日本大百科全書(ニッポニカ) 「楊貴妃(能)」の意味・わかりやすい解説
楊貴妃(能)
ようきひ
能の曲目。三番目、鬘(かずら)物。五流現行曲。金春禅竹(こんぱるぜんちく)作。白楽天の『長恨歌(ちょうごんか)』を基にしている。唐の玄宗(げんそう)皇帝は、死んだ楊貴妃を忘れかね、超能力者である方士(ほうし)(ワキ)に命じて彼女の魂魄(こんぱく)のありかを尋ねさせる。常世国蓬莱宮(とこよのくにほうらいきゅう)に至った方士は、仙界に生まれ変わった楊貴妃(シテ)に会い、玄宗の伝言を伝える。対面の証拠として、楊貴妃は七夕(たなばた)の夜の「比翼連理(ひよくれんり)」の愛の誓いを方士に明かし、いにしえの霓裳羽衣(げいしょううい)の曲に、思い出を込めて美しく舞う。方士の去ったあとに、楊貴妃はひとり泣き沈んで終わる。東洋史上最大の恋物語の艶麗(えんれい)さを、現世とあの世という憂愁のベールを通して描く、独自の幽玄能。異次元の存在がこの世にやってくる能は多いが、ワキが異次元の世界に入ってゆく能はこれ一番である。
[増田正造]
[参照項目] |