(1)能の曲名。五番目物。鬼物。観世信光(のぶみつ)作。シテは戸隠(とがくし)山の鬼神。平維茂(たいらのこれもち)(ワキ)は信濃の戸隠山に鹿狩に出かけ,紅葉狩を楽しむ美しい女性たち(前ジテ・ツレ)の一行を見かける。誘われるままにその酒宴の席に加わった維茂は,杯を手にして女の舞に見とれているうちに眠りにおちいる(〈クセ・序ノ舞(または中ノ舞)・急ノ舞〉)。女は実は鬼神で,維茂の眠りを見すまして姿を消す。そこへ石清水八幡の末社の神(アイ)が現れ,夢うつつの維茂に太刀を授けて身の危険を知らせる。目覚めた維茂がその太刀を手に待ち構えていると,鬼神(後ジテ)が正体を現すので,格闘の末に退治をする(〈舞働キ・ノリ地〉)。この能は他の鬼退治物と違い,前場で優美な女性の舞を見せるところに特色がある。その舞は,初め静かに舞い出され,維茂が眠ったところでにわかに急ノ舞に転ずる。
執筆者:横道 万里雄(2)浄瑠璃の曲名。正しくは《平維茂紅葉狩》。六段。井上播磨掾正本,1658年(万治1)刊。能の《紅葉狩》や《今昔物語集》などを原拠としており,近松門左衛門の《栬狩剣本地(もみじがりつるぎのほんじ)》などに影響を与えた。
(3)歌舞伎舞踊の曲名。義太夫・常磐津・長唄掛合,1887年10月東京新富座初演。作詞河竹黙阿弥。作曲鶴沢安太郎,6世岸沢式佐,3世杵屋正次郎。振付9世市川団十郎。演者は団十郎のほか初世市川左団次,4世中村芝翫など。能の《紅葉狩》に拠っているが,更科姫(実は戸隠山の鬼女)の2枚扇の踊や平維茂との立回りを中心に,山神,腰元,従者にもそれぞれ所作があり,活歴風な歌舞伎舞踊になっている。〈新歌舞伎十八番〉の一。このほか,地歌,荻江節,一中節にも同名の曲があり,能の《紅葉狩》を原拠としている。
執筆者:権藤 芳一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
能の曲目。五番目物。五流現行曲。観世信光(かんぜのぶみつ)作。情念の奥を描く『葵上(あおいのうえ)』、哲学的な『山姥(やまんば)』などの鬼に比べ深みはないが、ショーとしての楽しさで成功した人気曲。後半に大ぜいの鬼女の出る演出もある。貴婦人たち(前シテとツレ数人)が登場、紅葉狩の酒宴へと急ぐ。余五(よご)将軍平維茂(これもち)(ワキ)は、家来(ワキツレ数人)を伴って鹿(しか)狩に山に分け入る。見慣れぬ貴婦人たちをいぶかりつつも、興を妨げまいと道を変える維茂を、女は袖(そで)にすがって引き留め、酒を勧めて美しく舞う。その酔い伏したのを見澄ますと、女たちは夜嵐(よあらし)とともに消える。八幡(はちまん)宮の使者の神(アイ狂言)が、女たちは戸隠(とがくし)山の鬼神であると告げ、神剣を与える。目覚めた維茂に鬼(後シテ)が襲いかかるが、ついに退治されて終わる。静かな女の舞が、眠りを見届けるとたちまち急調に変わるなど、演出のくふうが凝らされている。
古浄瑠璃(こじょうるり)、長唄(ながうた)、地歌(じうた)、荻江節(おぎえぶし)、一中節(いっちゅうぶし)などに多くの系列を生み、近松門左衛門の浄瑠璃にも『栬狩剣本地(もみじがりつるぎのほんじ)』があり、新歌舞伎(かぶき)十八番の『新曲紅葉狩』は、河竹黙阿弥(もくあみ)の作で、1887年(明治20)9世市川団十郎により初演された。
[増田正造]
秋の紅葉(こうよう)の季節に、野山に出てその美しさを観賞する行事・風習。紅葉や黄葉を観賞することは、『万葉集』以来の文献に記述があり、中世にもそのために行幸の行われた記事がある。行事としての紅葉狩は、もっぱら宮廷や貴族の優雅な遊びであった。江戸時代以降、ようやく庶民の間にも広まり、江戸では上野、根津権現(ねづごんげん)山、浅草の正灯(しょうとう)寺、品川の海晏(かいあん)寺や東海寺などが、紅葉の名所として著名になった。熊本県の阿蘇(あそ)神社や香川県の金刀比羅宮(ことひらぐう)では、秋に紅葉を神前に供える紅葉(こうよう)祭がある。京都の嵐山(あらしやま)で車折(くるまざき)神社の神船を浮かべての紅葉見物や、大阪府箕面(みのお)などで紅葉のてんぷらを売るなど観光行事として始められたものも多い。
[井之口章次]
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