日本大百科全書(ニッポニカ) 「形而上学(哲学)」の意味・わかりやすい解説
形而上学(哲学)
けいじじょうがく
metaphysics 英語
métaphysique フランス語
Metaphysik ドイツ語
世界の究極の根拠を問う哲学の部門。ラテン語のメタフィシカmetaphysicaの訳語。科学はある特殊な領域の存在者を構成する原理を問う。たとえば、経済学は経済事象を成立させている経済法則を問い、物理学は物理事象を成立させている物理法則を問う。特殊性は科学的認識の本質に基づく。科学はある特殊な視野、したがって領域の固定によって、その対象と方法を得るからである。これに対して、いっさいの存在者(世界)の究極の根拠を問う究知があり、これが形而上学である。
形而上学は領域的、部分的な知識ではなく、普遍的、全体的な知識を求める。これは特殊科学の知識の総和でもなければ、特殊科学の知識を成立させる、単に主観的な根拠(認識論的根拠)の知識でもない。それはすべての存在者を根拠づける、究極の実在的根拠の知識である。したがって、特殊な領域と視野を越えた、超越の視野において得られる超越的知識である。この超越の視野は、認識するものとしての人間が自己の存在根拠へと還帰してゆく根源還帰の道において得られる。時間を超える永遠が知られるのもそこであり、人間存在が究極において根ざす根源をそこにみいだすことができる。
形而上学を学問として確立した最初の人はアリストテレスである。彼は「存在者としてある限りにおける存在者について」普遍的にその第一の原理・原因を探究する学問を「第一哲学」(ヘー・プローテー・フィロソフィアーhe prōtē philosophia)とよび、その学問体系の最高位に位置させた。それは、いっさいの究極の実在根拠としての神の知識でもあり、そのように高貴な知識として「知恵」(ソフィアーsophia)ともよばれた。「形而上学」(メタフィシカ)という名称は、この第一哲学に関する書物が前1世紀のロードスのアンドロニコスによる全集編纂(へんさん)において、自然学(フィシカphysica)に関する書物の後に置かれたところから「自然学の後の書」(タ・メタ・タ・フィシカta meta ta physica)とよばれたことに由来するといわれる。しかしのちには、この名称は、生成消滅する自然物のかなたに、これを根拠づける永遠不滅の原理を求めるものとしてのこの学問の内容に関係づけられるようになった。
変化する自然物の背後に、その存在根拠として永遠不変の実在を求めようとする究知は、ギリシア哲学にとって本質的であり、この意味で、ギリシア哲学は一般に形而上学的であったといえる。このような究知は、全世界の創造者として永遠な神を認めるキリスト教にとってもふさわしいものであり、したがってギリシアの形而上学は中世キリスト教神学の体系にも大幅に受容され、そこでいっそうの深化発展を与えられた。
しかし、近代科学の成立は、この古代・中世を貫く統一的な世界像を破壊し、特殊科学の方法に従って得られるものだけが、唯一の実在認識として一般に認められるようになった。これは形而上学の崩壊であり、カントは理論的な学問としての形而上学を否定した。神話的、形而上学的、実証的という3段階を経て知識が進歩するとするコントの実証哲学の考えは、この近代の考え方を代表するものである。
今日においては、科学を知識の模範とするこの近代の考え方に従う人々もなお多いが、他方において、これを克服して、哲学を科学とは異なる根源の知とする哲学者も多くなってきた。これとともに、形而上学はその栄誉を回復し、形而上学の歴史は新たな意義を獲得するに至った。20世紀になされたこの形而上学の復興に貢献した人としては、ベルクソンとハイデッガーの名が記憶される。
[加藤信朗]