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ル・コルビュジエ Le Corbusier

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ル・コルビュジエ
Le Corbusier

[生]1887.10.6. スイス,ラショードフォン
[没]1965.8.27. フランス,ロクブリュヌカプマルタン
スイスの建築家,都市設計家。本名 Charles-Édouard Jeanneret。18歳で最初の建物を設計,パリ,ベルリンで学んだのち,1917年以降パリを中心に活躍した。1920年には前衛芸術誌『レスプリ・ヌーボー』L'Esprit Nouveauを創刊,絵画,彫刻,美術評論も試みた(→純粋主義)。第2次世界大戦中は南フランスに移住したが,1944年パリに戻り,1946年にはアメリカ合衆国で国連本部ビルの設計に協力,1950年代以降は国際的に活躍した。ル・コルビュジエの理論と著作は建築作品と並んで大きな影響力をもち,日本からも前川国男坂倉準三吉阪隆正が彼のもとに学んだ。機能主義建築提唱者であったが,晩年はフランスのノートル・ダム・デュ・オー聖堂(1950~55,ロンシャン)に見られるような自由な造形性を示した。その他の主作品にはフランスのサボア邸(1929~31,ポアシー),スイス学生館(1930~32,パリ),ユニテ・ダビタシオン(1947~52,マルセイユ),日本の国立西洋美術館(1959,東京都台東区)などのほか,アルジェリアのアルジェ(1930),ブラジルのリオデジャネイロ(1933),スペインのバルセロナ(1933),スウェーデンのストックホルム(1934),インドのチャンディーガル(1950)などの都市計画がある。主著は『建築をめざして』Ver une Architecture,『都市設計』Urbanisme(1925)など。2016年,国立西洋美術館をはじめとする世界 7ヵ国に点在する代表的建築物など 17点が「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」として世界遺産の文化遺産に登録された。(→近代建築

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

ル・コルビュジエ

スイス出身で、パリを拠点に活動。1階を吹き抜けにするピロティ屋上庭園、水平に連続する窓などの「近代建築の5原則」を提唱。日本の建築界にも多大な影響を与えた。

(2016-07-18 朝日新聞 朝刊 1総合)

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百科事典マイペディアの解説

ル・コルビュジエ

スイス生れ,フランスの建築家。本名シャルル・エドゥアール・ジャンヌレ。パリに出てペレの事務所で鉄筋コンクリート構造を学ぶ。1920年画家のオザンファンとともにピュリスムを提唱,芸術を総合的に扱った《エスプリ・ヌーボー》誌を刊行。
→関連項目機能主義建築キーファークセナキス国際様式建築国際連合本館国立西洋美術館コスタ坂倉準三丹下健三チャンディーガルニーマイヤーバウマイスターピロティベーレンス前川国男ユネスコ(UNESCO)吉阪隆正

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ル・コルビュジエ
るこるびゅじえ
Le Corbusier
(1887―1965)

スイス出身のフランスの建築家、画家。本名はジャンヌレCharles Edouard Janneretで、10月6日ラ・ショー・ド・フォンに生まれる。同地の美術学校に学んだのち、ペレやベーレンスの事務所で短期間働いたが、建築はほとんど独学。1917年からパリに定住し、1920年代から本格的に活動を開始する。まず画家オザンファンと『エスプリ・ヌーボー』誌によりピューリスム(純粋主義)の運動を主張、旺盛(おうせい)な執筆活動のかたわら、絵画ではキュビスム風の静物画に基づき、さらに形と色の整頓(せいとん)された作品を描いている。『エスプリ・ヌーボー』の論文は、のち『建築をめざして』(1922)、『ユルバニスム』(1924)にまとめられ、また具体的に都市のスケールでまとめた計画案「現代都市」(1922)、「パリのボアザン計画」(1925)などによって、国際的な合理主義建築思想を打ち出していった。実作は住宅が中心で、エスプリ・ヌーボー館(1925)、ワイセンホフ・ジードルンクの住宅(1927)、ガルシェのシュタイン邸(1929)、ポワッシーのビラ・サボワ(1931)などが知られる。このうちビラ・サボワは、端正な白亜の幾何学的形態のなかに、いわゆる近代建築の五原則(ピロティ、独立骨組みによる水平建築窓、自由な平面、自由な立面、屋上庭園)を織り込んだもので、初期のル・コルビュジエのスタイルを決定づける作品となった。
 1927年、ジュネーブの国際連盟会館の競技設計で、彼の応募作が最終段階で審査員団に拒否されたことを契機に、近代主義の建築思想を組織化する必要を痛感し、翌年CIAM(シアム)(近代建築国際会議)の結成を主宰し、以後この組織の事実上の推進者となった。1930年代の実作品には、パリのスイス学生会館(1932)、パリ郊外週末の家(1935)、ブラジルの教育保健省(O・ニーマイヤーと共同設計、1945)などがあるが、この時期はCIAMを舞台にした都市計画の提案に多くの労力を割いた。
 第二次世界大戦後は、国連の会議事務施設のための企画と基本設計に始まり、マルセイユのアパート「ユニテ・ダビタシオン」(1952)、奔放な彫刻的形態のあるロンシャンの礼拝堂(1955)のほか、リヨン近郊のラ・トゥーレット修道院(1960)、東京の国立西洋美術館(1959)などを残した。また、1950年代にはインドのチャンディガルの都市計画にも意欲を示し、高等裁判所(1955)などの庁舎建築を設計している。1965年8月27日、南フランスのロクブリュヌ・カップ・マルタンで没。
 彼は生涯を通じて近代合理主義を推進しながらも、その基調にはギリシア以来の古典主義美学に対する優れた感覚があり、これをさらに洗練させて鉄筋コンクリート建築の新しい局面を切り開いた。この意味でも、近代建築における巨匠としての位置づけがなされているのである。[高見堅志郎]

世界遺産の登録

2016年には、ル・コルビュジエが設計した代表的な17の建築作品が、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」として世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。構成資産は以下のとおりである(かっこ内は所在地)。
【フランス】
ラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸
Maisons La Roche-Jeanneret
(パリ)
ビラ・サボワ(サボワ邸)と庭師小屋
Villa Savoye et loge du jardinier
(ポワッシー)
ペサックの集合住宅(シテ・フリュジェ)
Cit Frugs
(ペサック)
カップ・マルタンの休暇小屋
Cabanon de Le Corbusier
(ロクブリュヌ・カップ・マルタン)
ポルト・モリトーの集合住宅
Immeuble locatif la porte Molitor
(パリ)
マルセイユのユニテ・ダビタシオン
Unit d'habitation, Marseille
(マルセイユ)
ロンシャンの礼拝堂
Chapelle Notre Dame du Haut
(ロンシャン)
ラ・トゥーレット修道院
Couvent Sainte-Marie de la Tourette
(エブー)
サン・ディエの工場
Manufacture Saint-Di
(サン・ディエ)
フィルミニの文化の家
Maison de la Culture, Firminy
(フェルミニ)
【日本】
国立西洋美術館
Muse National des Beaux-Arts de l'Occident
(東京)
【ドイツ】
ワイセンホフ・ジードルンクの住宅
Maisons de la Weissenhof-Siedlung
(シュトゥットガルト)
【スイス】
レマン湖畔の小さな家
Petite maison au bord du lac Lman
(コルソー)
イムーブル・クラルテ
Immeuble Clart
(ジュネーブ)
【ベルギー】
ギエット邸
Maison Guiette
(アントウェルペン)
【アルゼンチン】
クルチェット邸
Maison du Docteur Curutchet
(ラ・プラタ)
【インド】
チャンディガルの都市計画(キャピトル・コンプレックス)
Complexe du Capitole, Chandigarh
(チャンディガル)
[編集部]
『吉阪隆正訳『建築をめざして』(1975・鹿島出版会) ▽樋口清訳『ユルバニスム』(1976・鹿島出版会) ▽W・ボジガー編、吉阪隆正訳『ル・コルビュジエ全作品集』全8巻(1977~1979・エーディーエー・エディタ・トーキョー) ▽R・D・フスコ著、横山正訳『ル・コルビュジエの家具』(1978・エーディーエー・エディタ・トーキョー) ▽C・ジェンクス著、佐々木宏訳『ル・コルビュジエ』(1978・鹿島出版会) ▽S・V・モース著、住野天平訳『ル・コルビュジエの生涯――建築とその神話』(1981・彰国社)』

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20世紀西洋人名事典の解説

ル・コルビュジエ
Le Corbusier


1887.10.6 - 1965.9.25
スイスの建築家,都市計画家,画家。
ラ・ショー・ド・フォン生まれ。
ラ・ショー・ド・フォン工芸学校卒。
本名Charles Edouard〉 シャルル・エドワール〈Jeanneret ジャヌレ。
1910年ベルリンのP.ベーレンスの事務所で働き、ヨーロッパ各地で学び、フランスを中心に活動。画家オザンファンとともに‘キュビスム以後’宣言を発表、キュビスムを批判し、ピュリスムを唱える。’20年雑誌「新精神」を創刊。’22年従弟ピエール・ジャンヌレと建築事務所を開く。著書に「建築をめざして」(1922年)、「今日の装飾芸術」(’25年)など。主要建築に「サヴォワ邸」(’30年)、「ノートルダム・デュ・オ教会」(’54年)、「大集合宅」などがある。日本人の弟子に前川国男、坂倉準三、吉坂隆正がいる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

ル・コルビュジエ

生年月日:1887年10月6日
スイスの建築家,都市設計家
1965年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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