子宮内で母親から胎盤を通して酸素と栄養を受けていた胎児は,出生と同時に自分で呼吸をし,必要な栄養分を消化吸収して,独立生活を営まなければならない。そのために,体の諸臓器に大きな変化が起こる。この時期にある子どもを新生児という。世界保健機関では生後4週間を新生児期といっているので,日本でも統計などではこの方式をとっている。そのうちでも生後1週間は体の諸臓器の機能に著しい変化が起こる時期で,早期新生児期と呼ばれ,生命に対する危険がとくに高いので,注意深い養護が必要である。
(1)呼吸 胎生期に液体で満たされていた肺をふくらませるためには,ふつうの呼吸運動よりはるかに大きな力が必要であるが,オギャーという大きな産声によって肺のなかに空気が入り込み,肺は一挙にふくらんでくる。同時に肺のなかを流れる血液も急に増加し,肺呼吸が始まる。(2)血液循環 胎生期には動脈管(ボタロ管)や卵円孔が開いていて,おとなには存在しない血液の流れの近道があり,動脈血と静脈血が混合するところがあるが,出生後はこれらが閉じるために動静脈血の混合はなくなり,おとなと同じ血液循環に変わる。(3)体温 生まれた直後は37.5~38℃であるが,一時的に35℃台に下降し,4~8時間で36℃台になって,以後この程度の体温が続く。(4)腎機能 新生児の腎臓は未完成で,その機能も不十分である。そのため新生児は脱水状態になりやすい。
生まれたときの体重は平均3.1kgで,男児のほうが女児より少し大きい。身長は約50cm,頭囲は約33cm,胸囲は約32cmである。頭は狭い産道を通ってくるために出生直後には米俵のような形をしており,産瘤(さんりゆう)がみられる。呼吸は腹式呼吸で,数は1分間40前後である。生後2~3日間に150~200g体重が減る(生理的体重減少)。これは主として体内の水分が排出されるためであり,生後7日ころまでには生まれたときの体重にもどり,その後は1日30gくらいずつ増加する。生後3日目ころまでに出る便は胎便とよばれ,緑色を帯びた黒色で,無臭,粘稠,均質な便である。生後4~5日ころには黄緑色の移行便に変わり,その後は黄色い乳児便になる。皮膚は赤く,生後2~3日すると乾燥して,薄皮がむけてくる。ほとんどの新生児は生後2~3日ころから皮膚が黄色に色づいてくる(新生児生理的黄疸)。黄疸が軽くて,元気がよければ心配はない。生後7~10日ころまでには黄疸は消える。生後3~4日ころから男女とも乳房がはれて,乳汁が分泌されることがある。女児では腟から出血することがある(新生児月経)。このような現象は母親のホルモンが胎児に移行したために起こるもので,病気ではない。臍帯(さいたい)は7~10日ころまでにはとれる。
(1)出生直後の処置 児が娩出したら,呼吸を開始する前に口と鼻腔を吸引して水分や粘液を除く。タオルで皮膚の水分をよくふきとり,毛布で包んで体温低下を防ぐ。正常新生児は習慣として沐浴が行われるが,未熟児や異常のある新生児は沐浴しない。ついで身長,体重をはじめ身体の計測を行う。結膜炎予防のために1%硝酸銀液(クレーデ点眼)または抗生物質の入った点眼液を点眼する。臍帯はアルコールで消毒し,ガーゼでおおう。(2)その後の毎日の養護 新生児は感染に対する抵抗力が弱いので,感染予防のために新生児に触れる前には手をよく洗う。部屋の温度は25℃くらいに保つことが望ましい。着衣は2枚とし,タオルまたは軽い毛布を1枚かける。児の下肢は軽く曲げておき,ぴんと伸ばしてきつく締めてはいけない。皮膚を清潔にするために沐浴を1日1回行う。しかし,体力を消耗させたりすることもあるので,毎日でなくてもよい。異常があったら沐浴をしてはならない。
(1)母乳栄養 新生児および乳児の栄養には母乳が最も優れていることはいうまでもない。母乳栄養ができるかどうかは新生児期の栄養法に大きく関係するので,新生児の栄養でたいせつなことは母乳栄養の確立に努力することである。母乳栄養が優れているのは次のような理由による。(a)母乳にはタンパク質,脂肪その他いろいろな栄養素やミネラルが,最も適切な濃度で含まれている。したがって,母乳栄養児には栄養の過不足は起こらない。(b)母乳は消化,吸収がよく,排泄に当たって腎臓に負担がかからない。(c)母乳栄養児は感染症にかかりにくい。これは,母乳,とくに初乳には免疫グロブリンや感染抑制因子が含まれているので,初乳を飲むことによって細菌の体内侵入が防がれるためである。(d)母親が児を抱いて直接乳房から母乳を与えることは,スキンシップの面から母と子のきずなをしっかり確立するうえで大きく役立つ。
(2)母乳の与え方 生後4~6時間くらいで,母児ともにお産の疲れがとれたころから与えはじめる。そのあとは2~3時間ごとに,10~20分吸わせる。しかし,母乳の分泌量が少なく,児の吸う力が強いときは,長く吸わせると乳頭に傷がついて,疼痛のために授乳できなくなるので,初めのうちは5~10分吸わせるのがよい。生後2~3日間は母乳分泌が少ないが,繰り返して乳頭を吸わせていると,生後3~4日ころに急に乳房がはってきて,母乳分泌がよくなる。それまでは母乳分泌が少ないからといって人工栄養を足してはならない。不足分は5%ブドウ糖液を飲ませて補う。母乳分泌がよくなると,自然に約3時間ごと,1日およそ8回の授乳になる。
(3)混合または人工栄養 生後1週間たっても体重が減りつづける場合,または2週間たっても生まれたときの体重にもどらない場合は母乳不足を考え,人工栄養を追加して混合栄養を行う。市販の育児用調整粉乳(粉ミルク)を用いるのがよい。新生児期には母乳分泌が少なくても,乳頭を吸わせていると分泌がよくなり,母乳栄養が可能となることがあるので,混合栄養にするときには,毎回母乳を吸わせたあとに人工乳で不足分を補う方法がよい。初めに人工乳を飲ませ,その後に母乳を与える方法にすると,母乳分泌はしだいに少なくなってくる。混合栄養も行えないときは人工栄養にする。市販の調整粉乳を用いて,標準濃度に調乳して与えればよい。
→育児
執筆者:奥山 和男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
新生児期とは、妊娠・分娩(ぶんべん)の影響が消失し、子宮内の共生生活から子宮外の独立生活への生理的適応過程がほぼ完了するまでの期間をいい、生後おおよそ1、2週間がこの時期に該当する。WHO(世界保健機関)では、生後4週間(28日目)までを新生児期と定義して種々の人口動態や疫学の統計に使用している。さらに、生後1週間を早期新生児期、以後4週間までを後期新生児期と区別している。
[仁志田博司]
新生児は多くの点で、単に小さいのみならず、きわめて異なった病態生理をもっている。
まず第一に、子宮内の羊水中で母体に多くを依存していた環境から、独立して生活していくため子宮外環境に適応していく時期である。すなわち、胎盤呼吸(胎盤を通して母体とガス交換を行う)から肺呼吸へ、胎児循環から成人循環への転換が行われ、さらに肝臓、腎臓(じんぞう)、種々の代謝系の機能も急速に胎外環境に適応していく。これらの子宮外環境への適応がスムーズに行われなかった場合、呼吸障害をはじめ種々の疾患がおこる。
第二は、胎内で受けた母体の影響が色濃く残っている時期である。たとえば、母体が糖尿病であった場合、新生児はその影響を受けて低血糖など種々の問題がおこり、また、母体に麻酔剤や鎮静剤を使用した場合、それが新生児に作用して無呼吸や授乳力低下などを招く。
第三には、未熟性に起因する種々の問題がおこりうることである。人間の新生児は正期産(在胎37週以上42週未満)で出生しても、動物が出生してまもなく自力で歩き出し、母親のミルクを飲むことを考えれば、人間はすべて未熟で生まれるといえよう。たとえば、体温調節をとってみると、成人にとって心地よいと考えられる25℃前後の温度環境でも、新生児を裸で置いた場合、数時間で低体温となり、さらにそのままの状態が続くと死の危険にさらされる。
第四は、きわめて急速に成長する時期である。新生児は生後6か月で体重は倍となり、脳の発育では大脳皮質の細胞数は生後10か月までに成人のそれとほぼ同じとなる。この時期の長期の高度の低栄養は、一生の発育・発達に悪影響を及ぼすことが知られている。
第五は、母子関係確立にきわめて重要な時期である。動物において出生後に児(新生児・乳児・幼児)を母親から分離すると、その後ふたたびいっしょにしても母親は児をまったく受け入れないことが知られているが、人間においても新生児期に母子分離が行われると、のちに種々の母子間の問題が引き起こされることが示されている。新生児が母性を刺激して母親らしさを確立する面がより重要であるが、児も母親から声、スキンシップ、母乳、視線などを通じて種々の刺激を受け、無意識の記憶(インプリンティング)となって、のちのちの発達に影響を及ぼす。それらの点を考慮して近年は、分娩直後より母児の接触を図り、さらに母児同室制が導入されるようになった。
[仁志田博司]
日本の新生児死亡率は2000年(平成12)には出生1000に対して1.8であり、1940年(昭和15)の38.7、47年の31.4(第二次世界大戦後最高値)、80年の4.9、90年の2.6と減少を続け、日本の新生児医療は世界のトップレベルとなっている。しかしそれでも、この世に生を受けた新生児500人に1人が生後4週間以内の短い間に死亡し、さらにその3分の2以上が生後1週間以内に死亡するということがあり、新生児期がもっとも死の危険にさらされるときであることはいうまでもない。さらに脳性小児麻痺(まひ)などの中枢神経障害の多くは分娩前後にその原因が求められており、この時期に正しい医療を受けるか受けないかが、その子の一生を左右することからも、新生児医療の重要性がさらに確認されよう。
また、歴史的に長い間、新生児は名前も戸籍もないところから、病気に陥れば容易に家族や医師からも見捨てられることもあった。新生児医療は学問としても医療体系としても、小児科と産科のはざまにあって日の当たらない分野であった。しかし、1975年(昭和50)前後より日本においても各地に新生児集中治療室neonatal intensive care unit(NICU)がつくられ、病児・未熟児は小児科医の手にゆだねられるようになった。さらにNICUを中心として新生児医療の搬送システムが確立し、急速にこの分野が進歩してきた。新生児の死因は先天性の異常、仮死、呼吸障害、頭蓋(とうがい)内出血、敗血症などがおもなものである。超低出生体重児とよばれる出生体重1000グラム未満の新生児もその約80%が生存し、さらに生存したものの8割以上が後遺症なく生存する時代となった。
[仁志田博司]
『仁志田博司著『新生児学入門』(1994・医学書院)』▽『仁志田博司編『新生児』新版(1999・メディカ出版)』▽『加部一彦著『新生児医療はいま』(2002・岩波ブックレット)』
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」指導/妊娠編:中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長)、子育て編:渡辺博(帝京大学医学部附属溝口病院小児科科長)妊娠・子育て用語辞典について 情報
…新生児を殺害すること。嬰児殺(さつ)ともいう。…
※「新生児」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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