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グアテマラ Guatemala

翻訳|Guatemala

大辞林 第三版の解説

グアテマラ【Guatemala】

◇ 中央アメリカの北部にある共和国。1821年スペインから独立。マヤ文明の栄えた地で、その子孫のインディオとメスティソが主住民。主要言語はスペイン語。1960年以降、反政府系ゲリラとの内戦が続く。87年以降、統一組織グアテマラ国民革命連合との対話が進み、96年最終和平合意。コーヒー・綿花を産出する。首都グアテマラ-シティー。面積10万9千平方キロメートル。人口1260万( 2005)。正称、グアテマラ共和国。
で産するコーヒー豆の銘柄。良質の酸味が特徴。

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デジタル大辞泉の解説

グアテマラ(Guatemala)

中央アメリカの共和国。首都グアテマラ。マヤ文明が栄えたあと、スペインの植民地となったが1839年独立。コーヒー・バナナを輸出。人口1355万(2010)。
グアテマラ共和国の首都。中央アメリカ最大の都市。海抜約1500メートルの高地にある。人口、行政区168万(1990)。グアテマラシティー

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世界大百科事典 第2版の解説

グアテマラ【Guatemala】

正式名称=グアテマラ共和国República de Guatemala∥Republic of Guatemala面積=10万8889km2人口(1996)=1128万人首都=グアテマラGuatemala(日本との時差=-15時間)主要言語=スペイン語(公用語),マヤ系言語通貨=ケツァルQuetzal中央アメリカの北部に位置する共和国。北はベリーズ,西はメキシコ,東はホンジュラスエルサルバドルとに国境を接している。

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飲み物がわかる辞典の解説

グアテマラ【Guatemala】


コーヒーの銘柄の一つで、中米のグアテマラ共和国に産するもの。太平洋に面した山腹で栽培され、特にアンティグア地区のものが知られる。酸味とこくがあり風味豊か。ブレンド用の高級品としても用いる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グアテマラ
Guatemala

正式名称 グアテマラ共和国 República de Guatemala。
面積 10万8889km2
人口 1552万8000(2013推計)。
首都 グアテマラ市。

中央アメリカ北西部にある国。西と北はメキシコ,北東はベリーズ,南東はホンジュラス,エルサルバドルと国境を接し,南は太平洋に臨み,東にわずかながらカリブ海の海岸線をもつ。国土の南半は山がちで,南北二つの山系からなる中央高地がその中核をなす。南側の山系には中央アメリカの最高峰タフムルコ火山(4220m)をはじめとする火山が多い。北半はペテン平原と呼ばれる低平な石灰岩台地で,カルスト地形がみられる。太平洋岸には幅約 50kmの海岸低地が連なる。熱帯気候区に属するが,中央高地には垂直気候帯が発達。北東貿易風の影響下にあるため,風上のカリブ海側は高温多雨で熱帯雨林が繁茂,風下の太平洋側は雨が少なく疎林,草原が広がる。11月~4月が乾季。スペイン人来住以前は,マヤ族を中心としたインディオが住み,マヤ文明が栄えた地であり,今日も住民の約 40%を占める。また,ラディノと呼ばれるスペイン系白人とインディオの混血も約 60%で,ほかに白人,黒人がごく少数住む。宗教はローマ・カトリックが 4分の3を占め,公用語はスペイン語であるが,通用語として約 20種のインディオの言語がある。1524年スペイン人に征服されたのち,グアテマラ総督領の一部として統治されたが,1821年独立を宣言。のち一時メキシコ帝国に併合されたが,その崩壊とともに 1823年旧総督領諸国が中央アメリカ連邦を結成。同連邦解体後 1839年単独の政府を樹立,1847年共和国として正式に独立した。1871年以降 70年以上自由主義時代が続いたのち,1944年10月の革命を経て,1945年以降アレバロ・ベルメホ政権下に社会改革が進められ,次のヤコボ・アルベンス・グスマン大統領は農地改革を実施(→グアテマラ革命)。しかしアメリカ合衆国の介入で 1954年軍部による反革命が起こり,軍による独裁政治とこれに抵抗する左翼ゲリラの間で内戦状態となった。1986年民政移管したが,クーデター未遂やテロが頻発し,1996年に和平協定が成立するまで内戦が続いた。経済的には就業人口の約 40%が農業に従事するが,国民総生産 GNPに占める割合は 25%に満たない。主作物はコーヒー,サトウキビ,バナナ,綿花で,ほかに国内消費用にトウモロコシ,マメ類,カボチャなどを栽培する。各種の鉱物資源に恵まれ,アンチモン,鉄鉱石,鉛,金などを産する。1980年代初めから石油の開発が進められ,輸出もされている。工業は 1960~80年に急速に成長したが,以後は減速。主要工業は食品,たばこ,繊維,セメントなど。マキラドーラ(保税加工区)を設置し輸出向け衣類の製造に力を入れている。北部を除くと交通網は比較的発達。

グアテマラ
Guatemala

グアテマラの首都。また同名県の県都。正式名称はグアテマラ市 Ciudad de Guatemala。グアテマラ南部,中央高地中の山間盆地にあり,標高約 1500m。熱帯高地特有の温和で快適な気候に恵まれ,年平均気温 20℃,年降水量約 1300mm。 1773年地震で破壊された南西のアンティグアに代わって,スペイン植民地グアテマラ総督領の首都として 1776年に建設された。 1821年グアテマラがスペインからの独立を宣言してのち,メキシコ領中央アメリカの首都 (1822~23) ,中央アメリカ連邦の首都 (1823~33) を経て,1839年同連邦から分離したグアテマラの首都となった。その後中央アメリカ最大の都市に発展。グアテマラの政治中心地であるとともに,経済中心地として工業,商業,金融などの諸産業が集中。また教育,文化の中心地でもあり,サン・カルロス・デ・グアテマラ大学 (1776) をはじめとする各種高等教育・研究機関,図書館,博物館,劇場などがある。市街の大部分は 1917~18年の大地震ののち再建されたもので,市の特色をなしている低いどっしりとした建物に混じって,鉄筋コンクリートの高層ビルや近代的なアパート群も建設されている。交通の要地で,パンアメリカン・ハイウェー,太平洋岸とカリブ海沿岸を結ぶ幹線鉄道が通り,国際空港もある。近郊には手づくりの陶器で有名なチナウトラ,近郊農業の盛んなミスコ,インディオの町として知られるサンフアンサカテペケスなどがある。これらの町は,1976年の地震で大きな被害を受けた。人口 107万5000(2009)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グアテマラ
ぐあてまら
Guatemala

中央アメリカ中部の国。正式名称はグアテマラ共和国Repblica de Guatemala。北と西をメキシコ、東をホンジュラスとベリーズ、南東をエルサルバドルと国境を接する。面積10万9117平方キロメートル、人口1198万6558(2002)。首都はグアテマラ市。古代マヤ文明発祥の地であり、ラテンアメリカ諸国のなかでももっとも先住民人口の比率の高い国である。[栗原尚子・国本伊代]

自然

国土の東西方向に広がる太平洋沿岸低地、シエラ・マドレ山脈と中央高原、カリブ海沿岸低地およびペテン平原の四つの地域に大別される。太平洋沿岸低地は狭小であるが、近年バナナのプランテーションがカリブ海沿岸低地にかわって拡大している。シエラ・マドレ山脈は、メキシコとの国境では標高3500メートル以上に達し、東に向かって低くなり、ホンジュラスとの国境では2000メートルになる。中央アメリカの最高峰タフムルコ火山(4220メートル)をはじめとする火山や、火口湖のアティトラン湖、アマティトラン湖やアヤルサ湖などが点在する。シエラ・マドレ山脈に続く中央高原は、北東から南西に向かう断層に刻まれているが、河谷平野は厚い火山灰に覆われて肥沃(ひよく)な農業地帯を形成し、とくに山麓(さんろく)は同国の主要な産業であるコーヒー栽培の主産地となっている。シエラ・マドレ山脈と中央高原で国土の60%を占める。
 この地域はまた地震の多発地帯でもある。1773年の大地震では旧首都アンティグアが壊滅したが、1976年2月にも中央部で大地震があり、死者2万3000、負傷者7万7000、倒壊家屋100万戸という被害を出し、国際的な救援活動が展開された。
 一方カリブ海沿岸低地はホンジュラス湾岸に広がり、モタグア川河谷平野が中央高原にまで深く入り込んでいる。北部のペテン平原は国土の約3分の1を占める。ユカタン半島の南半分にあたり、湿地とカルスト地形を伴った石灰岩台地からなり、中央アメリカの他の地体構造とまったく異なっている。
 気候は、太平洋沿岸低地では年平均気温が25℃を超え、年降水量は2000ミリメートルである。雨期と乾期に分かれ、サバンナが卓越する。中央高原は同様に雨期と乾期に分かれるが、雨量、気温とも標高によって異なる。首都グアテマラ市の年降水量は1316ミリメートル、ケサルテナンゴでは670ミリメートルである。年平均気温は15~20℃で、高山性温帯気候に属し年間を通じて快適である。カリブ海沿岸低地やペテン平原は、高温多湿な熱帯雨林気候に支配されている。[栗原尚子・国本伊代]

歴史

1522年、スペインの探検家ペドロ・デ・アルバラドPedro de Alvarado(1485―1541)によって征服される以前は、熱帯のジャングルの中に栄えたマヤ文明の中心地であった。ペテン湖の北のティカルでは、紀元後300~900年の間に、絵文字、精密な太陽暦、ゼロの数字を用いた二十進法、洗練された彫刻、絵画など、高度な文明を発達させていた。
 1524年先住民の都イシムチェに初めてスペイン領グアテマラの首都が建設されたが、地震と大水害による破壊のためアンティグアに遷都された。1773年アンティグアが地震などの災害のために破壊され、1776年に現在の首都グアテマラ市に都市が再建設され、グアテマラ総督領の首都として、中央アメリカのスペイン植民地支配の拠点となった。1821年グアテマラ総督領は独立し、1822~23年の間はイトゥルビデの率いるメキシコ帝国に併合されたが、同帝国の崩壊とともに中米連邦共和国が結成された。しかし各地域の利害が激しく対立して同連邦共和国は1839年に解体し、グアテマラは単独の独立国家となった。
 独立後のグアテマラでは、数多くのクーデターが繰り返され、独裁者が次々と現われて実権を握った。まず中米連邦崩壊の直接の原因をつくったカレーラ大統領はみずから定めた終身大統領の地位に就いて27年間実権を握った。1865年にカレーラ大統領の病死後武力で大統領の地位を手に入れたバリオスは、自由主義経済政策を推進すると同時に中米諸国の統一につとめ、その目的で侵略したエルサルバドルにおいて戦死した。89年の政変で大統領となった次の独裁者エストラーダは1920年まで実権を握り、晩年には奇行の多い暴君と化して議会によって「狂人」と議決され、その4年後に獄中で死亡した。
 次の独裁者は1929年の世界恐慌でコーヒー・モノカルチュア(単一作物生産)経済が破綻した直後の31年に、改革の政治を標榜して大統領に選出された軍人ウビコである。彼は44年に国民の蜂起(ほうき)で追放されるまで15年間実権を握った。独裁者ウビコを権力の座から引きずり降ろした改革運動は、アレバロとアルベンスという2人の大統領の下で、のちに「グアテマラ革命」とよばれる改革の政治を行った。
 1952年に農地改革法を制定した革命政府は、当時グアテマラの可耕地の約半分を所有していた広大なバナナ・プランテーションを経営するアメリカ資本ユナイテッド・フルーツ社と対立。アメリカは社会改革を実施するグアテマラ政府を共産主義政権とみなし、CIA(中央情報局)に介入させて政府を転覆させた。その後文民政権が樹立されるまでの29年間、親米主義を標榜する軍事政権が続いた。
 この軍部による強権政治に反対して立ち上がったのが反政府ゲリラ運動である。1960年に左翼ゲリラ統一組織を結成した反政府運動は、農民・労働者・都市住民の間に支持層を広めていき、82年にグアテマラ全国革命統一連合を結成。86年に民政移管が実現したがその後も内戦状態は続き、ゲリラ活動の激しさに比例して政府軍のゲリラ掃討作戦も残虐さを増し、軍部による拉致(らち)・殺害によって命を失った国民の数は30万以上に上ったとされる。このように戦場となったグアテマラから多くの国民が難民となって隣国メキシコに避難した。91年に国際世論の圧力で両者間の和平に向けた話し合いが始まった。しかし軍部の強い反対から和平交渉は進展せず、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て和平合意が成立したのは96年12月であった。36年間という長い内戦状態に終止符が打たれたのである。[栗原尚子・国本伊代]

政治

三権分立による立憲共和制をとり、現行の憲法は1986年に制定されたものである。国家元相である大統領は18歳以上の国民の投票の過半数を得た政党から選出される。過半数を取得した政党がない場合は、上位2党による決選投票が行われる。大統領の任期は4年で、再選は絶対禁止となっている。議会は一院制で、任期4年の113名の議員で構成される。94年に行われた選挙では、市民団体や労働組合の働きかけで選挙のボイコットが行われ、棄権率はほぼ80%に達した。政党には、この94年選挙で第一党となったグアテマラ共和戦線(FRG)、第2位の国民進歩党(PAN)のほかに、キリスト教民主党(PDCG)、国民中央同盟などがある。大統領には、1993年にデ・レオンRamiro de Leon Carpio(1942―2002)、96年にPANのアルスAlvaro Enrique Arzu Irigoyen(1946― )、2000年にFRGのポルティージョAlfonso Antonio Portillo Cabrera(1951― )、2004年に右派・国民大連合(GANA)のオスカル・ベルシェOscar Bergerがそれぞれ就任した。[栗原尚子・国本伊代]

経済

グアテマラは中米諸国中最大の人口を擁し、多様な自然環境と資源に恵まれている。肥沃(ひよく)な土壌と気候の変化に富む国土のおかげでさまざまな農産物の栽培が可能である農業はグアテマラの基幹産業であるが、製造業を中心とする軽工業も比較的発達しており重要な役割を果たしている。農業は国内総生産(GDP)の25%(1994)、輸出総額の37%を占め、トウモロコシや小麦など国内消費用基礎作物のほかに、コーヒー、砂糖、バナナが重要な輸出産品となっている。グアテマラ・コーヒーは良質のアラビカ種で、中央高原一帯がおもな生産地であり、輸出総額の約20%を占める。
 一方ユナイテッド・フルーツ社が中米地域で最初に進出して栽培したバナナは、当初太平洋岸の低地に拓かれたプランテーションで20世紀の初頭に栽培が始まった。現在ではカリブ海岸地域にバナナ・プランテーションが移動しており、さらに中米地域のバナナの主要生産地はホンジュラスやコスタリカに移っている。その他に比較的多角化された農業部門では、綿花、タバコ、果物、牛肉なども輸出されている。
 工業部門は、1960年代から70年代初めにかけて急成長をとげ、食品、飲料、繊維、衣料などの製造業が中米市場向けに発達したが、中米共同市場(CACM)の停滞と36年におよんだ内戦によって大きな打撃を受けた。しかし中米紛争の終結と域内の安定回復の下で活性化しつつあり、93年には輸出総額の3分の1を工業製品が占めるに至っている。さらに70年代の石油危機後に開発が行われた石油資源は、現在では少量ではあるが輸出するレベルにある。[栗原尚子・国本伊代]

社会・文化

先住民、ラディノladino(混血)、ヨーロッパ系の人々で構成される。国民の42%が先住民からなり、ラテンアメリカで先住民人口が占める割合のもっとも高い国である。先住民はマヤ系民族で、もっとも人口規模の大きいキチェをはじめとして約20の言語集団に分かれている。スペイン語が公用語であるが先住民の固有の言語も広く話されている。マヤ系民族の強い伝統文化とアイデンティティは国民統合を難しくしてきたが、内戦の終結後、多民族・多文化社会を目ざす新しい動きが活発になっている。先住民の伝統的生活様式を捨てた人々および先住民と白人との混血はラディノとよばれ、国民の約50%がこの分類に入る。初等教育6年間が義務教育で、成人の識字率は68%(1999)となっている。国立のサン・カルロス大学は植民地時代の1671年に創設された伝統ある大学。大学生の数は7万を超す(1995)。[栗原尚子・国本伊代]
『細野昭雄・遅野井茂雄・田中高著『中米・カリブ危機の構図』(1987・有斐閣) ▽加茂雄三・細野昭雄・原田金一郎著『転換期の中米地域』(1990・大村書店) ▽石井章編『冷戦後の中米―紛争から和平へ』(1996・アジア経済研究所)』

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世界大百科事典内のグアテマラの言及

【副王制】より

… 16,17世紀には二つの副王領しか存在しなかった。1535年に創設されたメキシコ市を主都とするヌエバ・エスパニャ副王領は現在の北アメリカの南部とメキシコ,それにパナマを除く中央アメリカ全域とアンティル諸島およびベネズエラの沿岸地方を含み,その領土内にはサント・ドミンゴ,メキシコ市,グアダラハラとグアテマラのアウディエンシアがあった。いまひとつは1543年に設置されたペルー副王領で,パナマのほか,ベネズエラ沿岸地方を除く南アメリカ全域を包摂し,リマを主都とした。…

※「グアテマラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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