日本大百科全書(ニッポニカ) 「クエン酸」の意味・わかりやすい解説
クエン酸
くえんさん
ヒドロキシ基をもつ多塩基カルボン酸の一種で、多くの植物の種子や果汁中に遊離の酸として含まれる。クエン(枸櫞)というのはシトロンの漢名で、シトロンをはじめ、レモンや未熟なダイダイなど柑橘(かんきつ)類の果実にとくに多く含まれているところからクエン酸とよばれる。英名citric acidのcitricも、柑橘類を意味するcitrusに由来する。水やエチルアルコールによく溶ける。水溶液から再結晶させると、1分子の結晶水をもった大きな柱状結晶が得られる。加熱すると無水物となるが、この融点は153℃である。さらに温度を上げると175℃でアコニット酸になり、高温ではイタコン酸無水物や転移生成物のシトラコン酸無水物およびアセトンジカルボン酸を生ずる。水溶液は清涼な酸味を有する。
ある種の微生物、とくにカビを、糖類を基質として培養したとき、培養液中にクエン酸が蓄積する現象がみられる。これがクエン酸発酵とよばれるもので、いろいろな培養方法がくふうされて、クエン酸の工業的生産の主要な方法となっている。クエン酸発酵を行う微生物としてはクロカビ(クロコウジカビ)が著名で、酸性側(pH2~3)で約30℃、7~10日間培養される。また、クエン酸はクエン酸回路(トリカルボン酸回路、TCA回路)を構成する一員として、高等動物の物質代謝において重要な役割を果たしている。さらに、体内のカルシウムの吸収をよくすることも知られている。用途としては、果汁および清涼飲料に添加して風味を加えたりするほか、分析試薬としても使われる。医薬品としては、アシドーシス・酸性尿改善薬として用いられる。また、血液凝固にはカルシウムイオンが必要であるが、クエン酸のナトリウム塩はカルシウムを解離度の低いカルシウム塩として捕捉(ほそく)するので、血液凝固阻止に使われ、輸血には不可欠とされるほか、診断用として赤血球沈降速度(血沈)の測定時にも使われる。
[飯島道子]
食品
食品中のクエン酸は主として果実中に含まれ、食品の酸味成分として主要なものの一つである。柑橘類、ウメ、アンズなどに多く含まれ、温州(うんしゅう)ミカンで約1%程度、ウメで2.3%くらいを含む。このほか一般の果物の酸味の一つとして爽快(そうかい)さを与える。またトマトのような果菜の一部にも酸味成分として含まれる。清涼飲料水の酸味料として利用され、糖分の甘味に対し、爽快さを与えるのに役だっている。クエン酸は食品添加物の酸味料として使用が許されている。クエン酸を多く含むレモン、ダイダイ、ライムや梅酢などは、料理の酸味づけに利用される。
[河野友美]
『中川慶光著『イラスト版 健康を守るクエン酸(酢)の秘密――クエン酸と健康のQ&A』(1989・建友館)』▽『D・ヴォート、J・ヴォート著、田宮信雄他訳『ヴォート 生化学』上(1992・東京化学同人)』▽『P・W・クーヘル、G・B・ラルストン著、林利彦他訳『例題で学ぶ代謝と生合成』(1993・マグロウヒル出版)』▽『フランク・H・ヘプナー著、黒田玲子訳『ゆかいな生物学――ファーンズワース教授の講義ノート』(1995・朝倉書店)』▽『Philip W. Kuchel他著、林利彦訳『生化学3 代謝と生合成』(1996・オーム社)』▽『長田正松編著『新 粉酢(クエン酸)は神薬です――クスリよさらば‥‥』(1997・ベターライフクラブ、メタモル出版発売)』▽『A・L・レーニンジャー、D・L・ネルソン、M・M・コックス著、山科郁男監修、川嵜敏祐編『レーニンジャーの新生化学』第3版(2002・廣川書店)』▽『C・K・マシューズ他著、清水孝雄他監訳『カラー 生化学』(2003・西村書店)』▽『T・マッキー、J・R・マッキー著、市川厚監修、福岡伸一監訳『マッキー 生化学――分子から解き明かす生命』(2003・化学同人)』