改訂新版 世界大百科事典 「ユキノシタ」の意味・わかりやすい解説
ユキノシタ
stone-break
Saxifraga stolonifera Meerb.
山中の陰湿な岩上などに群生するユキノシタ科の多年草。観賞用として人家の庭先や生垣にもよく栽培される。株からは紅色の長い糸のような走出枝を伸ばし,先に新しい芽をつけて根を下ろし,繁殖する。葉は根生して長い柄があり,葉身は円腎形,縁は浅く裂け,表面暗緑色,白っぽい斑紋があり,ときに暗赤色を混じえ,裏面は暗赤色を帯びる。全体に毛が多い。5~6月,15~40cmの花茎を出して円錐状の集散花序をつくり,左右相称形の白い花を多数つける。5枚の花弁のうち,上側の3枚は小さく,約3mm,スペード形,白色または淡紅色,花弁の上部に約4個の濃紅色の斑点と基部に2個の黄色の斑点をつける。下側の2枚の花弁は長く垂れ下がり,長さ10~20mm,白色,不同。おしべは10本。子房は上位,上側(3枚の小花弁のある側)は隆起した濃黄色の花盤に囲まれる。本州,四国,九州に自生し,中国にも分布している。ユキノシタの葉は,日本でも中国でも昔からの民間薬の一つで,もんだりあぶったりしてはると,はれ物ややけどに効くという。また葉をてんぷらにしたり,ゆでたりして食べることがある。ユキノシタの名の由来は,雪のような花の下に葉が見えかくれするからだとも,冬,雪の下にあっても葉が枯れずに残っているからだともいわれる。
ユキノシタ属Saxifragaは,おもに北半球の温帯~寒帯に広く分布し,約300種があり,特にヨーロッパやヒマラヤに種数が多い。このうちユキノシタのように左右相称形の花をもつ種は,日本や中国など東アジアに限られ,14種が知られる。日本にはユキノシタのほかに,ハルユキノシタS.nipponica Makino,ジンジソウS.cortusaefolia Sieb.et Zucc.,ダイモンジソウS.fortunei Hook.f.var.incisolobata(Engl.et Irmsch.)Nakai,センダイソウS.sendaica Maxim.,エチゼンダイモンジソウS.acerifolia Wakabayashi et Satomiなど6種がそのような花の形をもつ。ジンジソウやダイモンジソウの名も,その花の形を〈人〉文字や〈大〉文字にみたてたのである。ダイモンジソウは山地渓流沿いの岩上に生え,7~11月にかけて花が咲き,ジンジソウにたいへんよく似ているが,上側の3花弁は披針形で斑点がない。南千島やサハリンから日本全土,朝鮮,中国に分布が及び,また低地から高山までと生育範囲がたいへん広いので,葉の形や毛の有無などに変化が多く,いくつかの変種が知られている。山草として栽培されるシコタンソウは放射相称の花を有するが,この属のものである。
ユキノシタ科Saxifragaceae
世界に広く分布しているが,特に温帯に多い草本または低木。約80属1200種ほどが知られる。この科はふつうバラ科,マメ科,ベンケイソウ科などとともに広義のバラ目に分類されるが,特にバラ科やベンケイソウ科に近縁といわれる。エングラーの分類体系(1928)によるユキノシタ科は,草本や木本もいっしょに含められた広義なもので,きわめて形態的多様性に富み,ひとくちで定義することはむずかしい。たとえば葉は互生または対生し,托葉はあるものもないのもあり,花序もいろいろである。花弁と萼片はふつう4または5数性,花弁がないこともあり,おしべは花弁と同数かその2倍数,まれに多数,子房は上位~下位,心皮はふつう2枚,しばしば3~5~(7)枚で多少とも互いに癒合し,胎座型は中軸または側膜,果実は蒴果(さくか)まれに液果,種子は小型で多数,ふつうは豊富な胚乳があるがまれにないこともある,などいろいろである。エングラーはこの科を15の亜科に分類しているが,これらの各亜科は比較的均質性が高いことから,それぞれの亜科を独立した科として再分類する試みもなされている(J. ハッチンソン(1959),A. タハタジャン(1969)など)。日本には21属約100種が産し,ヤワタソウ属Peltoboykinia,キレンゲショウマ属Kirengeshoma,バイカアマチャ属Platycrater,イワユキノシタ属Tanakaeaなどのように日本や東アジアの特産属が多い。日本産ユキノシタ科には次の5亜科がある。
(1)ユキノシタ亜科Saxifragoideae 狭義のユキノシタ科で,特に北半球温帯に多く,草本。約30属550種ほどを含む。チダケサシ属Astilbe(アワモリショウマ),イワユキノシタ属Tanakaea,ヤグルマソウ属Rodgersia,アラシグサ属Boykinia,ヤワタソウ属Peltoboykinia,ユキノシタ属Saxifraga,チャルメルソウ属Mitella,ズダヤクシュ属Tiarella,ネコノメソウ属Chrysospleniumなどがある。
(2)スグリ亜科Ribesioideae スグリ属Ribesだけからなり,低木。北半球や南半球に約150種がある。花の構造はユキノシタ亜科に似るが,果実は液果となる。
(3)ウメバチソウ亜科Parnassioideae 多年草のウメバチソウ属Parnassiaだけがあり,北半球の温帯,寒帯に広く分布し,約50種がある。仮雄蕊(かゆうずい)をもつ。オトギリソウ科やモウセンゴケ科に近縁といわれることもある。
(4)アジサイ亜科Hydrangeoideae 多くは北半球暖温帯に分布する低木,しばしばつる性木本,まれに草本。17属200種ほどを含む。アジサイ属Hydrangea,イワガラミ属Schizophragma,ウツギ属Deutzia,バイカウツギ属Philadelphus,クサアジサイ属Cardiandra,バイカアマチャ属Platycrater,キレンゲショウマ属Kirengeshoma,ギンバイソウ属Deinantheなどがある。
(5)ズイナ亜科Iteoideae ズイナ属Iteaだけがあり,木本。東アジアの暖帯,亜熱帯に約10種,北米に1種がある。なおベンケイソウ科のタコノアシ属Penthorumを本科のタコノアシ亜科Penthoroideaeとすることもある。
ユキノシタ科の植物は,アジサイ,バイカウツギ,ヒマラヤユキノシタ,アスチルベなど観賞用植物をはじめ,スグリのような果樹やジョウザンのように薬用にされるものもある。形態的多様さに対応して,人間による利用もいろいろである。
執筆者:若林 三千男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報