酸味のある調味料の総称。醸造によってつくったものと、果実などの酸味を利用したもの、および合成したものに大別される。酢を英語でビネガーvinegarというが、これはフランス語のぶどう酒vinと酸味aigreをあわせたビネーグルvinaigreからきている。もともとはぶどう酒を酢酸発酵させて酢をつくったとみられる。また、あんばい(塩梅)という語は、塩と梅(酢)の二つが味つけの基礎をなすという意味であるが、古くは梅酢が酸味料として使われていた。
[河野友美・山口米子]
文献上いちばん古いとされている酢のことばはアラビア語のエッシッヒゲヌスEssiggenusで、イスラエルの指導者モーセによるものである。これは紀元前13世紀ごろのことであるからその当時すでに酢のあったことが推定できる。中国では孔子(こうし)の時代にすでに酢があり、日本では、奈良時代に酢は苦酒(からさけ)ともよばれ、醤(ひしお)、塩、色利(いろり)(煎汁(いろり)で、鰹(かつお)などの煮汁)などとともに重要な調味料であった。天平(てんぴょう)10年(738)駿河(するが)正税帳(正倉院文書)に「酢壱斛玖斗(いっこくきゅうと)(一石九斗)」とみえ、『万葉集』巻16には、「醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)つき合(か)てて鯛(たい)願ふ我にな見せそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)」という歌があるように、酢を使ってなますをつくっていたことがわかる。平安時代には米酢がつくられ、『延喜式(えんぎしき)』(927)によれば、「米六斗九升、糵(げつ)(よねのもやし)四年一升、水一石二斗から一石の酢を作る」とある。鎌倉時代には和泉(いずみ)(大阪府南部)の酢が上物とされ、江戸初期には相模(さがみ)(神奈川県)中原の成瀬氏のつくる酢が第一とされ、そのほか駿河(静岡県)の吉原善徳寺や田中の酢などが知られた。
各国の酢はその地でできる酒と関係のある原料からつくられるものが多く、日本では米酢のほか、酒粕(かす)からつくる粕酢がある。フランスではりんご酢がりんご酒、ぶどう酢がぶどう酒、ドイツでは麦芽酢がビールと関係が深い。
[河野友美・山口米子]
醸造酢は、糖分あるいはアルコールを含む原料に酢酸菌を用いて発酵させてつくったもので、大きく分けて穀物酢と果実酢がある。穀物酢のおもな種類としては、米を麹(こうじ)にしてそれから酢をつくった米酢、麦芽を糖化して麦芽汁をつくりこれを発酵させた麦芽酢(モルトビネガー)、果実酢には、りんご汁を発酵させたりんご酢(サイダービネガー)、ぶどう汁を発酵させたぶどう酢(ワインビネガー)などがある。またアルコールを原料としたものとして、ねかせた酒粕を水抽出し、純粋アルコールを加えて酢酸発酵させた酢(ホワイトビネガー)もある。このほか、ピクルスなどに使われる醸造酢を蒸留した蒸留酢がある。
果汁の酸味を利用するものとしては、レモン果汁、梅酢、ユズ、スダチなどの果汁およびダイダイ果汁のポンス(ぽん酢)がある。このほか食酢をさらに加工した加工酢がある。その例として、すし酢、ドレッシング、それに各種の香辛料を加えたスパイスビネガー、粉末酢などがある。
合成酢は、化学的につくられた酢酸を水で薄めてアミノ酸や糖類を加えたもの、あるいは醸造酢に酢酸を加えたものである。
酢は非常に種類が多いが、それは、アルコール分を含むものに酢酸菌を繁殖させると比較的簡単にできるからである。酢酸発酵を行う酢酸菌は好気性の産膜菌で、発酵槽の表面にきれいな菌膜をつくる。最近は通気しながら連続的に酢酸発酵を行わせる全面発酵法(深部発酵法)が行われている。
[河野友美・山口米子]
酢の成分は、酢の種類によりかなり大きな差がある。醸造酢の酸味の主成分は一般に酢酸で、果実酢ではさらにクエン酸、リンゴ酸、シュウ酸、酒石酸なども加わる。果汁そのものでは酢酸は含まれない。酸味成分のほか、各種のアミノ酸、糖類、リン酸塩類などが含まれ、酢の味のうま味や甘味などの形成に役だっている。
[河野友美・山口米子]
酢はJAS(ジャス)(日本農林規格)が定められており、製品には表示が必要である。分類は醸造酢と合成酢に分けられ、醸造酢は完全に醸造のみによってつくられたものに限定される。主体が醸造酢であっても、化学酢酸を加えたものはすべて合成酢で、その際醸造酢の含有割合を10%刻みで表示することができる。醸造酢のなかで、古くからの製法でつくられたもののみ天然醸造の表示ができる。すなわち、発酵槽に原料を入れ、表面に、自然に菌膜を張らせてつくる静置法(表面発酵法)を用い、しかも原料にアルコールや原料を加工処理したものを加えないでつくるものである。醸造酢は穀物酢と果実酢に分けられ、穀物酢では酢1リットル中に原料として穀物40グラム以上が、果実酢では400グラム以上が使用されているものにのみ、穀物酢、果実酢の表示ができる。また穀物酢、果実酢とも原料が単独のものに限り、米酢、粕酢、麦芽酢、りんご酢、ぶどう酢など、原料名をつけることができる。またすべての酢は原材料の多い順に表示しなければならない。
[河野友美・山口米子]
食酢は殺菌力が強く、原液ではほとんどの病原菌は約30分以内に死滅する。そのため、酢に浸した食品は保存がきく。生(き)ずし、酢漬けなどの加工例や、魚を酢洗いするなど衛生的な利用例は多い。酸味は食欲を増進し、消化液の分泌を高めるなど、健康上プラスになる作用をもたらす。とくにストレス緩和に大きな力があり、精神的に疲労が大きいとき、酢を使った食品や料理をとることで、落ち着くことが多い。胃酸の分泌が減少しているようなとき、胃中のペプシンの活性化が得られにくいが、酢により、ペプシンの活性化が補助できる。また酢の殺菌力により、胃内に入った食物の殺菌を助け、腸内へ雑菌が行くことを防ぎ、腸内有用細菌の増殖に対しての悪影響を避けることができる。
酸がタンパク質を凝固させる性質があるため、落とし卵をつくるときに酢を塩とともに湯の中に加えたり、魚を酢じめにする例などがあげられる。また酢は食塩の強い味を和らげる作用があるので、塩焼きの魚に添え酢をつけたり、隠し味として専門家にはよく使われる。そのほか野菜類の褐変(かっぺん)をおこす酵素を止める働きを利用して、ゴボウ、蓮根(れんこん)などを調理する際、酢水につけるとともに酢煮が行われる。また植物の天然の色であるアントシアン系の色素に作用するときれいな赤色を発色するため、ショウガなどを酢に浸して紅色に発色させるなど、料理のうえでの応用範囲は広い。
[河野友美・山口米子]
『河野友美著『お酢の百科』(1966・真珠書院)』▽『飯塚律子著『お酢百効――酢のある暮らしでヘルシーライフ』(1987・リヨン社)』▽『飴山実・大塚滋編『酢の科学』(1990・朝倉書店)』▽『アスペクト編・刊『酢』(1999)』
酢酸を含む液体酸性調味料で,食酢(しよくす)ともいう。酸敗した酒に起源をもつと考えられ,古く中国では〈苦酒(くしゆ)〉ともいい,日本では〈からさけ〉といった。英語のビネガーvinegarも〈すっぱいブドウ酒〉の意である。世界の諸地域にはそれぞれ伝統的な酒に対応する酢があり,いまでもフランス,イタリア,スペイン,ポルトガルなどのワイン産出地域ではワインビネガー,イギリスではモルトビネガー,日本では米酢(よねず)/(こめす)が食酢の中心をしめてきた。日本農林規格(JAS)では食酢を表のように分類し,原料中に合成品の氷酢酸を使用した合成酢をも食酢の一種としている。しかし,本来は穀物や果汁を材料とする含酒精もろみを酢酸発酵させたものであるため,イギリスでは合成酢は食酢にあらずとしてvinegarを称することを禁じ,non-brewed condiment(非発酵性調味料)と呼んでいる。
→ビネガー
前5000年ころのバビロニアにはビネガーがあったとされ,前3000年ころにはビール醸造の副産物としてビネガーの商業生産が行われていた。中国では周代に酢をつかさどる役人のいたことが知られ,6世紀の《斉民要術(せいみんようじゆつ)》は〈作酢法〉の章を設けて,20種あまりの製法を具体的に記述しているが,その中には,近代まで日本で行われていた方法とほぼ同じものも少なくない。日本の酢造りは酒とともに応神天皇の時代に伝えられたとされる。大化改新後は造酒司(さけのつかさ)が置かれて,酒や醬(しよう)/(ひしお)の類とともに宮廷用の酢を造るようになり,《延喜式》には酢1石を造るのに米6斗9升,糵(よねのもやし)4斗1升,水1石2斗を用いて毎年6月に仕込むなどと書かれている。平安京の官設の東西の市に酢の店は見えないが,すでに奈良時代から市で販売されており,平安期にも当然商品として売買されていたと思われる。室町時代には〈和泉酢(いずみす)〉の名がうたわれていた。《庭訓往来》以下の諸書に見えるもので,狂言《酢薑(すはじかみ)》には和泉酢を売り歩く行商人が登場する。江戸時代に入ると和泉酢のほかにも各地に良質の酢が産出するようになった。相模の中原酢,駿河の善徳寺酢,山城の伏見酢,尾張の半田酢,紀伊の粉河酢,摂津兵庫の酢などで,いずれも和泉酢の製法を基とし,それになにがしかのくふうを加えたものであった。《万金産業袋(ばんきんすぎわいぶくろ)》(1732)によると,江戸では北風(きたかぜ)酢というのが最高の酢とされていたといい,慶安(1648-52)ころの江戸の酒店の引札には尾張酢1升28文に対して1升48文の値がつけられているが,これは上記のうちの摂津兵庫のものの称であった。造酢法については《雍州府志》(1684)以下いくつかのものが見られるが,《本朝食鑑》(1697)の記事がくわしい。
日本で造られてきた酢には,米酢,かす酢,酒酢(さかす)がある。(1)米酢 うるち米を原料とするもので,奈良時代から造られており,和泉酢もこれである。《本朝食鑑》が記載する中原酢の製法によると,うるちの早場米をもみのまま蒸し,それを乾燥したものを搗精(とうせい)して飯にたき,こうじ,水とともにかめに仕込み,1年ほどかかってできるというものであった。ほかに六月酢という速成品があり,これは中原酢が秋に仕込むのに対して,夏の土用中に玄米を飯にたいて仕込み,1週間ほどで酢ができるとしている。現在行われている米酢の製法は,蒸米に米こうじ(または糖化酵素)と水を加え,加熱,かくはんして糖化し,次に酵母を加えてアルコール発酵させ,発酵が終わったところでさらにアルコールを添加してアルコール濃度を調整し,種酢を加えて酢酸発酵させ,2~3ヵ月貯蔵熟成したのち製品としている。(2)かす酢 江戸時代になって清酒の生産が急増してから,その副産物である酒かすを原料として造られるようになった。清酒かすは平均7.97%のアルコールを含んでおり,これを2~3年貯蔵してあめ色になったところへ水を加えて泥状液とし,圧搾ろ過して〈すまし〉と呼ぶろ液をとる。この〈すまし〉にアルコールを添加し,以後は米酢同様にして製品とする。(3)酒酢 酒を主原料とするもので,《斉民要術》には変敗した酒や濁り酒を用いる製法が記載されている。日本では《本朝食鑑》,《和漢三才図会》(1712)などに万年酢と呼ぶ酒酢の造り方が出ている。同量の酒と酢と水をまぜてかめに入れ,密封して暖かい所に置くと30~40日で熟成した酢ができる。この酢は杯1杯を汲み取れば,杯1杯の酒を補給する。こうしておくと,つねにかめの酢の量が変わらないので,万年酢と呼んだというのである。
ところで,現在日本で最も大量生産されているのは穀物酢で,小麦,米,酒かす,コーンなどを糖化,アルコール発酵後,アルコールを添加し酢酸発酵させたものである。また,1970年ころから急激に生産が伸びているのが,酸度10~15%の高酸度醸造酢である。欧米ではspirit vinegar,distilled vinegarと呼ばれるもので,JASでは醸造酢に含まれる。工業用アルコールを所定の基準に基づいて食酢用に変性し,酢酸菌の生育などに必要な無機塩類その他を添加して水を加え,さらに種酢などを加えて酢酸発酵させたもので,おもに漬物,ソース,ケチャップ,マヨネーズなどの加工食品メーカーで用いられている。
日本では,近世になってしょうゆが普及するまで塩と酒は別として,古代では醬,中世ではみそと並んで,酢は最も重要な調味料であった。酢を使った料理の具体的な記載としては《万葉集》巻十六の〈醬酢(ひしおす)に蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて鯛願ふわれにな見せそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)〉という長忌寸意吉麿(ながのいみきおきまろ)の歌をもって嚆矢(こうし)とするが,中世後期になるとワサビ酢,ミョウガ酢,タデ酢,カラシ酢などにして盛んになますや刺身に用い,〈酢入り〉〈酢あえ〉などの料理も行われた。また,古くから〈四種(しす)〉と呼んで,塩,醬,酒とともに小さな器に盛り,卓上調味料として食膳に置く風もあった。漬物用としては奈良時代にトウガンやアオナ(カブナ)の酢漬,ナスの酢かす漬の名を見ることができる。近世以後の新しい利用法としては,米飯に酢を加えて酢飯とする調理法の開発が重要で,これによって押しずし,握りずしといった美味な米飯料理が誕生した。
酢は,調味に使う場合はほとんど二杯酢,三杯酢,カラシ酢,ゴマ酢その他の合せ酢として用いられる。酢の物やあえ物には米酢がよく,すしには東京では赤酢とも呼ばれるかす酢,関西では精製された米酢を多く用いる。なべ料理などに用いられるぽん酢は,オランダ語のポンスponsの当て字で,ダイダイ,スダチなどの果汁に酢を加えて味をととのえる。また,酢には強い殺菌力,防腐力があり,これを利用して魚貝類などの酢漬,酢じめ,酢洗いが行われる。材料の生臭みを消したり,塩辛さを和らげるためにも利用され,ゴボウ,れんこん,とろろいもなどのあく抜きや変色の防止にも用いられる。食用以外では,湿布消炎剤,高血圧・動脈硬化の予防などの医療用,銀・銅器のさび取り,皮革・畳表などの汚れ取り,いけばなの水揚げ用など,多方面の用途がある。
執筆者:正井 博之+鈴木 晋一
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また、酢に含まれる酢酸が、疲労によって体内に蓄積した乳酸を分解して血行をよくするため、疲労回復を助けます。さらに、酢には、乳酸の蓄積を抑えて血液中の乳酸の上昇を抑制する効果もあります。
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(中島富美子 フード・ジャーナリスト / 2007年)
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…微生物の働きにより食品を生産する産業で,清酒,ビールなどの酒造業と,しょうゆ(醬油),みそ,食酢などの和風調味料の製造業とに大別することができる。酒造業は一つの産業として独立して扱うことができるため,ここではそれ以外の醸造業について述べる。…
…魚貝などを米飯といっしょに漬けこみ,乳酸発酵させた貯蔵食品。または,酢で味をつけた飯に魚貝,野菜などを配した料理。前者はすしの原形とされるもので馴(な)れずし(熟(な)れずし)と呼び,現在の日本で代表的なのは〈近江(おうみ)のフナずし〉であろうが,東南アジアから中国の一部にかけてかなり広く行われているものである。…
…醢はしばしば熱い料理や羹の主なる材料の一つとして使われ,また調味料でもある。醬(ひしお),豉(くき),酢などの調味料のなかでも,もっとも大事な調味料は塩であった。たとえばわれわれが今日でも日常に使う〈塩梅(あんばい)〉の語は,古く〈鹹塩と酸梅〉の調味,あるいは調味をととのえる意,そして国政を治める宰相の意に引伸した(《書経》)ことからも,そのことはうかがえる。…
…フランス語のvinaigreから変化した英語で,酢の意。vinaigreはvin(ブドウ酒)と,〈すっぱい〉の意のaigreの複合語である。…
※「酢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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