アゼルバイジャン(国)(読み)アゼルバイジャン

百科事典マイペディアの解説

アゼルバイジャン(国)【アゼルバイジャン】

◎正式名称−アゼルバイジャン共和国Azerbaidzhan Respublikasy/Republic of Azerbaijan。◎面積−8万6600km2。◎人口−936万人(2013)。◎首都−バクーBaku(120万人,2013)。◎住民−アゼルバイジャン人90.6%,レズギン(レズギ)人2.2%,ロシア人1.8%,アルメニア人1.5%など。◎宗教−アゼルバイジャン人はイスラム(シーア派が7割)。ほかにアルメニア正教,ロシア正教。◎言語−アゼルバイジャン語(公用語),ロシア語,アルメニア語。◎通貨−マナトManat。◎元首−大統領,アリエフIlham Aliyev(1961年生れ,2013年10月3選,任期5年)。◎首相−ラシザーデArtur Rasizade(2003年11月就任)。◎憲法−1995年11月国民投票で承認。◎国会−一院制(定員125,任期5年)。最近の選挙は2010年11月。◎GDP−463億ドル(2008)。◎1人当りGNP−1850ドル(2006)。◎農林・漁業就業者比率−28%(1997)。◎平均寿命−男67.6歳,女73.9歳(2013)。◎乳児死亡率−39‰(2010)。◎識字率−98.8%。    *    *西アジアの共和国。カフカス南東部にあり,東はカスピ海に面する。国土の半分は山地であるが,中央のクラ川流域平野は農業地帯となっている。住民の9割はアゼルバイジャン人。主要農産物は小麦,綿花,米など。天然資源に恵まれ,特にバクー油田は重要である。石油年産956万t,天然ガス同638万m3(1994)。クラ川上流に多目的ダムがある。 13世紀にモンゴル帝国領に編入され,ティムール朝下の15世紀にかけて住民のトルコ化が進んだ。16世紀からはイランのサファビー朝の支配下に入った。19世紀前半,北部がロシア帝国に併合され,以後アゼルバイジャン地方は南部のイラン領とに二分された。ロシア十月革命後,1920年ソビエト政権が確立,1922年ソ連邦結成に参加し,1936年単独で連邦構成共和国となった。1991年8月ソ連からの独立を宣言。ソ連邦に編成される過程で,飛地としてナヒチェバン自治共和国と,ナゴルノ・カラバフ自治州がアゼルバイジャンに帰属した。しかしアルメニア人住民が多いナゴルノ・カラバフでは1988年ころからアルメニアへの帰属を求める運動が高揚し,アルメニアとアゼルバイジャンの戦争に発展した。1994年5月ロシアの仲介で停戦合意がなされた。2003年10月の大統領選挙で,現職ヘイダル・アリエフ(在任1993―2003)の息子イルハムが当選。→アゼルバイジャン語
→関連項目アルメニア(国)

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