築山古墳(読み)つきやまこふん

国指定史跡ガイドの解説


大分県大分市佐賀関(さがのせき)町にある古墳。佐賀関半島北西海岸部に突出した丘陵上に所在する前方後円墳。全長90m、後円部径40m、高さ10m、前方部幅45m、高さ8mで、墳丘には葺石(ふきいし)が存在したようである。主体部は後円部の結晶片岩を用いた南北2つの箱式石棺で、主軸を東西にとり、両者の間は約2.4m。南棺では3体の人骨が確認され、このうち1体は女性で右腕に貝釧(くしろ)を着装。そのほか、捩文鏡(ねじりもんきょう)1、小玉180、刀11、剣4、鉄鏃(てつぞく)90、鉄斧(てっぷ)5、鋤(すき)先13、刀子2、鎌2、毛抜形鉄器2、棒状鉄器6などというおびただしい数の副葬品が出土。とくに鉄製の武器や農具類の多いことがめだつ。北棺では女性1体が確認されたが、碧玉製管玉(くだたま)2、巻き貝製釧1、二枚貝製釧10が出土した。鉄製武器や農工具の多さは中期(5世紀代)の古墳の特徴をよく示していることから、1936年(昭和11)に国の史跡に指定。貝釧は臼杵地方の臼塚古墳や下山古墳からも出土しており、海部(あまべ)地域を代表する古墳の被葬者が相互に深い結びつきがあったことを物語っている。JR日豊本線幸崎駅から大分バス「築山古墳入口」下車、徒歩約3分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

築山は人工の山の意で、同名の大形古墳は各地にある。[今井 尭]

神崎築山古墳

大分県大分市神崎(こうざき)にある。全長90メートル、後円部径40メートル、前方部幅45メートルの前方後円墳。後円部に組合せ式石棺2基があり、北棺3体、南棺1体の埋葬が認められた。北棺から鏡、小玉、武具、農具、工具が、南棺から貝釧(かいくしろ)などが出土した。5世紀中葉の首長墳である。[今井 尭]

西須恵築山古墳

岡山県瀬戸内市長船(おさふね)町西須恵(にしすえ)にある。丘陵端利用の全長90メートル、前方部の発達した前方後円墳。後円部頂の竪穴(たてあな)式石室には古式の家形石棺があり、舶載画像鏡、玉類、横矧板鋲留衝角付冑(よこはぎいたびょうどめしょうかくつきかぶと)、短甲、そのほか小形f字形鏡板、小形剣菱(けんびし)形杏葉(ぎょうよう)などの馬具が出土した。5世紀後半に属する。[今井 尭]

上塩冶築山古墳

島根県出雲(いずも)市上塩冶(かみえんや)町にある。径43メートルの円墳で埴輪(はにわ)がある。切石積横穴式石室の長さ14.6メートル、玄室奥壁幅2.8メートル、高さ3メートルで、玄室内に大小二つの横口付家形石棺がある。金銅製冠、銀環、玉類、円頭大刀(えんとうのたち)などの武具、鏡板、鞍(くら)金具、雲珠(うず)、銅鈴など馬具、須恵器(すえき)などが1887年(明治20)に出土した。6世紀末ないし7世紀初頭の首長墳。[今井 尭]
『賀川光夫・小田富士雄「北海部郡関町の古墳調査報告」(『大分県文化財調査報告』15所収・1968・大分県教育委員会) ▽梅原末治「邑久郡西須恵築山古墳」(『瀬戸内海研究』9.10合併号所収・1957・瀬戸内海研究会) ▽池田満雄「築山古墳」(『出雲市文化財調査報告』一所収・1956・出雲市教育委員会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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