味わう(読み)アジワウ

デジタル大辞泉 「味わう」の意味・読み・例文・類語

あじ‐わ・う〔あぢはふ〕【味わう】

[動ワ五(ハ四)]
飲食物を口に入れて、そのうまみを十分に感じとる。味を楽しむ。「よくかんで―・って食べる」
物事のおもしろみや含意を考えて、感じとる。玩味がんみする。「詩を―・って読む」
身にしみて経験する。体験する。「人生悲哀を―・う」
[可能]あじわえる
[類語]噛み分ける噛み締める食べる食らう食う頂く召し上がる食するつつ啄む

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精選版 日本国語大辞典 「味わう」の意味・読み・例文・類語

あじ‐わ・うあぢはふ【味わう】

  1. [ 1 ] 〘 他動詞 ワ行五(ハ四) 〙
    1. 味見をする。食物のもつうまさをかみしめながら食べる。〔観智院本名義抄(1241)〕
      1. [初出の実例]「口にあちわう所をばなむべからず」(出典:寝覚の記(鎌倉末))
    2. 物事の意義や趣を深く考える。玩味する。
      1. [初出の実例]「時に天神、太占(ふとまに)を以て卜合(うら)ふ。乃ち教(アチハヒ)て曰(のたま)はく」(出典:日本書紀(720)神代上(水戸本訓))
      2. 「この歌はあるが中におもしろければ、心とどめてよまず、腹にあぢはひて」(出典:伊勢物語(10C前)四四)
    3. 経験して深く印象に残す。体験する。
      1. [初出の実例]「或時は妾(せふ)炊事を自らして婦女の天職を味(アヂハ)ひ」(出典:妾の半生涯(1904)〈福田英子〉三)
      2. 「たとひ僅かな苦痛にもせよ、もしそんなものを味はないで同じ結果が得られるならば」(出典:蓼喰ふ虫(1928‐29)八〈谷崎潤一郎〉)
  2. [ 2 ] 〘 他動詞 ハ行下二段活用 〙
    1. [ 一 ]に同じ。
      1. [初出の実例]「宗祇百ケ条抜書〈略〉ひやしるかきたててすうべからず、并一口すひてあちはへたる体みぐるしく候」(出典:月菴酔醒記(1573‐92頃)中)
    2. [ 一 ]に同じ。
      1. [初出の実例]「風体(ふうてい)を、朝な夕なあぢわふる外の故実あるべからず」(出典:言塵集(1406)序)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「味わう」の意味・わかりやすい解説

味わう
あじわう

その土地の人々が長い間好んで食べているもののなかに、ときには、よそ者にはとても食べられないものがある。なにげなく口に入れた食物に異和感をおぼえて、吐き出してしまうことがある。これは、食べる以前に、無意識のうちに食べられるのか、食べられないのかを識別しているからである。

[斉藤 進]

行動学的意義

いいかえれば、口腔(こうこう)内で味覚が生じる前に、すでに視覚嗅覚(きゅうかく)、皮膚感覚(触・圧・温・冷・痛覚)など、多種の感覚を通し、あるいはこれまでの体験を統合して、人は確かめている。また口腔内に取り込んだ場合でも、異常な味を感じるときには反射的に吐き出す。普通これは一種の防御反射的な運動としてとらえられているが、その仕組みはまだ十分に解き明かされてはいない。いえることは、こうした一連の働きが「味わう」ことであり、味わうという行為があって初めて食べることが可能になるのである。しかし一方で人間には、味に対する思い込みが、食べる前にある場合がある。見かけにだまされるのである。

 味わうことは、実は複雑な構造をもつが、これに反して食べるという摂食行動自体は、きわめて即物的なものといえる。体内では、代謝活動が、たとえ睡眠時でも活発に行われていて、エネルギーが消費されている。このエネルギーは、食物摂取によって補充されるが、そのためには物理化学的な処理過程が必要である。食べたものは、筋肉や消化酵素の働きでより簡単な構造物に変化し、消化管壁から血管やリンパ管内に吸収され、初めてエネルギー源となる。このような消化液の生成分泌や消化管の運動などの栄養行動は、深く味わうことや、うまさを楽しむことで促進される。多種感覚を統合した味わうという心の働きが、一見単調で機械的な栄養行動と密接に関係しているのである。

 味わうのは舌の味覚だけとは限らない。消化管内壁の細胞はその内容物を味わい、その結果ガストリンやセクレチンなど消化に役だつホルモンを分泌している。逆に、異常な味わいのする食物は反射的に嘔吐(おうと)され、食べることを拒否されることはすでに述べた。一方で、それが「食べることができ、飲むことができる」という思い込みが先行したときには、味わう暇なく胃に送られてしまうことがある。見慣れた容器中の農薬の誤飲などはその一例である。このように食物に対する安全を確認し、消化吸収を促進して食べる行為を円滑にすることが、「味わう」ことの行動学的意義である。

[斉藤 進]

味わうメカニズム

味わうことは、もともとは食べられるか食べられないかを識別することであるが、味を知り、うまさを楽しむことでもある。こうして人間はそこから出発して、ほかの生物とは異なる、食べるだけではない独自な味わう文化をつくりあげてきた。たとえば調理され器に盛られたものの色や香りを楽しみ、口に入れてなお、舌触り、歯ごたえ、のどごしなどの快さを感じている。こうした口腔内の感覚は、前方部が中央部に比べて鋭敏にできている。味覚は舌の先端で敏感であり、とくに甘味や塩味に対して感受性が高い。咽頭(いんとう)や口峡部など口腔奥の粘膜で、ふたたび感覚は鋭くなる。舌根部では、苦みに対してとくに敏感である。甘いものには栄養価の高い食品が多く、苦いもののなかには毒性のあるものがあることを考えると、このように感じる部位が異なるのは興味深い。まず滋養、ついで毒性の吟味というところであろうか。

 歯の触感覚についても、前歯は奥の大臼歯に比べるとおおよそ10倍鋭い。このように口腔内の仕組みは、食物をそしゃくすべきか否か、また嚥下(えんげ)すべきか否かという二重のチェックを通ってのちに、初めて、その運動を随意的に制御できない消化管へと口腔内の食物が送り出される機構をつくっている。

 味覚を引き起こす化学物質の受容は、おもに舌にある味蕾(みらい)の味細胞でおこる。そのほか、咽頭や喉頭(こうとう)部および口蓋(こうがい)でも味覚受容は行われる。これらの味覚情報のうち、舌前方3分の2と口蓋は、顔面神経の枝である鼓索(こさく)神経と大錐体(すいたい)神経、舌後方3分の1は舌咽神経、咽頭や喉頭などは迷走神経を介して、延髄の孤束核に入る。その後、視床の後腹側内側核を経て大脳皮質の味覚領野に至る。これらの経路のすべてにわたって、味わうメカニズムの追求が最近盛んに行われている。

 味の分類については19世紀末以来、甘味、酸味、塩味、苦味の4種が基本味として考えられている。味覚受容器である味蕾の味細胞は、2種以上の基本味に感受性をもつものが多い。つまり特定の味だけを特異的に識別しているわけではない。また、味覚情報を伝える神経線維には、においや舌に対する温度や触、圧などの刺激に反応するものもある。これらのことから、味の識別は、多数ニューロン(神経細胞体およびそれから出ている突起で構成される単位)間の相対的な興奮パターンの違いにより行われていると考えている人もあるが、味覚の中枢機序にはまだ明らかでない点が多い。

[斉藤 進]

味わうことの周辺

日本の食生活の特徴として、食品素材の豊富なことがあげられる。国土が南北に長く、高温多湿で、交通網がよく発達しているからである。味の好みも東と西ではだいぶ違う。一例として食塩の摂取量が異常に多い地域がある。その地方の本態性高血圧症患者では、唾液(だえき)中のナトリウム濃度が上昇し、塩味に対する感度が低下している。この人々は塩味をとくに好むというより、少量の食塩濃度では味がしないので、結果として食塩摂取量が増すことになる。女性の妊娠と酸味、糖尿病患者と甘味など、特有の嗜好(しこう)変化にも同様の関係がみられることがある。

 多くの人で、甘い味がするものは好まれ、苦いものは嫌われるのが普通である。ショ糖のように、自然界にあり甘くて栄養価が高い糖は、人間からミツバチなど昆虫に至るまで広く動物に好まれ摂食される。生後すぐの乳児や除脳し脳幹部だけの動物でも、甘味のする糖に対し嗜好がみられる。例外なのはライオンやトラなどで、糖類に嗜好はみられない。糖代謝系の特異性に由来するのであろう。甘味は他の味と違って、高い濃度でも嫌われることが少ないと古くからいわれてきた。なお、欧米先進諸国を中心として、甘味を嫌う傾向が強まってきている。栄養の過剰摂取による肥満や生活習慣病(成人病)の増加に対する反省からであろう。

 野性動物は、栄養に関する特別の知識なしにバランスのとれた食生活を営んでいる。これは普通、親から刷り込まれる離乳期の食体験が、その後の食物選択や栄養要求を完全なものにしているからできることである。このことが、初めに述べた味に対する思い込みをつくるのであろう。その意味で、人間の味わい方も、乳幼児期からの味覚体験を考える必要があるだろう。

[斉藤 進]

『佐藤昌康編『味覚の科学』(1981・朝倉書店)』

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