国家は個人や国家内のあらゆる社会集団よりも絶対的に優位する、と主張する政治思想。19世紀以降のドイツ(プロシア)、戦前の日本、20世紀のファシズム国家などに典型的にみられた思想。
国家を至高のものと位置づける思想は、16世紀から18世紀にかけての絶対主義国家の時代にまず登場した。すなわち、この時期、各国君主は、一方では、ローマ法王の支配を排除して主権国家・民族国家の独立を目ざし、また一方では、身分制議会、教会、ギルドなどの社会集団よりも国家が優位すると主張して国家統合を企図した。このため、大陸の君主国家では、君主はローマ法王を通じてではなく、神から直接にその権力を授与され、したがって、臣民が君主に反抗することは、神に反抗するに等しいという王権神授説(神権説)が支配的な政治思想となった。また、国家の生存・強化という目的のためには、権力は法・道徳・宗教に優位しなければならない、という国家理性(レーゾン・デタ)の考え方も、君権の絶対性の根拠として用いられた。しかしイギリスでは、市民革命によって、君主にかわり議会が最高機関の地位を確立したために、王権神授説に基づく絶対君主論は消失した。このような権力の交替は、国家や政府の権力は政治社会=国家を構成する人々の同意や契約に基づくものである(ホッブズ、ロック)、政治社会においては立法部=議会が最高機関である(ロック)、悪い政府や議会は変更してもよい(ロック)という新しい政治理論(社会契約説)を生み出した。そして、社会契約説は、続くアメリカ独立宣言、フランス人権宣言にも受け継がれ、ここに、個人の自由や人権尊重を基調とする民主政治や民主的諸制度が確立された。これらの国々においては、これ以後、国家が個人に絶対的に優位するという国家主義は支配思想となることはなく、市民的自由に基づく民主政治が発展するのである。
ところで、イギリス、アメリカ、フランスなどの先進諸国に後れて近代国家となった日本やドイツのような国々においては、先進諸国に追い付き、それらを追い越すために富国強兵策がとられ、それを弁証する国家の優位性を説く思想が登場する。こうした政治・思想状況の下では当然に、個人の自由や人権は著しく制限され、また労働組合、農民組合、社会主義諸政党、その他の反政府団体などの社会・政治運動は厳しく弾圧された。したがって、日本では、天皇を国の家長に見立て、家長の権力は絶対であるという家族国家観や天皇を現人神(あらひとがみ)として神聖不可侵の存在とする政治思想が説かれた。そして、このような思想は、忠孝と国家への忠誠を第一義的に重要視する国家主義思想として機能し、さらに満州事変以後、いわゆる十五年戦争時代に入ると、国家主義は極端な軍国主義と結び付き、天皇がアジアはもとより全世界を統治するのをよしとする「八紘一(為)宇(はっこういちう)」というような超国家主義となり、それは、他民族や他国家の侵略を正当化する思想となった。また、ドイツでは、イギリスやフランスのような近代国家の形成を目ざし、ヘーゲルが国家の個人に対する優位性を説き、それは、国民主権論や人民主権論を抑えるための国家有機体説、国家主権論、国家法人説などの思想的根拠となった。そしてこの考え方は、ナチスの時代には国家の絶対的優位を説く全体主義思想にまで高められ、ゲルマン民族の優越性を強調する極端な民族主義と結び付き、世界支配を目ざす二度にわたる世界大戦の思想的要因となったのである。
このように国家主義は、自由主義、個人主義とはまったく相いれないものであり、また国家は階級支配の道具であるから、社会主義社会の完成形態である共産主義社会が出現すれば国家は死滅すると説く、共産主義とはまっこうから対立するものであった。さらに、1920、30年代にラスキ、コール、マッキーバーなどを中心に多元的国家論が登場し、国家は社会の一つであり、国家が国家であるという理由で、個人や社会集団に無条件的な服従を要求することはできず、国民の国家に対する忠誠度は、国家が国民に何をしてくれたかによって判断されるべきであると説いたのは、極端な国家主義としての全体主義の台頭を抑制しようという実践的課題にこたえたものであったといえよう。
国家主義は、ファシズム諸国家の敗北によっていちおうはこの地上から消滅した。しかし、現代世界においても、経済的自立化に成功できず、そのために政治的に不安定な多くの発展途上国では、いまだに軍事政権や独裁政権などによる国家主導型の政治運営がなされているが、これらの国々では形を変えた国家主義が存続しているといえなくもない。また、先進諸国においても、核兵器の開発や軍拡競争の激化などにより、国家主義的風潮がまったく払拭(ふっしょく)されたとはいえない状況にある。
[田中 浩]
『丸山真男著『現代政治の思想と行動』(1956・未来社)』▽『田中浩著『国家と個人』(1990・岩波書店)』▽『田中浩著『カール・シュミット』(1992・未来社)』▽『田中浩著『近代日本と自由主義』(1993・岩波書店)』
国家主義は何よりもまず国家を人間の社会結合の中で最高のものと考える立場を指す。したがってそれは単に国家の存在を肯定するにとどまらず,他の主張に対して国家の最高性を攻撃的に擁護する立場であり,かつては教会権力に対して世俗国家の自主性の擁護として,あるいは倫理や宗教に対する国家の優越性を求める国家理性論としても現れた。また近代では個人主義や自由主義,マルクス主義,無政府主義といった思想潮流と激しく対立した。その際問題になるのは,この最高の存在としての国家が実現すべき理念や価値である。近代語で国家を表す語(state,Staat,État,Stato)は元来権力,権力者およびその属僚といった意味であり,権力と秩序という言葉に集約される特定のニュアンスをもっている。近代における国家主義のジレンマは,こうした理念や価値に無縁な概念を踏まえて,なおかつその至高性を訴えなければならない点にあった。
この困難を補う点で重要な役割を果たしたのが民族主義であり,民族国家,国民国家が歴史の流れとなるなかで国家主義は民族主義との融合をとげ,その理念を補完することになった。実際,日本では従来,国家と民族との重なりがほぼ自明視されてきたこともあって,国家主義,民族主義,国民主義,国粋主義といった言葉はほとんど同義に用いられている。したがってこれらの語は国家主義の第2の内容をなすといってよい。この場合国家主義とは,民族という共通の文化的伝統をもつ集団を最高のものとなし,その利益を実現すべき主張となる。こうした国家主義には独立的ないし防衛的なものから,他の民族に対する支配,征服をもくろむ,極めて攻撃的・侵略的なものまでさまざまなタイプがある。明治以来の日本の国家主義は,当初の独立型から徐々に侵略的・攻撃的性格を帯び,最後には極端な形態である超国家主義に陥ったといわれている。
第3に,国家主義とは国家社会主義を意味する。すなわち,社会主義でありながらも資本主義そのものを打倒するのでなく,国家が積極的に社会主義的諸政策(国有化や公平な分配など)を行うことを主張する立場である。この立場の背後には,国家は資本主義的搾取関係や階級支配の一環をなすのではなく,それらから自由で社会主義的施策を行うことができるという認識が潜んでいる。ここには社会主義を介した国家に対する強い期待があり,国家主義といわれるゆえんがある。この立場に立った人としてはドイツのF.ラサール,日本の高畠素之らが知られている。
→ナショナリズム
執筆者:佐々木 毅
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国民主義・民族主義と並ぶナショナリズムの訳語の一つ。本来18~19世紀に西ヨーロッパに出現した国民国家形成にともなう国民主義を意味し,自由主義的傾向をもつものであった。日本では1888年(明治21)雑誌「日本人」で「国粋保存旨義」と訳された当時は,後年の国家主義のような排他性をもたなかった。欧米列強の圧迫のもと,日本の独立達成,条約改正の実現を意図するもので,日本の伝統を維持しながら欧米文化を採用しようとしていた。日本で国家主義といって強調される場合,国家至上主義の主張,君民一体の家族国家観,日本文化優越論などが認められるが,この国家主義が強い排他性をもつのは満州事変以後で,ついには超国家主義とよばれるものも出現した。
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…かつては,民族主義,国民主義,国家主義などと訳し分けられることが多かったが,最近では一般にナショナリズムと表記される。このことは,ナショナリズムという言葉の多義性を反映し,そしてその多義性は,それぞれのネーションnationや,そのナショナリズムの担い手がおかれている歴史的位置の多様性を反映している。…
※「国家主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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