一般には、前世代からの伝統的文化遺産を次の世代が引き継ぐこと、または継承されたその内容を意味するが、民俗学や文化人類学では、常民社会におけるある種のまとまった知識や技術や信仰の体系、習俗、文字化されていない説話(神話、伝説、民話、昔話など)、民謡、諺(ことわざ)などの世代を超えた伝達を「民間伝承」として研究の対象としている。伝承の内容と形式とは地域的特性をもつが、ある文化体系内における個々の文化要素は、実際には他の地域からもたらされたものが多い。このような文化要素の空間的移動を伝播(でんぱ)とよぶのに対し、伝承とは文化の時系列、とくに世代を経た伝達を意味するのが普通である。
情報の流通体系が比較的限定されている社会では、伝承の過程はより円滑で、その内容もほぼ一定しているが、現代社会のように情報量が増え、内容が多様化し、しかも価値観の多岐化によって、受け止めるべき情報の選択基準自体が流動的となると、伝承の形態、内容の量と質が規制されることになる。
ある時期、ある社会集団に特有の文化があっても、それが次の世代において機能することがなければ伝承されず、一時的な流行または風俗に終わる。しかし、なかには、比較的修正されることが少なく、時代を超えて伝承されるものがある。ドイツの民俗学者ハンス・ナウマンはこれを基層文化とよび、その時代における特殊個別的な表層文化と区別した。基層文化は、その社会の常民が超世代的に伝承してきた民族文化の中核をなすものであり、日常繰り返される行動様式のなかに包含されている。それゆえに、伝承文化の研究は、その民族的特性を理解する重要な手掛りを与えると主張する民俗学者は多い。民間伝承と称されるものも、社会成員が同等に共有しているわけではない。伝承される知識や技術の体系を記述、分析するのが民族誌学であり、これが比較民族学や文化人類学に基礎的資料を提供している。
[丸山孝一]
『和歌森太郎著『新版日本民俗学』(1970・清水弘文堂)』
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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