おもに性交を介して感染する病気の総称。性感染症、性行為感染症(STD:Sexually Transmitted Diseases)ともいう。また、かつて花柳界で感染して蔓延(まんえん)したので、俗に花柳病ともよばれた。性病には梅毒、軟性下疳(げかん)、淋疾(りんしつ)および第四性病(鼠径(そけい)リンパ肉芽腫(にくがしゅ)症)の4疾患が含まれている。淋疾および軟性下疳は古代より種々の名称で記載されていた。1879年にはドイツのナイセルAlbert L. S. Neisser(1855―1916)が淋疾の病原体である淋菌を発見し、1889年にはイタリアのデュクレーが軟性下疳の病原体である軟性下疳菌を発見した。さらに1905年ドイツの動物学者シャウディンが梅毒の病原体である梅毒トレポネーマTreponema pallidumを発見し、病理学者のホフマンErich Hoffmann(1868―1959)が確認した。また1935年(昭和10)宮川米次(1885―1959)ほか、三田村篤志郎(1887―1963)、矢追秀武(やおいひでたけ)(1894―1970)らは第四性病の病原体として宮川小体を発見したが、その後の研究によると宮川小体はクラミジアに属するクラミジア・トラコマチスL1~L3であることが明らかになっている。
なお、1970年代より性行為の多様性がみられ、とくに1980年前後より欧米の同性愛男性間において顕在化し、一般に知られるようになった後天性免疫不全症候群(AIDS、エイズ)が注目され、性交ないし類似の行為による感染症の種類が増加し、従来の性病を含めて性行為感染症として総称されるようになった。すなわち、広義の性病とも解釈されるわけで、その病原体も細菌、ウイルス、マイコプラズマ、クラミジア、真菌、寄生虫などと広範にわたり、AIDSをはじめ、陰部ヘルペス、伝染性軟属腫(水いぼ)、尖圭(せんけい)コンジローマ(尖圭コンジローム)、非特異性尿道炎(非淋菌性尿道炎)、腟(ちつ)トリコモナス症、腟カンジダ症などのほか、疥癬(かいせん)やケジラミ症などまで含まれることになる。これらの性行為感染症は、従来の性病に対して準性病ともよばれる。ここでは、これらの準性病には触れず、従来の性病について述べる。準性病については、それぞれの疾患名等の項目を参照のこと。
[岡本昭二]
西インド諸島に古くから地方病として存在していた疾患で、コロンブスがアメリカ遠征の際、梅毒にかかった隊員がいて、1493年ヨーロッパに帰ったあと、スペイン、フランス、イタリアなどに急速に広がった。日本にも16世紀初頭倭寇(わこう)によってもたらされている。
1908年からワッセルマンにより梅毒血清反応が梅毒の診断用に使用されるようになり、1910年からはエールリヒ、秦佐八郎(はたさはちろう)によって開発されたサルバルサンにより梅毒の治療法が確立され始めた。しかし第二次世界大戦の終了後までは、伝染力を有する第1期・第2期梅毒の患者で皮膚または粘膜に梅毒の症状を示している顕症梅毒の症例は絶えず発生していた。1943年にアメリカのマホニーJohn F. Mahoney(1889―1957)らはペニシリンを梅毒の治療に使用して優れた効果があったことを報告した。日本でペニシリンが梅毒の治療に用いられるようになったのは、昭和20年代の初めである。以後、ペニシリンを中心とする各種の抗生物質が梅毒の治療に用いられるようになり、梅毒の流行は急速に収まっていった。しかし昭和30年代後半から40年代前半にかけて、ふたたび日本中に顕症梅毒の流行をみるようになった。その後また梅毒の流行は少なくなって現在まできているが、なお梅毒症例の散発的な発生が報告されている。肛門(こうもん)性交によって発生する梅毒の症例が多数出現していることが報告されている。日本でも少数例ながら第1期梅毒の報告例がある。国立感染症研究所感染症情報センターに報告された梅毒の症例は年間約543例(2005)である。
梅毒の症期は第1期、第2期、第3期および変性梅毒に分けられている。第1期梅毒は性交など感染機会後3か月までをいう。感染から3週前後に外陰部にしこりが出てくるが、これは初期硬結という。表面が潰瘍(かいよう)となると硬性下疳というが、これは多くの梅毒トレポネーマを含んでいる。まもなく鼠径リンパ節が痛みもなく腫(は)れてくるので無痛性横痃(おうげん)(俗称よこね)とよばれている。梅毒血清反応は感染してから4週ないし6週以降には陽性になってくる。
第2期梅毒は感染後3か月から3年までである。第2期になると、体内へ侵入した梅毒トレポネーマは血流によって全身に広がり、同時に全身のリンパ節が腫れてくる。第2期になり、最初に出現するのは梅毒性バラ疹(しん)である。この皮疹は体幹を中心に爪(つめ)の大きさの淡紅色の斑点(はんてん)が多発するが、注意していないと知らないうちに消えていく。丘疹性梅毒疹は大豆の大きさの赤い隆起として全身の皮膚に発生する。特殊型として手のひらと足の底に隆起ができる梅毒性乾癬(かんせん)があり、また外陰部、肛門の周囲、乳房の下などにできて、扁平(へんぺい)に隆起し表面が湿潤する扁平コンジローマ(扁平コンジローム)がある。扁平コンジローマには多数の梅毒トレポネーマが含まれていて、重要な感染源の一つとなる。第2期晩期に抵抗力の低下している人には膿疱(のうほう)性梅毒疹が出ることがある。これは膿をもった皮疹である。さらに第2期梅毒の症状として梅毒性脱毛症がある。頭髪が全体にまばらになる型と、側頭部を中心に爪の大きさくらいの脱毛斑が多発する型とがある。そのほか口腔(こうくう)粘膜や扁桃(へんとう)などに第2期粘膜疹が出現することがある。
第3期梅毒は感染後3年から10年までの時期である。第3期の皮疹は体のどこか1か所に発生する。結節性梅毒は皮膚または皮下に結節ができるが、さらに潰瘍化するとともに瘢痕(はんこん)を残しながら進行していく。ゴム腫(ゴム腫性梅毒)ではゴムのような硬さのしこりが皮膚から皮下、筋肉、骨まで及んで発生し、深い潰瘍ができてくる。
変性梅毒(第4期梅毒)は感染後10年以上を経過している。内臓梅毒ともよばれている。中枢神経系梅毒としてはおもに脳実質が侵されて種々の精神神経症状が出てくる進行麻痺(まひ)と、おもに脊髄(せきずい)後索が侵されて知覚障害や歩行困難などの症状を示す脊髄癆(ろう)が出現してくる。心血管系梅毒としては大動脈弁閉鎖不全、胸部大動脈炎、または胸部大動脈瘤(りゅう)が発現しやすい。
妊婦梅毒は妊娠の際に梅毒にかかっていることを意味する。妊娠中に第1期または第2期梅毒にかかっていると、胎盤形成の始まる妊娠4か月以降に、胎盤を通過した梅毒トレポネーマが胎児に移行して、胎児梅毒となるので、妊娠後半期に胎児は死産したり、早産となることがある。先天梅毒は胎児が母体の子宮内で梅毒に感染したもので、遺伝とは関係なく、母体の梅毒トレポネーマが胎盤を通過して胎児に移ってくることによる。胎児梅毒は子宮内で梅毒症状の出現した胎児のことで、早産や死産となることが多い。乳児梅毒は出生時または出生数か月以内に皮膚、粘膜、内臓に梅毒の症状が出現する。皮膚の症状としては口の周囲、手のひら、足底、外陰部に水疱や膿疱ができる。そのほか鼻炎、骨軟骨炎を発症したり、肝臓や脾臓(ひぞう)が腫れたりする。晩発性先天梅毒は出生時には梅毒の症状がなく、学童期から思春期にかけて梅毒の症状が出現するものである。症状として上あごの門歯が短く、樽(たる)形になるハッチンソンの歯、角膜が突然曇ってくる実質性角膜炎、さらに、内耳性難聴を含むハッチンソンJ. Hutchinson(1828―1913)の三徴候が出てくることもある。さらに変性梅毒の症状である進行麻痺や脊髄癆などが発症してくることがある。
輸血梅毒は第1期・第2期梅毒にかかっている人の血液を他の人に輸血することによって、梅毒トレポネーマを感染させることで、最初から第2期梅毒の症状が出現する。潜伏梅毒は梅毒トレポネーマに感染しているが、皮膚や粘膜に梅毒の症状が出現していないで、梅毒血清反応のみ陽性のことをいう。
梅毒の診断には、まず前記のような臨床症状の有無を確認する。梅毒トレポネーマが検出できるのは、第1期梅毒の硬性下疳と第2期梅毒の扁平コンジローマがおもな部位である。これらの病巣から出てくる分泌液を暗視野装置のついた顕微鏡で調べたり、パーカー・インクで染色した標本を顕微鏡で調べて確認する。梅毒血清反応は患者から採血して分離した血清によって行われるが、脂質抗原を用いるSTS(serological tests for syphilis)とトレポネーマ抗原を用いる方法がある。いわゆるワッセルマン反応はウシの心臓の脂質を抗原とした補体結合反応であった。現在ではウシの心臓の脂質は精製されてカルジオライピン抗原と名づけられている。この抗原による反応には補体結合反応として緒方富雄(おがたとみお)(1901―1989)が創始した緒方法が実施されているし、沈降反応としてはガラス板法、RPR法(rapid plasma reagin test)、凝集法などがある。梅毒トレポネーマを抗原とする梅毒血清反応にはTPHA(感作(かんさ)血球凝集反応)、FTA‐ABS(蛍光抗体法)がある。梅毒にかかると感染後4週以降、両方の抗原による検査ではすべて陽性の成績が出るようになってくる。
梅毒の治療には原則的にペニシリン系薬剤が使用されている。ペニシリンは注射をするときと、内服で行うときがある。このごろでは注射によるペニシリン療法がショックなど副作用を心配して実施される機会が減少しているようだが、中枢神経系の梅毒の際には大量のペニシリン注射が実施されている。ペニシリン内服療法の際には薬を飲み忘れないことが必要である。1回の治療コースは14~21日程度であるが、必要に応じて長期に投与したり、繰り返したりする。症期が進むほど、繰り返し治療することが必要となってくる。ペニシリンが使用できないときにはエリスロマイシンなどマクロライド系薬剤やテトラサイクリン系薬剤が使用されている。梅毒の治療の経過は感染後の治療開始が早ければ早いほどよい。ペニシリンを中心とする梅毒の治療を行うと、臨床症状は急速に消失する。第1期・第2期梅毒など感染後2年以内のときには、治療開始後2年以内に梅毒血清反応がほとんど陰性になってくる。しかし感染後長い年月を経過している人の梅毒血清反応は陰性になりにくく、治療を繰り返しても同様である。このような梅毒を抗療性梅毒というが、治療開始後には新しい梅毒の症状が出てくることはないとされている。
[岡本昭二]
淋菌を病原体とする性病であり、保菌者または患者との性交によって感染する。現在でも性病のなかでもっとも多い疾患である。淋疾の治療には古くは色素製剤が使用されていたが、その後化学療法剤としてのサルファ剤が淋疾の治療に用いられてきた。昭和20年代初めにペニシリンが淋疾の治療に用いられるとすばらしい効果が得られたので、現在まで使用されている。1976年フィリピンで発生したペニシリン分解酵素を産生する淋菌による淋疾が急速に世界中に広がってきており、日本でもすでにこの菌が定着しつつあるようである。1981年(昭和56)における日本の淋疾の約10%がペニシリン分解酵素産生淋菌によることが報告されているし、ペニシリン無効の淋疾の増加と結び付いている。2005年(平成17)に感染症情報センターに報告された淋疾患者数は年間約1万5000例程度である。
淋疾の症状は男子では感染機会後2~3日目に外尿道口から黄白色の膿が出るとともに、激しい排尿痛がある。女子ではおりもの(こしけ)の増加と軽度の排尿痛がある程度で、軽いものである。男子の場合、長期にわたって無治療のままにしておくと淋菌性精巣上体炎、前立腺(せん)炎、精嚢(せいのう)炎、ときには関節炎などが生じてくる。女子の場合放置すると子宮頸管(けいかん)炎から子宮内膜炎、卵管炎などが発生して不妊症や子宮外妊娠になることがある。妊娠中に淋菌性子宮頸管炎にかかっていると、分娩(ぶんべん)中に新生児の目に淋菌が入り炎症をおこすので、出生時には新生児の目にはペニシリンの点眼が行われている。
淋疾は早期に診断し早期に治療することがたいせつである。治療法としてはペニシリンの注射または内服による方法が行われている。治療効果は数日のうちに判明する。ペニシリン分解酵素産生淋菌による淋疾の治療にはスペクチノマイシンの注射療法が行われている。なお臨床科目としては、淋疾は泌尿器科、その他の性病は皮膚科で取り扱われている。
[岡本昭二]
軟性下疳菌を病原体とする性病で、淋疾、梅毒に次ぐ性病であるが、サルファ剤またはテトラサイクリンなどによる治療が開始されるようになってから急速に減少している。
[岡本昭二]
鼠径リンパ肉芽腫(症)ともいい、以前に宮川小体とよばれていたクラミジア・トラコマチスL1~L3を病原体とする性病である。日本を含め世界中でその症例数が減少している。
[岡本昭二]
日本では1999年(平成11)施行の感染症予防・医療法(感染症法)において、梅毒、後天性免疫不全症候群、性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖形(せんけい)コンジローマ、淋菌感染症が5類感染症に分類されている。法律的には、性病という特別の疾病分類はなされておらず、感染症の一部とみなされているわけである。したがって感染症予防・医療法で分類された前記の6疾患については、同法の規定にしたがい、診断した医師は、保健所に届け出る必要があるが、他の性病についての規定はない。かつては、1948年(昭和23)施行の性病予防法が、性病予防の支柱であったが、治療に抗生物質が用いられるようになり、患者数が激減したこともあり、同法は1999年に廃止された。性病の予防については、個人の自覚に頼らざるを得ないのが現状である。
性病は伝染性疾患であるから予防の方策もある。性病の大半は保菌者または患者との性交により感染する。したがって性病を予防するためには感染する危険のある性交を避けることが第一であることはいうまでもない。しかし感染の機会に出会ったときには、性交の最初からコンドームを使用することが必要である。避妊の目的でピル(経口避妊薬)を服用中に性病にかかる危険度は、コンドーム使用時に比して増加してくる。梅毒トレポネーマは乾燥や低温に弱いので、器物を介しての感染はほとんど考えられない。
性病は早期に発見して早期に治療を行えばかならず治癒する疾患である。性病にかかったと思ったら、できるだけ早く専門医の診療を受けて、正しい治療をしなければならない。性交の相手に対して、性病についての検診と治療を受けるように勧めることが社会的な責任でもある。とくに梅毒は自覚症状が軽いので気づかずに放置されると性交渉の際に感染するおそれがある。また妊婦が梅毒になると先天梅毒児が生まれる可能性があるが、現在では妊娠中に十分な治療を受けると、健康な児(こ)を得ることができるし、先天梅毒児も早期に治療されると、ほとんど完全に治すことができる。
[岡本昭二]
『苅谷春郎著『江戸の性病――梅毒流行事情』(1993・三一書房)』▽『山本俊一著『梅毒からエイズへ――売春と性病の日本近代史』(1994・朝倉書店)』▽『性の健康医学財団編『性感染症/HIV感染――その現状と検査・診断・治療』(2001・メジカルビュー社)』▽『ビルギット・アダム著、瀬野文教訳『王様も文豪もみな苦しんだ性病の世界史』(2003・草思社)』▽『町田和彦著『感染症ワールド――免疫力・健康・環境』第2版(2007・早稲田大学出版部)』▽『大越正秋著『性病と性器疾患』(創元医学新書)』▽『岡本昭二著『性行為感染症をめぐって』(金原医学新書)』
おもに性交によって人から人へ感染していく病気の総称で,梅毒,淋病,軟性下疳(なんせいげかん)および鼠径(そけい)リンパ肉芽腫(第四性病)が含まれる。俗に花柳(かりゆう)病などともいわれた。また,性病も含め,性行為によって感染する諸疾患を,性感染症(性行為感染症)と総称する。
性病によると思われる外陰部の潰瘍については,すでにヒッポクラテスの時代にすでに記載されていた。しかし長い間,性病のそれぞれについての正しい情報が得られないまま,性病による陰部潰瘍の正確な分類が行われなかった。梅毒は,コロンブスがアメリカ大陸を発見して,1493年スペインに帰国するとともに大流行したので,スペイン病と呼ばれた。さらに,フランス軍がイタリアに侵攻したときに梅毒が持ち込まれて,とくにナポリで流行したため,ナポリ病と呼ばれ,またイタリア人は,フランス軍が流行させた病気であると考えて,フランス病と呼んだ。16世紀になってまもなく,すでに中国および日本でも梅毒の発生があったことが知られている。しかし,梅毒を含む性病をそれぞれの病気に区別できるようになったのは,19世紀後半になってからであった。1852年ローレJoseph-Pierre-Martin Rollet(1824-94)は,梅毒の第1期の症状である外陰部の硬い潰瘍と軟性下疳の際の外陰部の軟らかい潰瘍とは別の病気だと述べた。つづいて,発展してきた近代細菌学の知識がそれぞれの性病の病原体を解明するようになって,それぞれの性病の独立性が確認されるようになった。79年にナイサーAlbert L.S.Neisser(1855-1916)は淋菌を発見し,さらに89年にはデュクレーAugusto Ducrey(1860-1932)は軟性下疳菌を発見した。つづいて1905年F.R.シャウディンとホフマンErich Hoffmann(1868-1959)は梅毒トレポネマを検出した。おくれて鼠径リンパ肉芽腫の病原体として,36年宮川米次らにより宮川小体が発見された。宮川小体は,その後の研究により,クラミディアに属する病原体であることが明らかになった。このようにして,性病に含まれる4疾患のそれぞれの病原体の確認が行われた。
第2次世界大戦直後に日本では梅毒が大流行したが,昭和20年代後半からペニシリンを中心とする抗生物質療法が実施されるようになって,急速に減少した。しかし現在でも,諸外国では感染力のある梅毒の流行が報告されているし,日本でも感染力のある第1期・第2期梅毒の発生が散発的に起こっている。淋病も,ペニシリンを中心とする抗生物質療法が行われるようになってから減少の傾向にあるけれども,性病のなかで最も多い病気である。最近では,ペニシリンの効かないペニシリナーゼ産生淋菌による淋病が世界的に流行している。すでに日本でも,この菌による淋病患者が増加しており,全淋病の約10%に達している。軟性下疳は,比較的まれな性病であるが,アフリカ諸国ではなお流行が続いている。また鼠径リンパ肉芽腫は世界的にまれな性病となっている。
梅毒の病原体は,梅毒トレポネマであり,ニコルス株トレポネマ・パリズムTreponema pallidumと呼ばれている。らせん状の形をした病原体で,かつてはスピロヘータ・パリダSpirochaeta pallidaと呼ばれた。培養することはできない。梅毒の感染は主として,この病原体を多く含んだ病変をもっている人との性交により起こる。梅毒の経過は通常,第1期,第2期,第3期梅毒および変性梅毒の4期に分けられている。
第1期の症状として,感染後3週間ごろに,男性では陰茎亀頭や包皮内板などに,女性では陰唇や腟壁などに初期硬結を生じる。さらに表面が潰瘍となるが(硬性下疳),痛みもかゆみもない。潰瘍の表面をこすって刺激したあとに出てくる分泌液には多数の梅毒トレポネマが含まれていて,梅毒の感染源となる。硬いしこりの発生後1~2週間経過すると,鼠径部リンパ節が痛みもなくはれ(これを無痛性横痃(おうげん)という),梅毒血清反応が陽性となる。梅毒血清反応には,牛の心臓の脂質の主成分であるカルジオライピンを抗原とするガラス板法,RPRカード法,凝集法,緒方=ワッセルマン法と,梅毒トレポネマそのものを抗原とするTPHAとFTA-ABSとがある。
第2期は感染後3ヵ月から3年までをいう。梅毒トレポネマは,鼠径部リンパ節を通過して血液に入り,全身へ広がっていく。全身の表在性リンパ節が痛みもなく硬くはれて,発熱,関節痛,筋肉痛など全身症状を伴うことが多い。これとともに,全身の皮膚に,種々の形をした第2期梅毒疹がほぼ左右対称に発生する。梅毒疹には梅毒性バラ疹(斑状梅毒疹ともいう),丘疹性梅毒疹などがあり,丘疹性梅毒疹が外陰部や肛門周囲など,皮膚や粘膜がすれあう部分に発生すると,扁平コンジローマと呼ばれる。扁平コンジローマの表面から出てくる分泌液には多数の梅毒トレポネマが含まれていて,梅毒の感染源となる。この時期には,頭の毛が薄くなる梅毒性脱毛症を伴ったり,皮膚の色素が減少する梅毒性白斑や色素が増加する色素性梅毒疹が生じたり,粘膜の症状として,口腔の粘膜に乳白色の局面ができたり,扁桃が赤くはれたりする。
第3期は感染後3年から10年までをいう。第3期の皮膚症状は限局的で,きずあとを残していくのが特徴である。結節性梅毒では,硬いしこりが皮膚に発生して,潰瘍となり,きずあとを残しやすい。ゴム腫は,皮膚のみならず,筋肉から骨にまで病変が進んでいく。この時期では,梅毒トレポネマを証明することがむずかしくなっている。
変性梅毒は感染後10年以上を経過すると発生する。内臓に梅毒性病変が発生する時期であり,進行麻痺や歩行障害や知覚障害の発生する脊髄癆(ろう)などの中枢神経系の障害や,大動脈弁閉鎖不全,胸部大動脈炎,胸部大動脈瘤などの循環器系の障害が出現する。
先天梅毒は,妊娠中の母体が梅毒トレポネマに感染しているために,胎児にも梅毒トレポネマ感染が及んだものをいう。出生直後から梅毒の症状を示すものを乳児先天梅毒,4~5歳以後になって梅毒の症状が出現するものを晩発性先天梅毒という。
梅毒の治療にはペニシリンを中心とする抗生物質療法が行われ,ペニシリンが使用できないときにはエリスロマイシンやテトラサイクリンによる治療が行われる。
淋病の病原体は淋菌である。男性の場合には,感染後1~7日,とくに1~3日に症状が出現する。まず尿道の不快感から始まり,排尿時に激しい尿道の痛みがあり,さらには外尿道口から黄色の膿が出るようになる。女性の場合には,淋病にかかっても自覚症状のないことが半数近くにあり,おりものが増加したり,下腹部の痛みが出現したり,あるいは排尿のときに痛みがあったりする。合併症として,男性では副睾丸炎,あるいは前立腺炎が発生したり,女性では卵管炎,肛門炎などが出現することがある。そのほか,男性間同性愛による直腸への感染のために直腸炎が発生したり,フェラチオによる咽頭炎が発生したりする。淋菌は,尿道から出た膿をメチレン青色素液で染色すると,顕微鏡で確認できる。また,膿をサイアー=マーティン培地で培養すると,淋菌が増殖して,淋菌の集落ができる。淋病の治療には,ペニシリン系薬剤の注射または内服による治療が有効である。しかし,ペニシリンを分解する酵素であるペニシリナーゼを産生する淋菌に対しては,スペクチノマイシンの注射療法が有効である。
軟性下疳菌を病原体とする性病で,近年,日本では減少している。感染後2~7日で外陰部に小さい隆起が発生し,化膿したのち,潰瘍となる。この潰瘍には強い痛みがあり,縁はぎざぎざとなっていて,縁の下まで潰瘍がえぐれてくる。膿がつくと,その場所が化膿するので,2~5個の潰瘍が発生することがある。約半数の患者は片側または両側の鼠径部リンパ節が赤くはれて,強い痛みを伴う。このはれたリンパ節は化膿して皮膚に破れてくる。軟性下疳の治療には,サルファ剤またはテトラサイクリンないしエリスロマイシンなどの内服療法が有効である。
最近,日本での発生はきわめて少ない。感染後10~14日で外陰部に糜爛(びらん)が生じるが,すぐに治癒する。気づかないまま放置すると,2~3週後には,男性では鼠径リンパ節がはれてくる。周囲に炎症が生じるために互いに癒着したのちに,皮膚に多数の孔をあけて排膿するようになる。女性では,骨盤内リンパ節が侵され,病変が直腸や肛門に及ぶために,直腸狭窄や肛門周囲炎が発生する。またリンパ節が侵されるので,外陰部が象皮病のようなリンパ浮腫が起こることもある。発熱,全身倦怠,関節痛など全身症状を伴う。治療としてサルファ剤やテトラサイクリンが有効であり,10~14日程度投与することが普通であるが,進行したものはさらに長期の治療が必要となる。
これらの性病を予防するためには,まず性病の感染の可能性のある人との性行為を避けることである。性病に感染した疑いがあるときには,医師を訪れて正しい診断を受けたのち,適切な治療を受けることが必要で,抗生物質を乱用するなど,不十分な,または適当でない治療を自分で行ったりすることは避けなければならない。
執筆者:岡本 昭二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…略称STD。性病を含めて性交ないし類似の行為により感染する諸疾患の総称。1970年代になり性行為の多様性が起こり,とくに欧米の同性愛男性間における性行動の活発化とともに,性行為による感染症の種類が増加してきた。…
…軟性下疳菌Haemophilus ducreyiを病原体とする性病。性交による感染後1~7日に外陰部に1~数個の赤い小さな隆起が発生したのち,化膿して潰瘍となるが,その潰瘍の縁は深くえぐれている。…
※「性病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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