コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

信西 シンゼイ

7件 の用語解説(信西の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

しんぜい【信西】

藤原通憲(ふじわらのみちのり)の出家後の名。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

信西【しんぜい】

平安後期の学者・官人。俗名藤原通憲(みちのり)。父は一臈の蔵人(六位蔵人の筆頭)実兼。7歳のとき高階経敏の養子となる。鳥羽上皇に近侍し,1143年少納言に抜擢されたが,翌年藤原の本姓に復した後,出家。
→関連項目貞慶信西古楽図高階氏澄憲平治物語絵巻本朝世紀

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

出典|講談社
デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

しんぜい【信西】

1106‐59(嘉承1‐平治1)
平安後期の官僚。俗名藤原通憲。父は一﨟の蔵人(六位蔵人の筆頭)実兼。7歳のとき,父が才智を惜しまれながら28歳の若さで急死したためか,高階経敏の養子となり,さらに高階重仲の女をめとり,高階氏を称して朝廷に出仕した。1127年(大治2)六位蔵人から従五位下に進み,ついで院判官代に補されて鳥羽上皇に近仕し,また日向守に任ぜられたが,43年(康治2)官途に見切りをつけて出家の許可を奏請した。通憲の才幹を惜しんだ上皇はこれを許さず,少納言に抜擢したが,通憲は翌年藤原の本姓に復した後,39歳で出家した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

しんぜい【信西】

藤原通憲みちのりの法名。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

信西
しんぜい

藤原通憲」のページをご覧ください。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

信西
しんぜい

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の信西の言及

【平治の乱】より

保元の乱に勝った後白河天皇は1158年(保元3)に退位して院政をはじめるが,その間に院近臣や武士のあいだに権力争いがはげしくなっていた。院権臣の信西(藤原通憲)と藤原信頼とは互いに権勢を競って対抗し,とくに信西が信頼の近衛大将の就任を阻止したことによってその抗争は深刻なものとなった。一方,武士の棟梁のなかでは,平清盛と源義朝が相互に競って中央政界への進出をはかったが,保元の乱で武勲第一の義朝が左馬頭にとどまり,清盛が播磨守・大宰大弐になったことは,義朝に大きな不満を抱かせ,その反目が鋭くなった。…

【法曹類林】より

…平安時代末期に著された法制書。編者は藤原通憲(信西)。230巻とも730巻とも伝える大部の書であったが,今は巻192,197,200の3巻が残るにすぎない。…

※「信西」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone

信西の関連情報