山陽[町](読み)さんよう

百科事典マイペディアの解説

山陽[町]【さんよう】

岡山県南部,赤磐(あかいわ)郡の旧町。吉備(きび)高原縁辺の砂川盆地に位置する。砂川は天井川となり,灌漑(かんがい)は溜池(ためいけ)による。中心集落は下市(しもいち)。モモ,ブドウを栽培。宅地化が進んでいる。2005年3月赤磐郡赤坂町,熊山町,吉井町と合併し市制赤磐市となる。34.64km2。2万5745人(2003)。

山陽[町]【さんよう】

山口県南西部,厚狭(あさ)郡の旧町。厚狭川下流域の厚狭盆地にある。主集落の厚狭は山陽本線と美祢(みね)線の分岐点で,両線開通後,東方の旧宿場町船木に代わって発展した。周防(すおう)灘に臨む埴生(はぶ)は農漁村。米作,施設園芸を営むほか,ノリの養殖も行われる。観光ブドウ園も盛ん。赤間硯(すずり)の産地。2005年3月小野田市と合併し市制,山陽小野田市となる。89.81km2。2万2610人(2003)。

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世界大百科事典 第2版の解説

さんよう【山陽[町]】

岡山県南東部,赤磐(あかいわ)郡の町。人口2万3986(1995)。吉備高原縁辺の砂川盆地に開けた町で,盆地を流れる砂川が天井川をなすため,灌漑用の溜池がいたるところにみられる。古くから開けた地で,県下第3位の規模をもつ前方後円墳両宮山(りようぐうざん)古墳などの古墳が多く,備前国分寺跡条里制遺構も残る。かつては米作や桃,ブドウの栽培を中心とする純農村地域であったが,岡山市の北に接するため大規模な住宅団地造成が行われ,1970‐80年の10年間で人口は倍増し,その後も増加している。

さんよう【山陽[町]】

山口県南西部,厚狭(あさ)郡の町。1956年厚狭町と埴生(はぶ)町が合体,改称。人口2万2799(1995)。町の東部を厚狭川が南流して沖積平野が開け,中央の厚狭盆地に中心集落の厚狭がある。厚狭盆地周辺には弥生~古墳時代の遺跡が多く,長光寺山古墳は古式の前方後円墳として知られる。古代には厚狭郡の郡家が置かれ,条里制の遺構も残る。江戸時代の郡の中心は山陽道の宿場町であった船木(現,楠町)であったが,明治に入って山陽本線が通じ,厚狭駅で美祢(みね)線を分岐するようになって厚狭は船木に代ってふたたび厚狭地方の中心地となった。

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