人間を含むあらゆる生体と天気、気候との関係を研究する学問。衛生気象学ともいう。1956年にフランスのパリで開かれた生気象学のシンポジウムでは次のように定義された。「生気象学とは、大気の地球物理的および地球化学的環境条件が、動・植物および人間の生体に及ぼす直接的・間接的な影響を研究する学問である。ここで環境とは生物に影響する限り、微視的、巨視的もしくは宇宙的なもの(太陽、月などの影響)全部を意味し、さまざまな物理的・化学的因子によって表現される。生気象学は野外で行われるばかりでなく、物理的・化学的および生物的要因の制御可能な実験室内においても行われる」。
この定義は広範にわたるものであるが、気象学と名のつく以上、生気象学は応用気象学の一分野とみるべきで、外界の変化に対応しておこる生体の側の反応を調べることに重点が置かれる場合には、生理学もしくは気象医学として区別すべきであろう。生気象学という以上、気象条件そのものについての研究に重点が置かれるべきと考える。しかしこの学問に携わる学者に医学者が多いこともあって、この両者を含むような分野が一般には生気象学として通用している。1963年にトロンプSolco Walle Tromp(1909―1983)が示した五つの生気象学の分野のなかには、病理学の一部や、温泉療法、気候療法なども含まれているのである。
病気の要因として気象条件を考えることは、古代ギリシアの医学者ヒポクラテスのころからいわれたことであり、東洋の医学でも熱病を扱った『傷寒論』などで外的条件も重視しているが、病気の要因として気象を考える場合には、(1)要素主義的な立場と、(2)総合的条件として気象を考える立場とがある。(1)は気温、湿度、風などの要素に注目し、それぞれの変化に対応した反応を調べるものであるが、この立場の展開においては、さらに新しい要素(たとえば大気イオン)を付け加えるということが考えられるであろう。これに対して、(2)の立場は、天気図などに表現された、総観的条件との対応を調べていくような方向の研究になるのである。
生気象学には、工学者がこれに加わることにより、人為的な環境条件の適・不適を論ずるといった分野の研究もある。
[根本順吉・青木 孝]
『ヘルマット・E・ランズバーグ著、倉嶋厚・田崎允一訳『からだと天気――生気象学入門』(1975・河出書房新社)』▽『山西哲郎著『ランナーズブック』(1989・窓社)』▽『日本生気象学会編『生気象学の事典』(1992・朝倉書店)』▽『黒島晨汎著『環境生理学』(1993・理工学社)』▽『吉野正敏・福岡義隆著『医学気象予報――バイオウェザー・病気と天気の不思議な関係』(2002・角川書店)』▽『村山貢司著『病は気象から』(2003・実業之日本社)』▽『福岡義隆著『健康と気象』(2008・成山堂書店)』▽『加賀美雅弘著『気象で読む身体』(講談社現代新書)』▽『神山恵三著『気象と人間――生気象学入門』精選復刻版(紀伊國屋新書)』
生体とそれを取りまく気象との関連性を研究する学問で,1955年にパリで国際生気象学会の第1回総会が開かれたとき,〈大気の物理的・化学的環境条件が生体に及ぼす直接,間接の影響を研究する学問が生気象学である〉と定義された。人間生気象学,動物生気象学,植物生気象学,宇宙生気象学,古生気象学などの領域に分かれ,気象学,生理学,生態学などの境界領域に属する学際的な学問である。気象学的・気候学的な条件が生体に及ぼす影響についての学問は古い。中国最古の医典の一つ《黄帝内経》や,ギリシアのヒッポクラテスの著書といわれるものの中に生気象学的な記載が多くみられる。
地球上のいろいろな場所,さまざまな高さにおける肉体的・精神的な状態の変化,身体諸機能の季節変動,日変化あるいは風土順化のほかに,気温,湿度,気流,気圧,放射線,イオン,大気中の各種エーロゾル物質などの気象要素と生体との関連,また,気象要素個々の影響ばかりでなく,それらの総観的な変動に伴う生体への影響,たとえば,気象の急速な変化によって引き起こされる気象病,季節に伴う疾病状況の変動を示す季節病などは,生気象学の主要な研究対象である。また人間の健康を維持・発展させる立場から,療養地,保養地における風景,植生,地誌的な諸要素の生体に与える好影響の研究も,重要な分野である。気象要素がそれぞれ複合してその作用を反復すると,やがてそれらの気象要素は高次神経活動によって条件反射における〈信号〉として生体に作用するようになり,それらはそれぞれ個人の全生活史の中で条件づけられるようになる。このことは,人体の生理的反応の順応にあたって意識的な精神的志向が大きく働く面のあることを物語っている。このように気象条件を生体に影響を及ぼす単なる一方的な外的要因としてみないということも,人間生気象学の重要な視点である。
執筆者:神山 恵三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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(饒村曜 和歌山気象台長 / 宮澤清治 NHK放送用語委員会専門委員 / 2007年)
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