公法関係における権利のことで,私法関係における権利である私権に対比して用いられる。とくに,行政法学上の概念として論ぜられてきた。
公権は国家またはこれに準ずる公共団体が主体となって,国民に命令し,義務の履行を強制する国家的公権と,個人が国家・公共団体に対して有する個人的公権に分けられるが,このうち,行政法学上,公権としてとくに論ぜられるのは,個人的公権である。近代国家においては,絶対主義時代と異なり,人民も公権力の主体としての国家に一定の権利を主張しうるとするところに,この概念の大きな意義が認められ,日本においても,すでに,明治憲法時代に,この意味の公権論が展開されていた。
それによると,個人的公権は通常,参政権(例,選挙権),受益権(例,官吏の俸給請求権),自由権(例,信教の自由)の三つに分けられる。ただ,私益のために認められる私権と異なり,公権は,一般に絶対的なものでなく,他の公益上の理由からの制限を受けあるいは義務が伴い(公権の相対性),公権の放棄は,とくに公益上の理由から公権を認めた趣旨に反することになるので許されず,また,公権は,公益上の見地から権利者に専属的に与えられているので,他人に移転することも認められず(公権の不融通性),個人的公権の侵害に対しては,司法裁判所は原則として裁判管轄権を有さず,行政裁判所に対しても,法律の定めるところに従って出訴できるにとどまる(公権の保護の特殊性),とされていた。
日本国憲法の下でも,公法と私法の区別があるとする見解に立つと,制度上の概念としての公権の存在を認めることになる。ただ,その場合でも,私権も絶対的なものでなく,また,公権でも,財産的なものは,放棄や譲渡が許されることもあり,公権だからといって,ただちに,一定の結論が導き出されるものではない,という点については,ほぼ,異論がなく,公権の私権に対する独自性を強調する見解は現在では存在しない。また,抗告訴訟以外で個人的公権が訴訟物となる場合は,行政事件訴訟法の公法上の当事者訴訟となるが,これに適用される規定は重要性に乏しいことから,訴訟法的にも,公権一般論を展開する解釈論上の意義はないとする見解がある。さらに,公権のうち,金銭債権の時効については,会計法30条が適用されると解されてきたが,近年の最高裁判所の判例は,公権の概念を用いることなく,事案を処理している。したがって,公法と私法の区別に対するのと同様に,公権の概念について,法解釈論上の意義を否定する見解がある。
以上のような一般的公権論とは別に,現在,個人の行政権に対する権利主張の可能性が論ぜられている。それは,公権と反射的利益の区別であって,問題自体はかねてからあったのであるが,従来,単なる反射的利益とされたものに,権利性を認める余地がないかどうかが,論ぜられている。これをさらに発展させると,他人に対する行政権限の発動を裁判上求める権利が個人に認められるかどうかという点に連なる。例えば,公害物質を排出している工場に対して,これを規制する行政権の発動を付近住民が裁判上求めるとか,建築基準法違反建築物について,行政庁が行政代執行権限を行使することを求めて,隣人が裁判所に出訴する,という場合である。私人の行為を規制する権限を発動するかどうかは,権限ある行政庁の裁量にゆだねられているとするのが,従来の基本的な考え方であり,行政権限を適切に行使しないことによって生じた損害については,国家賠償が認められるようになったが,権限の発動それ自体を裁判上求めることができるかどうかは,学説上まだ一致を見ておらず,判例も出ていないのが現状である。
なお,公権に対する意味で公義務の概念があるとされる。この場合にも,国家,公共団体の公義務と個人のそれとがあるが,行政法学上,主として問題とされるのは,個人の公義務である。公権と同様,すべての公義務について共通の取扱いがなされるわけではないが,納税義務のように,行政権による強制執行がなされたり,道路交通法上の自動車運転手の義務のように,罰則でその実効性が担保されるといった特色が認められることが多い。
執筆者:塩野 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
公法関係において、直接自己のために一定の利益を主張しうべき法律上の力(権利)をいう。公法と私法を区別する伝統的行政法学上の観念である。公権は国家・公共団体が公権力主体としての立場において有する国家的公権と、国民が公権力主体に対してもつ個人的公権に分けられる。国家的公権は警察権、統制権、公企業監督権、公用負担特権、課税権等、公権力そのものである。個人的公権は参政権、受益権、自由権に分けられる。個人的公権は直接私益のために認められる私権とは異なり、国家的・公共的見地から認められるものであるから、独占排他的な絶対不可侵の権利ではなく、公益的見地からの制約を予想した権利であり、権利すなわち義務の性質が顕著で、放棄、移転は許されないと説かれてきた。選挙権、訴権、公務員の恩給権、給与請求権、生活保護請求権などがその例とされる。しかし、今日では公法と私法の体系的区別を認めない説が優勢となっているし、放棄、移転が許されないかどうかは実定法の定めと個々の権利(選挙権、生活保護請求権など)の性質によって決まることで、体系的な公権という概念は有害無益となってきている。
[阿部泰隆]
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