北見(市)(読み)きたみ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北見(市)
きたみ

北海道東部、網走(あばしり)地方の中心都市。1942年(昭和17)野付牛(のつけうし)町が市制施行して北見市と改称。1956年(昭和31)相内(あいのない)村を編入。2006年(平成18)、常呂(ところ)郡端野町(たんのちょう)、常呂町(ところちょう)、留辺蘂町(るべしべちょう)の3町を合併。常呂川中流域にあたり、北見盆地の中央を占める。JR石北本線(せきほくほんせん)、国道39号、333号、238号、242号が通じる。北見駅から分岐し、JR根室本線池田駅に至る北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線は、2006年に廃止された。1897年(明治30)に、屯田兵村(とんでんへいむら)の設置と、高知県からの北光社(ほっこうしゃ)移民団の入植が行われ、ともに開拓の基礎を開いた。1902年(明治35)に導入されたハッカ栽培の成功は、開拓を推進するうえで重要な役割を果たし、まもなく全国一の生産量を示すに至った。明治末期の鉄道の開通は、木材、製麻など、農林加工業の立地と商業の繁栄を促し、先発の網走市と発展を競い合った。第二次世界大戦後の伸長は著しく、東部北海道では釧路(くしろ)市に次ぎ、帯広(おびひろ)市と並ぶ都市に成長した。製糖、製粉、乳業などの食品工業、木材関連工業、金属機械工業に加えて、湿度の低い気象条件を生かし、工業団地、ハイテク団地に電子部品、精密機械、コンピュータ・ソフトなどの工業も立地した。また、卸売センターや卸売団地があり、網走地方の流通拠点ともなっている。農業では、価格の安い海外産や合成品の進出に伴い衰退したハッカにかわり、タマネギのほか、水稲の作付けが多い。国立大学法人北見工業大学、日本赤十字北海道看護大学がある。また、科学館、博物館、美術館、視聴覚センターの複合施設である北網圏北見文化センター、北見ハッカ記念館などの施設がある。面積1427.41平方キロメートル、人口12万1226(2015)。

[岡本次郎]

『安藤武雄編『北見市史』(1957・北見市)』


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