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宝鏡寺 ほうきょうじ

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうきょうじ【宝鏡寺】

京都市上京区にある,もと臨済宗の寺で,現在は単立寺院。西山と号する。百々御所(どどのごしよ)とも呼び,比丘尼御所の一つ。光厳天皇の皇女恵厳禅尼が応安年間(1368‐75)福尼寺を再興したことに始まると伝え,寺伝では本尊の観音が手中に宝鏡を所持したことから,宝鏡寺と称したという。1644年(正保1)後水尾天皇の皇女久厳禅尼の入寺以来,幕末まで皇女の入寺が続き,尼門跡寺院として皇室との関係が深まった。1788年(天明8)の大火で焼失したが,光格天皇の援助で復興。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宝鏡寺
ほうきょうじ

京都市上京(かみぎょう)区百々(どど)町にある禅宗系単立寺院。西山(せいざん)と号する。本尊は聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)。一般に百々御所(どどのごしょ)、人形寺(にんぎょうでら)とよばれる尼門跡(あまもんぜき)寺院。臨済宗円覚寺(えんがくじ)の開祖無学祖元(むがくそげん)の弟子、無外如大尼(むがいにょだいに)が開創した景愛寺(けいあいじ)の内にあった福尼寺を、応安(おうあん)年中(1368~75)光厳(こうごん)天皇皇女華林恵厳(えごん)禅尼が現在地に再興して、宝鏡寺と改称した。1644年(正保1)に後水尾(ごみずのお)天皇皇女理昌尼(りしょうに)王が入寺して以降、代々皇室から住職を迎えた。光格(こうかく)天皇の遺愛の人形や遊具をはじめ、歴代内親王の愛玩(あいがん)した人形が多数残されており、人形寺とよばれるようになった。毎年春と秋に人形展が開催される。[水谷 類]

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