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安祥寺 アンジョウジ

世界大百科事典 第2版の解説

あんしょうじ【安祥寺】

京都市山科区にある高野山真言宗の寺。山号は吉祥山。俗に高野堂(こうやどう)。848年(嘉祥1),仁明天皇の女御の藤原順子の所願により,入唐僧の恵運が創建。はじめ安祥寺山の山上と山下に伽藍が整備されたが,上寺は早く廃絶し,現地の下寺のみが法灯を伝えて今日に残る。855年(斉衡2)定額寺指定,856年寺領粟田山の施入など,朝廷や公家の厚い保護が続き,平安時代に栄えた。中世から真言小野三流の随一,世に安祥寺派といわれ,門跡寺院になる。

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大辞林 第三版の解説

あんじょうじ【安祥寺】

京都市山科区にある高野山真言宗の寺。山号は吉祥山。848年恵運えうんの創立。応仁の乱で荒廃、家康の保護で復旧した。五智如来像五体を安置する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

安祥寺
あんしょうじ

京都市山科(やましな)区御陵(みささぎ)平林町にある高野山(こうやさん)真言宗の寺。「あんじょうじ」ともよぶ。吉祥山と号す。848年(嘉祥1)淳和(じゅんな)太后の寿算を祝うため創建したもので、建立本願主は仁明(にんみょう)天皇の皇后藤原順子であり、入唐(にっとう)僧恵運(えうん)を開基とする。11世宗意(1074―1148)のころは寺運大いに興隆し、安祥寺流をおこして事相(じそう)(密教の行法(ぎょうぼう)上の作法面)において小野三流の随一寺院となり、法を授け伝えた。しかし、戦国時代に兵乱にあい、また豊臣(とよとみ)秀吉の命に従わなかったため禄(ろく)を没収されて衰え、さらに明治の廃仏棄釈により、堂塔は荒廃し、寺宝は散逸した。現在、寺宝には本尊十一面観音、五智如来(ごちにょらい)(国の重要文化財)、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)がある。[野村全宏]

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