新地町
しんちまち
面積:四五・九五平方キロ
太平洋沿岸部の浜通り最北端、相馬市と原町市によって三区分された相馬郡の北端に位置する。南は相馬市、西は宮城県伊具郡丸森町、北は同県亘理郡山元町、東は太平洋に臨む。駒ヶ嶺東部から相馬市にかけて新沼浦があったが、昭和一五年(一九四〇)までの干拓事業によって消滅した。当町西方は阿武隈高地で、北から地蔵森(標高三四八メートル)・五社壇(同三八三メートル)・鹿狼山(四三〇・一メートル)の三峰があり、山々から発した三滝川・砂子田川・立田川が町域内を東流して太平洋に注ぐ。山麓には岩沼・久之浜構造線として明瞭な断層崖が比高約三〇〇メートルで直線状に連なって丘陵地と開析台地を分け、東半部は低地帯となっている。集落は低地中央部と海岸部に多い。JR常磐線と国道六号が並行して町域東部を南北に走り、国道一一三号は相馬市から町域南西部を抜け、大沢峠を越えて丸森町に至る。五社壇の北に福田峠、南に鈴宇峠がある。
新地町
しんちまち
[現在地名]長崎市新地町
出島の南東、中島川河口部の左岸に位置する。江戸時代は全域が倉庫敷地で、居住は許されなかった。元禄一一年(一六九八)の火災で樺島町・五島町の土蔵三三棟に収納していた唐船二〇隻分の貨物(代銀三千三七七貫目分)が灰燼に帰したため、これら倉庫の所持者三九人により同一四年頃から唐人屋敷の地先海面三千五〇〇坪が埋立てられ、土蔵一二棟を建立、中国船専用の荷物蔵所となった(「長崎建立并諸記挙要」など)。普請用銀四四〇貫のうち銀二〇〇貫は幕府から借入れた。同一五年の唐人荷蔵の完成に伴い新地または新地蔵所・新地土蔵とよばれ、唐人は貨庫とよぶ。規模は東西七〇間・南北五〇間、土蔵六〇(一二棟)、一棟は入が三間・間口二五間、ほかに表門・長屋・水門・土神祠・番所・高札などがあった(長崎実録大成)。水門にはいずれも検使場・改場が一棟ずつ併設された。同一六年七月「新地之蔵」に南京船の唐米三二四袋、三四番船の唐米二二五袋、三五番船の唐米二三六袋、四二番船の唐米二四〇袋などが収蔵されている(唐通事会所日録)。新地蔵絵図(長崎市立博物館蔵)では惣坪数三千八五〇坪。米蔵・銅蔵・荷蔵・端物蔵・俵物蔵・囲籾米蔵などが置かれた(「長崎諸役所絵図」内閣文庫蔵)。
新地町
しんちちよう
[現在地名]小樽市信香町・若松二丁目
明治初年(同二年八月―同六年の間)より同三二年(一八九九)まで存続した町。金曇町の西にある。一八六五年(慶応元年)小樽内村の名主山田兵蔵が金曇町と奥沢の間の畑地に道路(延長一九八間・幅六間)を開削、のち幕府により請地とされ、芝居町・新地町と称されるようになったという(「小樽市史稿本」など)。「状況報文」によれば、明治三年に新地町が置かれたというので、このとき正式に町名が認可されたのであろう。一八六七年に天満宮が祀られた。
新地町
しんちまち
[現在地名]古平郡古平町大字新地町・大字本町
明治初年から同三五年(一九〇二)まで存続した村。垂美村の北にあり、東部は海に臨む。明治九年入船町内であった当地を漁業者より返上させて商業希望者に割渡し、商店を開かせたという(状況報文)。当地は美国・積丹方面に通じる街道が通り、また入船町の碇泊地にも近い要所であった。同九年の大小区画沿革表に新地町とある。同一二年四月入船町・新地町のうち一部を割いて丸山町を置く。
新地町
しんちちよう
[現在地名]檜山郡江差町字新地町・字本町など
近世から明治三三年(一九〇〇)まで存続した町。佐平次町の東に位置し、東は山地。「蝦夷日誌」(二編)によると、弘化元年(一八四四)に整地が行われ、翌二年に切石町・源太夫町にあった青楼が移されて町が成立。遊女屋三一軒、各家の間口は六間、世話役の安宅屋・岡本屋の二軒が町内を支配している。遊女を雁の字と称した。安宅屋が建てた芝居小屋があり、四月から七月まで興行がある。
新地町
しんちまち
[現在地名]鰺ヶ沢町新地町
西は漁師町、東南は山際に続く。
貞享四年(一六八七)の検地帳に後町とあり、家数二五。後町は新地町であろう(西津軽郡史)。元禄一六年(一七〇三)の鰺ヶ沢町の絵図(鰺ヶ沢町史)に後町はみえず、町名にはなっていないが「新地」とあり、遊郭として開かれ、戸数は三一数えられるという。「平山日記」寛政五年(一七九三)八月二七日に「鰺ケ沢出火新地遊女町其外共九拾軒程」とあり、遊女町としての新地町が形成されていた。
新地町
しんちちよう
[現在地名]大垣市新地町
大垣城の東、東代官町の南に位置する士屋敷地域。もと高橋村のうちで、江戸末期に侍町になったとされる。享和四年(一八〇四)の藩士家並帳(林文書)に高橋新地御足軽町南町・同北ノ町・同南新地とみえ、のち略して新地町という。天明二年(一七八二)三月の火災で大半を焼失(新修大垣市史)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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