「家政学は、家庭生活を中心とした人間生活における人と環境との相互作用について、人的・物的の両面から自然・社会・人文の諸科学を基盤として研究し、生活の向上とともに人類の福祉に貢献する実践的総合科学である」(日本家政学会)。
[亀高京子]
(1)家政学の研究対象 人間は生命を維持し活動するために自然環境から資源やエネルギーを採取し、またこれらを利用してつくりだした物や人為的環境(社会的・文化的)との生活環境のなかで、多様なライフスタイル(生活様式)を形成してきている。このように人間の生活(日常行為)は、人と人、人と物、人と自然・社会・人文など人間と環境との相互作用による統合体系である。加えて、人間の生活には精神的、哲学的な「人間としての生き方」がかかわる。
人間が最初に出会う生活環境は家族・家庭であり、これを基盤として食・住・衣の基本的生活と人間形成が始まるのである。また、人間の生活は、食・住・衣・育児・経済あるいは家庭・地域・学校・職場その他、多面的かつ多岐であるが、これら各部面が有機的に関連し統合されて営まれている。
生活上の諸問題は、いつの時代にもあったが、今日、急激に増大し深刻化している。
(2)家政学の研究方法 今日の生活問題は多数の要因が複雑に絡み合って生じているが、いずれも人と環境との相互作用関係による問題である。しかし、この解決は容易でない。
1960年代以降、日本は飛躍的な高度経済成長を遂げ、工業化、都市化、情報化社会となり、人々の生活に多大のメリット(利点)をもたらしたが、一方では価値観の変化と相まって、家庭機能の低下、少年少女の非行、交通事故、公害をはじめ多種多様の問題を生起した。とくにお金・物質的欲望の増大と、これに伴う心の貧困、人間関係の薄弱によるものが多い。
さらに、地球規模の自然環境問題が深刻化してきた。その最大要因は人口の増加と人間の社会的・経済的活動(生活の仕方)の拡大による環境への負荷の増大にある。先進諸国では物質的豊かさ・利便性を追求し享受する大量生産⇄大量消費→大量廃棄という資源・エネルギー浪費型のライフスタイルが普及した。これが開発途上国の自然環境破壊を起こさせる原因となっている。地球温暖化、砂漠化、大気・水の汚染をはじめ人間の健康いや生存までも危くする全人類の大問題である。
家政学を構成する分野には、家政学原論のほかに、経営学、家族学、児童学、食物学、被服学、住居学、教育学(日本家政学会における分類)などがある。これらの各分野が人間生活の関連性・統合性に基づいて、問題を全体的に把握し、共通の理念と目標をもち、自然・社会・人文の科学を統合した研究方法で課題に立ち向っている。また、他学と共同の学際的研究にも参加している。
このような研究を通して、家政学では、生活者の立場(視点)から、人間と環境との多様な相互作用を包括的にとらえ、長期的視野にたって環境への負荷を抑制し、環境との調和的共生を図ること、これを基に現在および将来世代が生活の質的向上を享受できるようなライフスタイル(生活様式)、持続可能な生活環境システムを構築することを目ざして取り組んでいる。
(3)家政学の研究目的 いずれの学問も人類の福祉への貢献を究極目的とするが、そのアプローチの仕方は多様である。家政学では、生活の向上を目ざす生活者の身近な日常生活(行為)の実践からのアプローチである。
生活の向上とは何か? 豊かな生活とは? 人間らしい幸福な生活とは? 生活の価値を何に、どこに置くかである。すなわち、生活の質である。前項に記した新しいライフスタイルの構築・生活環境システムの構築に際してもっとも大切なことは、人間の行為の基盤である倫理を中軸とする生活理念の確立、生活の質に重点をおいた生活のあり方である。以上のことをすべての生活者が認識して、家庭生活を中心とした日常生活で実践することにより、生活の質的向上(家族の幸福、社会の平和)とともに人類の福祉に寄与することを目的としている。
家政学では、この実践への具体策を提供し、教育面はもとより企業や行政に働きかけ、パートナーシップの精神をもって進めている。
[亀高京子]
家政学の古典はギリシアのクセノフォン著『家政論』Oikonomikos(前368)とされており、家政学は家の管理に関する技術であると記してある。
科学としての家政学の発端は、1899年から10年間にわたって開催されたアメリカのレーク・プラシッド会議(通称LPC会議)である。この会議の理論的指導者でアメリカ家政学の母といわれるリチャーズE. H. Richardsは、家政学の名称を、当時の優生学eugenicsに対し、生活環境をよりよく改善し、人間の健全な成長・能力の育成など、生活の質的向上を追求する学問としての優境学euthenics(リチャーズの造語)が適切であると考え、ホーム・オイコロジーhome oecologyを提唱したが、多数決によりホーム・エコノミックスhome economicsに定着した。しかし、このリチャーズの理念や考え方は、後年に一部の異見はあるもののアメリカ家政学に受け継がれるとともに、現在の家政学に生かされている。1909年にアメリカ家政学会が創立され、その後も先駆的な発展を続け、家庭生活を中心とする人間生活に関する総合科学として発展している。第二次世界大戦後の日本の家政学もアメリカ家政学の影響を大きく受けて進展した。その他の国における家政学の発達は時代や環境によりさまざまであったが、物質的側面から人間主体(家族・家庭重視)へ、自然科学偏重から社会・人文科学を含む総合科学へと移行発展してきている。
なお、アメリカの大学では1970年前後から、学部の組織替えとともに家政学部・学科の名称を人間生態学(ヒューマン・エコロジーhuman ecology)や家族および消費学(ファミリー・アンド・コンシュマーfamily and consumer)をはじめとして改名したところも多い。
[亀高京子]
日本における家政学の原典は、貝原益軒の『家道訓(かどうくん)』(1711)および『和俗童子訓(わぞくどうしくん)』(1710)であろう。当時の封建社会の通念として、家政は家長(男)による「家」の継承、家風の順守を説き、女子の務めとして婦徳と家事技術を述べている。このイメージが、実践的総合科学として発展する今日まで残存している。
1990年代に入り、家政学部の改組を機に、この古いイメージを払拭(ふっしょく)するとともに研究対象を時代の要請にあわせて拡充させることを意図して、家政学という学部・学科の名称を改称する大学が出現した(それ以前に男女共学の大阪市立大学は1975年に家政学部を生活科学部に改称)。たとえば、国立のお茶の水女子大学は生活科学部に(1992)、奈良女子大学が生活環境学部に(1993)、公立の女子大学および私立女子大学のなかにも同様に改称したところがある。概して関西以西の大学に多くみられる。
一方、首都圏の日本女子大学、共立女子大学、大妻女子大学、東京家政大学、東京家政学院大学、和洋女子大学などは、家政学部の名称を継続しており(2001年現在)、全体的には首都圏では家政学部が多い。これらの大学でも、家政学部の内容は変化しており、環境、福祉分野の拡充が目だつ。
学部・学科・専攻、コースの名称はさまざまだが、傾向としては、健康、家族・家庭、環境、福祉関係をはじめ、今日的な問題に取り組む内容を重視している。旧来の食物系の学科でも食物学専攻に加え管理栄養士専攻が設置される例が増えている。
[亀高京子]
家政学の発展を目的として、家政学に関する学識経験を有する研究者・教育者を会員とする社団法人日本家政学会がある。さらに、この学会のなかに国際交流委員会を常設して、世界各国の家政学会、家政学者との交流を通して、共通の課題の研究とともに国際理解を深める国際家政学会に参加し活動している。
(1)社団法人日本家政学会 1949年(昭和24)発足、家政学に関する学理および応用の研究についての発表および連絡、知識の交換、情報の提供等を行うことにより、家政学に関する研究の進歩普及を図り、学術の発展に寄与することを目的としている。本部を東京に置き、学会誌の発行(月刊)、年1回の総会、研究発表、各種委員会の活動、6支部(北海道・東北、関東、中部、関西、中国・四国、九州・沖縄)による活動など。会員3332、賛助会員36。
(2)国際家政学会International Federation for Home Economics(IFHE) 1908年第1回国際会議をスイスで開催、本部は現在パリ。日本家政学会は1960年、日本家庭科教育学会は1982年に加入。加盟国116、団体会員225、個人会員2760(2000年現在)。5地区(ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ、太平洋地域)からなり、家政学の研究・教育を通して国際社会に貢献することを目的としている。年3回会誌発行、4年ごとに国際会議開催。2004年の第20回世界大会は8月3日から7日まで日本(京都)で開催された。
(3)アジア地区家政学会(ARAHE) 国際家政学会の下部組織。1983年9月、国立婦人教育会館(日本)における総会で成立。インド、インドネシア、韓国、日本、フィリピン、マレーシア、シンガポール、台湾をはじめ15か国・地域が参加。
(4)日本学術会議への参加 1985年(13期)に「家政学」として登録した日本家政学会、日本家庭科教育学会、日本繊維製品消費科学会からなる「家政学研究連絡委員会」を単位として、第6部(農学)に置かれている。その後、日本調理科学会、日本消費者教育学会が「家政学」の会員学会として登録。
[亀高京子]
『『家政学原論集成』増補版(1992・学文社)』▽『今井光映編著『アメリカ家政学現代史』第1巻、第2巻(1995・光生館)』▽『清水歌・関川千尋編著『ホームマネジメントハウス その実践のあしあと 1952~77年』(1995・ミネルヴァ書房)』▽『村尾勇之編著『生活経営学――21世紀における個人・家族の諸問題』(1997・家政教育社)』▽『日本家政学会編『ライフスタイルと環境』(1997・朝倉書店)』▽『岡本祐子他編著『人間生活学――生活における共生の理念と実践』(1998・北大路書房)』▽『中島利誠編著、市川朝子他著『生活科学概論』(1999・光生館)』▽『日本家政学会編『変動する家族――子ども・ジェンダー・高齢者』(1999・建帛社)』▽『関口富左他編著『人間守護の家政学――福祉社会の実現をめざして』(1999・家政教育社)』▽『日本家政学会生活経営部会編『福祉環境と生活経営――福祉ミックス時代の自立と共同』(2000・朝倉書店)』▽『長嶋俊介編著『生活と環境の人間学――生活・環境知を考える』(2000・昭和堂)』▽『富田守・松岡明子編、川上雅子他著『家政学原論――生活総合科学へのアプローチ』(2001・朝倉書店)』▽『日本家政学会家政学原論部会訳・監修『家政学未来への挑戦 全米スコッツデイル会議におけるホーム・エコノミストの選択』(2002・建帛社)』▽『百瀬靖子著『ジェンダーフリーの時代へ――家政学原論・生活経営学』増補版(2002・創成社)』▽『日本家政学会編『家政学事典』新版(2004・朝倉書店)』▽『一番ケ瀬康子編『家政学概論』改訂新版(2005・ミネルヴァ書房)』▽『梅棹忠夫著『情報の家政学』(中公文庫)』
19世紀後半,アメリカをはじめイギリスなど欧米諸国で,料理や裁縫など家事の技術教育が女子の初等教育にとり入れられはじめ,1870-80年代には,アメリカやイギリスでそのための教員養成機関が設立された。家事技術とこれに必要な諸科学を内容とする家政学の一つの伝統はこの流れのなかにある。イギリスでは,これらの科目を家事科目domestic subjectsあるいは家事科学domestic scienceと呼び,これらの諸科目を総合する広い意味での家政学という概念は存在しない。こうしたイギリスをはじめとするヨーロッパ諸国とは違って,home economicsと呼ばれるアメリカの家政学と日本の家政学は独自な内容をもっている。アメリカでは,19世紀後半,農業を中心とした実業教育振興のために設立された州立大学に,女子の実業教育として家政学が設置された。ここを中心に,〈家庭生活に関するあらゆることを有能に処理し,家庭および家族の安寧・幸福のためのあらゆる手段や方法・技術〉としての家政学が発展し,女子の高等教育の要としての専業主婦の専門的教養教育がすすめられた。
日本では,明治初年,上からの近代化を目ざした学制が整備されるなかで,女子教育の精神としての〈良妻賢母〉主義が措定され,高等女学校を中心とした女子の高等教育を,この良妻賢母主義に支えられた家政学が担った。天皇を中心とした家父長制国家の基礎に,家父長制家族〈イエ〉がおかれ,この〈イエ〉の実質的担い手としての良妻賢母に必要な家事技術(裁縫を主として料理も)と儒教主義道徳が,家政学の具体的内容であった。太平洋戦争後,〈イエ〉は解体されアメリカ的な民主的家庭が登場するようになると,従来の家政学は大きく変わった。一方で家事技術の科学的な追求がはじめられ,他方で,儒教主義道徳にかわってアメリカ家政学の中心をなしていた家庭生活の目標や価値の設定,家族の人間関係学といった哲学的心理学的側面が家政学の中心課題とされるようになった。家政学は新たな装いをもって,新しい家庭〈マイホーム〉を担う主婦の専門的教養の学として,女子の高等教育の中心を占めるようになった。しかし,1970年代後半以後,家事労働の社会化が進み,専業主婦にかわって働きにでる主婦がふえはじめ,家政学は新たな領域をきりひらく必要に迫られている。
執筆者:安川 悦子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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