日本歴史地名大系 「柏木御厨」の解説
柏木御厨
かしわぎのみくりや
現水口町域の
建久三年(一一九二)八月日の伊勢神宮神主請文写(神宮文庫蔵)によると、当御厨は長寛三年(一一六五)の設置で、文治三年(一一八七)九月四日に宣旨を受けて伊勢外宮領とされたという。また建久三年当時は供祭物上分米三石、正月の節句神事直会料米二〇石が賦課されていた。元徳三年(一三三一)当時の見作田は五ヵ郷で二九八町余(「柏木御厨年貢注進目録」山中文書、以下同文書は省略)。「神鳳鈔」によれば最初の御厨田数は三六町で、のち新御厨三〇町が加えられて上分米六石九升が加徴されたとする。前掲年貢注進目録に記載のない宇治河原は、野洲川と杣川の三角洲に位置する宇治河原保が加納として加えられたものとされる。
鎌倉時代末、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報