翻訳|gonorrhea
淋菌の感染によって起こる性病の一種で,医学的には淋疾という。古くは淋毒あるいは消渇(しようかち),屢尿(しばゆばり)とも呼ばれた。中国,インド,ヘブライ,ローマ,アラビアの古い書物にいろいろと記載されているが,そのころは,その他の性病とはっきり区別されていたわけではなかった。16世紀ころになっても淋病と梅毒は同一の毒によって起こるのではないかという論争が続いていたが,19世紀末ドイツのナイサーAlbert L.Neisser(1855-1916)によって淋菌が発見され,これに終止符が打たれた。日本にも古くから存在したらしく,梅毒が16世紀初めインド,中国,朝鮮を経由して侵入する以前からあったとされている。
本症は性交によって性器から性器へ直接感染し,これが周囲の器官に波及するのが原則である。しかし性器外の接触によって淋菌性直腸炎や淋菌性口腔炎が最初に起こることもある。また新生児が母親の産道を通るときに眼に感染することもある(新生児膿漏眼)。そのほかに器物や衣服を介して感染することもあるといわれているが,きわめてまれである。
男子では感染後3~5日の潜伏期を経て,急性淋菌性尿道炎を起こす。発病は尿道の搔痒(そうよう)感で始まる。数日で外尿道口の発赤や腫張,排尿時の疼痛,あるいは頻尿などが起こる。尿道からは濃い黄色の膿汁分泌が続く。そのまま放置しておくと普通はこの状態が2~3週間続き,その後は徐々に軽快して6~7週間で治癒する。しかし3ヵ月以上も治癒せず,膿汁や淋菌の排出が続くものを慢性淋菌性尿道炎と呼ぶ。慢性化すると軽度なものは無症状のこともあるが,排尿時の不快感や会陰部の重圧感が続く。最近は化学療法が早期に行われるので,慢性化や合併症あるいは後遺症を起こすことはほとんどなくなった。治療が不十分な場合は,炎症は尿道から前立腺,精囊,膀胱に波及し,高度の排尿痛,排尿困難,下腹部痛,会陰部痛などが起こる。感染が尿道から精管を通って副睾丸に及ぶと,睾丸の腫張と疼痛が起こる。このような性器の合併症以外に,かつては淋菌性敗血症,淋菌性心内膜炎,淋菌性関節炎,淋菌性結膜炎(淋菌性膿漏眼。俗に風眼ともいう)などを合併することもあったが,最近はほとんどみられない。後遺症として慢性淋菌性尿道炎罹患後数年して尿道狭窄を起こすことが少なくなく,このため尿が出にくくなることがまれではなかった。また副睾丸や睾丸の炎症後に不妊症を起こすこともあったが,いずれも最近ではあまりみられない。
女子では大部分がまず急性淋菌性子宮頸管炎で始まる。この時期では自覚症状があまりないことが多く,おりものの増加程度で見過ごされることが少なくない。しかし,たとえ自覚症状がなくても感染力は強いので,感染源となる危険は大きい。頸管からの分泌物によって淋菌性尿道炎を起こすと,男性の場合と同様に外尿道口の発赤や腫張,膿汁の排出,排尿時の疼痛などが起こる。膿汁が会陰部を経て肛門に達し,淋菌性肛門直腸炎を併発したり,成人ではまれであるが若年者では淋菌性外陰炎や腟炎を起こすことがある。この時期には血便,排便時の疼痛,外陰部の発赤と腫張ならびに疼痛や出血などの激しい症状がみられる。淋菌が頸管からさらに上昇すると,淋菌性子宮内膜炎,卵管炎,卵巣炎,骨盤腹膜炎などを起こし,子宮出血や下腹部痛あるいは高熱などがみられ,不妊症などの後遺症を残すことがある。
診断は男子では尿道,女子ではこのほかに子宮頸部や直腸肛門部などからの分泌物を染色して顕微鏡で検査する。淋菌はグラム陰性の双球菌で,乾燥や高温に弱い。顕微鏡下では白血球の中に存在し,対をなしたソラマメのように見える。診断の確定は分泌物の培養検査による。治療にはペニシリンなどの抗生物質が有効である。自覚症状や膿汁は治療によって速やかに消失するが,完全に治癒したと判定するには分泌物中の淋菌が完全に消滅したことを確かめなければならない。淋病にかかるような場合は梅毒にも同時に罹患していることが少なくないので,疑わしい場合は本症が治癒した後に梅毒血清反応を行う。
→性病
執筆者:上野 精
古病理学の成果によると,古代エジプトのミイラに淋病があったことが知られ,医学文書《エーベルス・パピルス》にも淋病と思われる疾患が記されている。旧約聖書の《レビ記》15章に記されている〈肉の流出〉というのは,淋病をさすともいわれている。古代ギリシアのヒッポクラテスとアレタイオスにも淋病の記載があった。アラビアのイブン・シーナーも淋病を記録している。その後は梅毒と混同され,長く不潔な病気とされ,医者たちは嫌い,いわゆる床屋外科(理髪外科医)が扱っていた。
日本でも古くから淋病は流行していたと思われ,曲直瀬玄朔(まなせげんさく)の《医学天正記》には淋病にかかった武将たちの記録がある。その後江戸時代をとおして猖獗(しようけつ)し,とくに〈風眼〉といわれる淋菌性膿漏眼が流行し,これで失明するものが多かった。
執筆者:立川 昭二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…歩行者は不意に降ってくる尿に不断の注意を払い,男は女を街路の中央よりに歩かせる配慮をするならわしがあり,イギリスの一部では18世紀末まで尿で汚れてもかまわない外套(がいとう)を用いていた。 排尿しなければ生きていけないが,1度に排尿できず頻尿となることがあり,これを平安朝期には淋病(しわゆばり)といった。当時,腎臓や膀胱の疾患のために尿が出にくいことが〈淋〉であり,現代の淋病とは異なる。…
…おもに性交によって人から人へ感染していく病気の総称で,梅毒,淋病,軟性下疳(なんせいげかん)および鼠径(そけい)リンパ肉芽腫(第四性病)が含まれる。俗に花柳(かりゆう)病などともいわれた。…
※「淋病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新