経口キニーネとドキシサイクリンの併用療法や、アトバコン・プログアニル合剤による治療が有効であることが多いようです。それぞれの薬には禁忌・副作用があり、素人療法は危険です。
熱帯地方に渡航し、蚊などに刺されたり昆虫に咬まれたりした覚えがあり、発熱があった場合は、すぐに感染症の専門医を受診すべきです。前述のとおり、熱帯熱の場合、数日の診断・治療の遅れが命取りになりかねません。
感染流行地に滞在する場合は、早期診断・治療よりも、マラリアの感染をあらかじめ予防することが重要です。予防には感染を媒介する蚊の行動時間である夕方から朝方の外出を避ける、長袖のシャツ、長ズボンをはく、昆虫の
また、必要であればあらかじめ定期的に予防薬を内服することもできます。予防薬を服用する場合は、専門医の指導のもとに慎重に薬剤を選択し、過不足のない予防内服を行う必要があります。
野崎 智義
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
アノフェレス属のカであるハマダラカによって媒介される原虫性疾患。その感染部位は肝細胞と赤血球内で,肝機能にはとくに変化は出ないが,赤血球は破壊され貧血におちいる。そのほか肝臓と脾臓の腫張が起こる。病原体は熱帯熱マラリア原虫,三日熱マラリア原虫,卵形マラリア原虫および四日熱マラリア原虫の4種類がある。発熱をおもな徴候とする病気であり,各原虫により特徴的な発熱発作がある。
熱帯熱マラリアでは発熱時悪寒だけで戦慄(せんりつ)がなく,発熱は毎日ある。そのため他の疾患と紛らわしいが,5日過ぎると急に意識障害,腎不全,黄疸などが起こり病状が悪化する。死亡例はほとんど熱帯熱マラリアで,末期には全身性血管内凝固症候群を起こし出血傾向が著しくなる。別名,悪性マラリアといわれる。三日熱マラリア,卵形マラリアおよび四日熱マラリアでは,発熱発作時歯がカチカチ鳴るほどの悪寒戦慄に次いで39~40℃に達する高熱,これが6~10時間続くと強い発汗があり下熱する。このように寒期,暑期,発汗期が歴然としている。発熱間隔は発病初期は毎日,その後三日熱マラリアと卵形マラリアは1日おき,四日熱マラリアは2日おきになる。死亡例はなく良性である。
熱帯熱マラリア原虫は,48時間ごとに分裂を繰り返して人体内で無制限に増殖する。他のマラリア原虫は感染赤血球をえり好みして一定度以上増殖しないが,肝細胞内に二次性赤外型原虫として長く残り,再発を起こす。四日熱マラリア原虫は感染後36年間も潜在した記録がある。三日熱マラリアと卵形マラリアは約3年間再発を起こす。
治療にはクロロキン,キニーネ,ファンシダール,MP錠などがあるが,近年クロロキン耐性熱帯熱マラリアが各地に出現している。また,クロロキンはクロロキン網膜症を起こすことから,近年,製造が中止された。根治療法にはプリマキンを用いる。予防としてはハマダラカの撲滅が重要な課題となるが,個人的には流行地滞在中とそこを離れてから4週間,ファンシダール,MP錠,ピリメサミンなどを内服する。
執筆者:海老沢 功
マラリアは世界史の殺し屋の旗頭であり,長いあいだ人類の死因の第1位であった。マラリアという名称は〈マラ・アリアmala aria〉つまり〈悪い空気〉というイタリア語に由来し,寄生原虫についての知識は20世紀までわからなかったものの,湿地や沼沢地とこの病気との関係については経験的に知られていた。もともと熱帯の風土病であったマラリアは,ヨーロッパとオリエントとの交流をとおして,まずギリシアにもち込まれ,つづいて南イタリアのギリシア植民地に広がった。ギリシア・ローマ文明の衰退の一因はマラリアにあるともいわれ,マラリアは民族の肉体的な衰弱のみでなく,精神的な活力をも喪失させる重要な要因となった。とくに土地が浸食され,沼沢地になると,きまってマラリアが猖獗(しようけつ)し,このため死の町と化した例がローマにもいくつかある。いわゆる〈ローマの道(ローマ道)〉は〈マラリアの道〉でもあり,ローマにおけるキリスト教の拡大はマラリア禍による苦難の時期とも一致している。中世から近世にかけてのヨーロッパにおける戦場において,マラリアは重要な役割を演じ,多くの軍隊の運命を左右した。第1次大戦および第2次大戦においても,マラリアは人命を奪った大きな原因の一つであった。とくに南方の日本軍兵士がこれに苦しめられたことは記憶に新しい。
日本では,古くは〈瘧(おこり)〉といわれ,平安時代から諸書に記録されている。平清盛が高熱を出して死んだのは,一説にはマラリアだといわれる。江戸時代には,気候が寒冷であったため,マラリアを媒介するカの生息に適さなくなったことからか,古代・中世より少なくなったと考えられるが,農・山・漁村では長くこの病魔に苦しめられた。最近のマラリア撲滅運動の結果,かなり消滅しているが,それでもアジア,アフリカの多くの地域でいまだに猛威をふるっており,これらの地域の発展を阻む最大の要因となっている。
執筆者:立川 昭二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…ミアスマは大別して植物性のミアスマと動物性のミアスマに分けられた。植物性ミアスマとは,沼地や停滞している川などに木の葉など植物性の物質が沈殿,腐敗することによって発生するもので,これによっておこる伝染病の典型はマラリアだと考えられていた。水はけをよくして,このミアスマが発生しなくなるようにすればマラリアは減退する。…
…夏の風邪や山間の悪気などの外邪によって起こされるとされ,湿瘧(しつぎやく)とか痎瘧(がいぎやく),瘴瘧(しようぎやく)など多くの病名が記載されている。他の病気も含まれていたであろうが,主体はマラリアと考えられる。〈おこり〉はこの病気の日本名で,江戸時代まではよく発生した記録がある。…
…塩酸塩,硫酸塩など水溶性塩類の味はきわめて苦い。合成抗マラリア薬が開発された1930年ころまでキニーネは唯一のマラリア治療薬であった。現在でも他の薬剤に耐性のマラリアの治療に使われる。…
※「マラリア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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