翻訳|grindstone
物を研ぎ磨く石。広義には研削といしとかホーニングといし,超仕上げといしなどをも含めた総称であるが,ここでは刃物の〈手研ぎ〉に用いるものについて述べる。旧石器時代には局部的な研磨を施した石器があり,といしの起源は旧石器時代まで遡るといえよう。その技術は磨製石器から骨器,玉器に及び,といしは金属器の出現とともに不可欠のものとなった。日本でも鉄器が普及する弥生後期以後,その出土例が増し,形態も不定形から直方体へと整っていく。なお砥粒や硬度による分類のほか,使用法によっても,置砥と携帯用の提砥(さげと)に分けられる。
といしの作用としては,素材のおよその形状決めをする研ぎ作用と,表面を平滑にする磨き作用の二つがある。天然といしには比較的軟らかい岩石の中に硬い鉱物の微細な粒(砥粒(とりゆう))が分散して含まれている。加工されるもの,つまり加工物がすり減らされるのは,といし表面に並んでいる砥粒によってきわめて少しずつ削り取られるからである。そのとき,砥粒自身にも先端の切れ刃の鈍化とか破砕が起こったり,といし面から脱落したりする。この脱落によって,といし面には次々に新しい砥粒切れ刃が出現する。破砕された砥粒の微粉もといしと加工物との間に介在して研磨作用の一部を分担する。砥粒の周囲の地質の硬いといしでは,砥粒の脱落が困難なため,砥粒の切れ刃が鈍化するにつれて研ぎの速さが減るので,ときどきといし面を別の小さなといしですって新しい砥粒切れ刃を出現させて使う。一方,軟らかいといしでは,砥粒の脱落が容易で,新しい砥粒が絶えず現れるので,速く研げるが,そのかわりといしの減りも大きい。また砥粒の粗大なといしでは速く研げるが,加工面に深い条痕を残し,刃物を研ぐ場合には刃先の凹凸がはなはだしい。砥粒の微細なといしでは,材料除去速度は低いが,平滑な加工面が得られる。加工物をといしに押しつけながら摺動(しゆうどう)させて研磨するのであるから,得られる形状精度はといし面の精度に支配される。ときどきといし面を修正して,精度を保つよう留意すべきである。といしの磨き作用の機構として,研ぎ工程では加工面の凹凸を砥粒切れ刃が微細に削り取って,より細かい凹凸にすることが考えられる。砥粒先端の摺動によって生じる加工面凹凸の塑性的もしくは熱的な流動も平滑化に寄与するはずである。場合によっては,砥粒と加工物との接触界面に化学反応が起こり,生じた微小反応部分が相対運動によって除去されて加工面が平滑になることもある。
砥粒の大小やといしの硬さによって,荒砥,中砥,仕上げ砥に分けられ,普通この順に使用する。荒砥は,新しく使用する刃物などの形状を整えたり,摩耗のために形の変化した刃先を修正したりするためのもので,砥粒が粗くてといしの硬さの低いものが使われる。荒砥には主として砂岩が用いられ,産地にちなんで呼ばれる大村砥(長崎県大村産),天草砥(熊本県天草産),伊予砥(愛媛県産)などがある。中砥は,荒砥研ぎによって形は整えられたが粗い条痕の残っている刃面を,より滑らかにするためのもので,粘板岩,石英粗面岩,凝灰岩,安山岩などが使われる。砥粒の大きさ,といしの硬さともに中位のものである。代表的な中砥として,青砥(京都府産),沼田砥(群馬県沼田産)などがある。荒砥と中砥の中間用に天草砥や白砥(愛媛県宇和島産)などが使用される。仕上げ砥は,中砥研ぎをした刃面を,といしによる条痕が見えなくなって鏡面のように光る程度に仕上げるためのもので,砥粒の細かい硬いといし,主としてケイ質粘板岩が用いられる。合せ砥とも呼ばれ,本山砥(京都府産)が有名である。名倉砥(愛知県設楽町産)は砥粒が微細であり,仕上げ砥の表面の修正に使われる。油といしは仕上げ砥の一種で,石英質の緻密(ちみつ)なといしである。といし面に水のかわりに油を数滴落として研ぐので,この名がある。アメリカのアーカンソーの特産で,アーカンサスといしともいう。メスや製図用からす口のような小さな刃先を仕上げるのに用いられる。砥粒を結合剤でかためた人造といしはふつう金剛砂砥と呼ばれ,天然といしより砥粒が硬いので,といしの硬さ(結合度)が適当であれば,研磨速度はひじょうに速い。砥粒や結合剤や製法をいろいろ変えることによって,荒砥から仕上げ砥にいたるまで多種類のといしを造ることができ,一定した品質のものが容易に得られる。これに反して天然といしは同一産地のものでも品質が不ぞろいであるので,経験による品質の判別が必要である。
荒砥による研ぎでは,加工物をすり減らす速度を上げるためには,といし面に突出している砥粒と加工面とを直接接触させるほうがよいので,水を十分に供給して砥屑(とせつ)(破砕した砥粒やといしの軟質部)を洗い去りながら作業する。中砥研ぎの場合には,前半の工程では荒砥の条痕を速くすり減らすために注水を十分に行うが,後半の工程では,破砕されて加工物とといしの間に介在する砥粒を主として利用するために,注水を少なくする。仕上げ砥では,破砕した介在砥粒を利用する。
執筆者:今中 治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
刃物の研ぎ出しや研磨、あるいは工作物を精密に仕上げる研削加工や素材の切断に用いる工具。
刃物の研ぎ出しなどに使われる砥石としては、天然砥石と人造砥石がある。天然砥石は、おもに木工用刃物や包丁の研ぎ出しに用いられ、荒砥(あらと)、中砥(なかと)、仕上げ砥の3種類に分けられている。荒砥は、刃を下ろしたり、刃の形を整えたりするのに用いられ、砂岩、花崗(かこう)岩などを含む自然石でできている。中砥は、荒砥より粒子が細かく、中仕上げに使用され、安山岩、凝灰岩、粘板岩などの泥岩質の自然石である。仕上げ砥は、粒子の細かい天然石で仕上げに用いられ、珪質(けいしつ)粘板岩が使われる。以上の3種類とも均質なものがなかなか得られず、最近は人造砥石である油砥石が多く使用されている。油砥石は、アランダムを高温で結合してつくり、油を研削剤として用いる。この砥石は、機械工具の刃研ぎ、レンズの成形、ガラス器の模様づけ、宝石の加工などの工業用としても用いられる。形は、長方形のほか、三角、四角、丸、半円、円錐(えんすい)形などがあり、使用目的に応じて使い分けている。
研削加工用には一般に人造砥石が用いられるが、基本的には砥粒、結合剤、気孔の三要素より構成されている。また加工物の形状、加工箇所、使用機械などに応じた、各種形状の砥石が製造されている。これら砥石には平形、へこみ形、リング形などのほかに鋼板の正面に砥石を固着、あるいはねじ止めしたディスク砥石や、砥石ブロックを金属円板にチャックで保持したり、くさび、鋼帯、鋼線またはボルトで固定したセグメント砥石などがある。セグメント砥石は一体の砥石より大型のものをつくることができ、またブロック間のすきまを利用して、研削液の注入、切屑(くず)の排除、研削部の冷却を行うことができる利点がある。また通常、高速の手持ちグラインダーに取り付け、形彫りや余肉の除去、凹部の研削および小穴の研削に用いる小型の軸付き砥石というものもある。
人造砥石の製造法は結合剤の種類によって異なるが、もっとも多く使用されているビトリファイド結合剤の場合は、まず研削材を粉砕し、粒度のそろった砥粒とし、これを結合剤と混合、攪拌(かくはん)後、型に入れ、プレスで成形する。その後乾燥し、形をある程度整えて焼成する。最後に、最終寸法に仕上げて、各種検査を行い砥石として出荷される。
[清水伸二]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…携帯用の砥石。長方形の板状または方柱状をなし,一端に垂下用の孔を有する。中国河南省安陽県殷墟の墓や内モンゴル自治区赤峰の箱式石棺墓,朝鮮半島の慈江道中江郡土城里や慶尚南道金海郡金海邑府院洞などの,青銅器時代および初期鉄器時代の遺跡から出土しており,日本では奈良県五条市西河内町猫塚古墳など5世紀の古墳の副葬品に見いだされる。一方5世紀の朝鮮では,砥石本来の用途を離れて盛装時の装身具の一部としても使われた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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