デジタル大辞泉
「平間寺」の意味・読み・例文・類語
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平間寺
へいげんじ
[現在地名]川崎区大師町
多摩川河口に近い川崎区の北東部に位置する。通称川崎大師。真言宗智山派大本山。本尊弘法大師像。「風土記稿」は「弘法大師堂」、「江戸名所図会」は「厄除大師堂」と記し、近世にはこれらの名称でよばれたらしい。平間寺は金剛山金乗院と号し弘法大師堂の別当寺であったが、現在では平間寺の称が両者を包摂して用いられている。
略縁起(県史八)によれば、大治二年(一一二七)漁夫平間兼乗が霊夢により海中から弘法大師像を拾い上げ、一宇を建立したのが創祀とある。また「風土記稿」は、平間村称名寺(現幸区)の伝承として、同寺が真言宗から浄土真宗へ転宗の際、代々もち伝えた大師像を多摩川へ流し、これを漁民が拾い上げ堂を建立、旧地の村名をとって平間寺と号したとの異伝を記す。創建の時期は不明。慶安元年(一六四八)弘法大師堂領として朱印地三石を与えられた(風土記稿)。寛永五年(一六二八)三月境内に建立の六字名号碑は、浅井了意の「東海道名所記」によれば、江戸に住む無筆の紀伊国屋佐内が霊夢により六字の名号を書き石塔に彫付け奉納したものと伝える。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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平間寺【へいげんじ】
神奈川県川崎市にある真言宗智山派の寺。通称は川崎大師。12世紀初頭,平間兼乗が海中より得たとする空海像が本尊。開基は尊賢。平安末期勅願寺となったが,のち荒廃。18世紀末隆範が再興した。成田山(新勝寺),高尾山(薬王院)とともに智山派三山。厄除(やくよけ)大師として参詣者が多い。
→関連項目川崎[区]|高尾山
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平間寺
へいげんじ
川崎市川崎区大師河原にある真言宗智山派の寺。山号は金剛山金乗院,通称は川崎大師。成田山新勝寺,高尾山薬王院とともに智山派三山の一つ。大治2 (1127) 年尊賢によって創設された寺で,のち荒廃したが明和年間 (1764~72) 隆範が再興して栄えた。本尊の弘法大師は厄除大師として尊ばれている。
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世界大百科事典(旧版)内の平間寺の言及
【川崎大師】より
…神奈川県川崎市にある真言宗智山派の寺。正式には金剛山金乗院平間(へいげん)寺という。開山は尊賢(1143没)と伝える。…
※「平間寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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