町家(読み)マチヤ

デジタル大辞泉 「町家」の意味・読み・例文・類語

まち‐や【町家/町屋】

町の中の家。特に、商家。ちょうか。「―に育つ」
町なか。町。
「―は空地なし。いかにも広き所に住みたや」〈咄・醒睡笑・七〉

ちょう‐か〔チヤウ‐〕【町家】

町の中にある家。まちや。
町人の家。商人の家。商家。「町家の生まれ」

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精選版 日本国語大辞典 「町家」の意味・読み・例文・類語

まち‐や【町家・町屋】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 町の中にある家。町人の家。商人の家。また、商家の多くある地域。ちょうか。〔色葉字類抄(1177‐81)〕
    1. [初出の実例]「町屋のはしにしりもかけまほしけれど」(出典:御伽草子・福富長者物語(室町末))
  3. 町人のこと。町方。
    1. [初出の実例]「三男善吉に町屋(マチヤ)善八に寺方と」(出典:浮世草子本朝二十不孝(1686)二)

ちょう‐かチャウ‥【町家】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 町の中にある家。まちや。
    1. [初出の実例]「彼は不快な眼を挙げて、両側の町家をながめた」(出典:戯作三昧(1917)〈芥川龍之介〉五)
  3. 町人の家。商人の家。商家。商店。
    1. [初出の実例]「将棋の妙手といひて人の評判せし大橋宗英は、〈略〉実は至て鄙賤の町家の倅なるよし」(出典:随筆・耳嚢(1784‐1814)六)

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改訂新版 世界大百科事典 「町家」の意味・わかりやすい解説

町家(屋) (まちや)

民家のうち,城下町などの町や町並みを形成している敷地に建てられたものを総称して町家(屋)と呼ぶ。通常,道路に面して蔀戸(しとみど)形式の建具を備えた店を開き,片側に裏庭まで通じる土間を設け,入口には潜戸(くぐりど)付きの大戸を設けるが,表側に格子をはめこんで外からの見通しを避け,用心を固めた家も少なくない。町家はふつう主屋の棟を街路平行に通し(平入り),主屋の屋根と庇(ひさし)を二重に出し,物置に使われる低い二階を備えている形式が多いが,棟を街路と直角に通し,街路側に三角の破風が見える妻入り(つまいり)型のものもある。妻入り型の町家は,西日本では茅葺き屋根の形式が残ったもの,東日本では積雪の処理のためであったと思われる。町家の平面は全国的に似通っており,細長い土間に沿って〈みせ()〉や中の間,座敷が1列あるいは2列並んでいるが,外観は西日本では屋根を瓦葺きにし,外壁は柱まで壁の中に塗り込めた大壁造にしているのに対して,東日本では板葺き屋根で外壁は柱型をみせた真壁(しんかべ)造になっている。西日本の町家では,雨が多くかかる外壁の下部に,瓦を張り,目地に漆喰(しつくい)を盛りあげた〈なまこ壁〉がよくみられる。それに対して,東日本の町家は,〈せがい造〉(側柱の上部から腕木をのばして棚をつくる)で持ち出した深い軒と勾配の緩い軽快な石置き屋根が外観を特徴づける。

 江戸時代の京都の町家では,軒端で妻壁を屋根より一段高く立ちあげ,上に小屋根を載せた壁をつくり〈うだつ卯建)〉と呼んだ。防火のため,あるいは富や格式の象徴といわれているが,いまではほとんど見かけなくなっている。大火の多かった江戸では,江戸後期になると,主屋の建物も土蔵と同じように厚い土壁で塗り込め,開口部にも土扉を開閉する土蔵造が普及した。東京には遺構はないが,埼玉県川越市に1877年の大火後に建てられた町家が残っており,重厚な江戸の町家建築をしのばせている。
民家
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「町家」の意味・わかりやすい解説

町家
まちや

民家のうち,商家や職人の住いをさす。直接道路に面して建つ集住型の都市住宅であった。その原形は 10世紀末から 11世紀初めに出現する桟敷屋で,これは古代官衙町の役人宿舎や寺院僧坊にみられる棟割長屋形式住居に築地や溝の位置につくられた付属屋,門屋の要素を加えたものであった。 11~12世紀にかけて都市中間層が台頭するとともに成立した。中世に発展する門前町や港町,さらに自治的都市である寺内町において広まり,近世城下町や宿場町では,地方の特色が加わり,多様な町家を生み出した。平安時代の京町家は「年中行事絵巻」にみられ,中世京都を描いた「洛中洛外図」には2階建のものもみられる。一般に中世までの町家は敷地にゆとりがあり,菜園などをもつものもあったが,次第に建づまりで奥行の長い「うなぎの寝床」と呼ばれるものとなった。京都や高山などでみられる真壁造の町家,川越の土蔵造,瀬戸内海沿岸に広く分布するなまこ壁の町家など,防火のために外壁を大壁とするものも多い。

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世界大百科事典(旧版)内の町家の言及

【住居】より

…以上の変化の結果,武家の住居は書院造と呼ばれる様式を完成させるのであるが,その時期は15世紀末から16世紀後半ころであったと考えられる。書院造
[庶民の住居]
 鎌倉時代の庶民住居も資料が多くなく,具体的な像を描くことはできないが,絵巻物に描かれた町屋(町家)を見ると,桁行が2~3間,梁間2間ぐらいの大きさで,屋根は板葺き,壁は網代(あじろ)を使い,板扉の入口に突上窓(つきあげまど)を備えており,平安時代の町屋とあまり変わらない。室町時代末期になると《洛中洛外図》など京都の町屋を描いた資料が多くなる。…

【集合住宅】より

…一般には複数の住戸が集合して1棟を構成する住宅をいう。他の住戸に接合せず1戸が独立している独立住宅と対置されるものであるが,独立住宅の中でも一団として計画され建設されたものは集合住宅に含むこともある。集合住宅と関連して共同住宅,集団住宅などの呼名もあるが,共同住宅は複数の住戸が階を重ねて集合して1棟を構成する形式のものをいい,これに対して各戸が地面に接しているものは連続住宅という。共同住宅のことをアメリカではアパートメントハウスapartment house,イギリスではフラッツflatsという。…

【二階】より

… 桃山時代に入ると当時の積極的な気風を反映して,城の天守をはじめ西本願寺飛雲閣のような楼閣等の二階建て以上の建築がかなり建てられた。風俗画に描かれた桃山時代から江戸初期にかけての京都,江戸等の町家でも二階屋が多く,三階建ての町家や土蔵も見られる。三階建ての町家はまもなく幕府の禁令により消失したが,二階建ての町家は建て続けられた。…

【町】より

…18世紀以降,町の役負担は形骸化していくが,行政の末端部門としての町の性格は色濃く残っており,町は新たに問題となってきた店借層の生活維持などに対応するようになった。 家持と店借の区別は,住居のちがいでいえば町家と長屋(家)である。京都の町で,町家の人々相互のかかわり方をみると,(1)おたがいに隣家に立ち入らない,(2)隣人間で物の貸し借りをしない,(3)井戸端会議をしない,(4)近所づきあいは冷たいが,町内というムラづきあいは盛んである,(5)こうした町家社会では義理が守られているかどうかが問題になる,といった点である。…

【民家】より

…この方法は60年,〈民家調査基準I――復原的調査および編年〉(《建築雑誌》)で紹介され,以後全国各地の民家の史的調査が急速に行われたが,65年ころから民家の建替えが急速に進み,その結果,以後の研究は保存と個別民家の技法や意匠の解明に向かいつつある。
[民家の種別と形式]
 民家は大別して農家と町家に分けられる。町家は本来,商工業に従事した商人,職人の住宅を意味しているが,江戸時代には,それ以前から商業中心の集落を営みながら身分は百姓であり,村方の支配に置かれた例も少なくないので,その限定はむつかしい。…

※「町家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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