宗教上あるいは組織や制度を維持するために殺人が正当化されることは,いつの時代でもどのような社会でもむしろ一般的であった。国家権力を背景とした法体系化では殺人罪が規定されているが,国家的法組織をもたない社会における殺人は,それを正当化する判断基準が,多くの場合われわれの社会とは異なっているのである。その理由として呪術・宗教的解釈が法的領域に大きな位置を占めていることが挙げられよう。部族社会においては,枢要な価値は〈神聖なるもの〉として社会成員に表象される場合が多く,〈神聖侵犯〉とされた行為が社会の側からもっとも激しいサンクションを受けることになる。したがって生起した殺人の正当性,あるいはサンクションとしての殺人の必要性をめぐる議論は,神聖侵犯のあるなしというかたちで展開される場合が多い。その結果,殺人行為がまったく社会のリアクションを引き起こさない場合もあれば,非殺人行為でもサンクションとしての死を招く場合もある。以下,アフリカの部族社会を中心に述べる。
多くの部族では,同一祖先に連なる近親間の殺人は身内の問題として他者の干渉を招かない。嬰児殺しもこれにあたる。妻を殺した夫も,ケニヤのカンバ族では血の代償として妻方の親族に牛1頭を支払うだけである。逆に近親相姦,妖術など社会の神聖観念に抵触する行為は成員の憤激を招き,該当者の殺害は多くの場合,合法的なものとみなされた。ナイジェリアのヌペ族では,妖術被疑者は神霊に扮した男たちによって部落外に連行されて,殺された。被疑者に毒物を飲ませて,神判を試みる部族もあった。毒物を嘔吐できなければ被疑者は悶死するが,死がすなわち有罪の証拠とされたのである。妖術は不幸・災害の根源であり,その除去は社会の正当な自衛策にほかならない。また双子の誕生は異常な現象として天変地異の誘因になるものと恐れられ,その殺害が正当なものとされる場合も少なくない。またかつてJ.フレーザーが注目した〈王殺し〉の慣習も,殺人を正当化・義務化するものである。王国の生命力の象徴とされた王は,肉体的・精神的衰弱が許されなかった。それはすなわち王国の衰弱を招くと考えられたのである。この慣習はアフリカにことに多く見られ,なんらかの理由で活力を失った王はみずから毒を仰いだり(ブニョロ族),側近が毒を盛ったり(アンコーレ族),小屋に幽閉されたり(シルック族)して殺されたのである。
〈王殺し〉に典型的に見られるように,部族社会で正当とみなされた殺人は,儀礼的殺人の形をとることが多い。中南米の古代王国では頻繁に人身供犠が行われ,南アフリカのポンド族の雨乞い儀礼も殺人を伴った。いけにえの頭骨に牛脂を塗って神聖なヘビへの供物にしたのである。かつて存在した首狩りの慣行も,その多くは犠牲者の生命力を個人の中に,あるいは社会の中に取り込もうとする儀礼的殺人だった。
部族社会では呪術的なのろいも現実に殺人効果をもたらす。W.B.キャノンの研究によれば,のろいをかけられたことによる極度の恐怖が交感神経系統の異常を招き,結果的に死に至るという。この場合,加療呪術の暗示効果のみが,みずから死を確信した呪詛(じゆそ)の犠牲者を救助しうる。
執筆者:大森 元吉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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