ネズミ(英語表記)rat
mouse

改訂新版 世界大百科事典 「ネズミ」の意味・わかりやすい解説

ネズミ (鼠)
rat
mouse

一般に齧歯(げつし)目ネズミ亜目Myomorphaに属する哺乳類の総称。南極とニュージーランド以外の世界各地に分布。齧歯目中もっとも繁栄している類で,およそ1065種(学者によっては1800種)がいる。哺乳類中最大のグループで,形態,体の構造,生活場所などはきわめて変化に富む。

 人間社会に半ば寄生して生活するドブネズミクマネズミハツカネズミの3種をふつうイエネズミ,他をノネズミという。

体は多くは小型で,体長が9~20cmのものが大半であるが,最小のものはトビネズミ科のバルチスタンコミミトビネズミSalpingotus michaelis(体長3.6~4.7cm,尾長7.2~9.4cm)で,日本産ではカヤネズミ(体長5.2~7.1cm,尾長5.2~9.1cm)である。最大種は,体長ではホソオフレオミスPhloeomys cumingi(体長28~48.5cm,尾長20~35cm,体重1.5~2kg),体重ではスマトラタケネズミRhizomys sumatrensis(体長48cm,尾長20cm,体重4kg),日本産ではケナガネズミ(体長28cm,尾長37cm,体重630g)。

 リス亜目やヤマアラシ亜目のものより,いっそう硬い物を巧みにかじるのに適応している。そのための咬筋(こうきん)の内層は小さな下眼窩孔(かがんかこう)を通過し,ヤマアラシ類やリス類と違って咬筋の中層が下眼窩孔の外壁(咬板)に達する。これらの下あごを前方に動かす咬筋と,終生のび続けるのみ状の上下1対の門歯とで,硬い物を巧みにかじることを可能にしている。臼歯(きゆうし)は歯冠部が長く,ときに門歯同様に根(こん)がなく,一生のび続ける。5指があるが,前足の第1指は小さく痕跡的。尾はふつう長く裸出し,うろこがある。

ネズミ類は暁新世(6400万~5400万年前)末期に北アメリカに出現したパラミスParamysと呼ばれる,いくらかリスに似た最古の齧歯類に端を発している。齧歯類はおそらく北アメリカでリス亜目,ネズミ亜目,ヤマアラシ亜目の3群に分化した後に,ネズミ類はユーラシアに移り繁栄した。漸新世初頭(3700万年前)にはオナガネズミ科の初期のものが見られる。ヤマネ科の動物も進化しつつあったようで,漸新世(3700万~2400万年前)のヨーロッパにふつうに存在していた。漸新世にはネズミ科(キヌゲネズミ亜科のもの)の原始的なものも出現している。

 中新世(2400万~500万年前)にはヤマネ科がヨーロッパでその進化史上最高に達した。ネズミ科のものも大いに分布を広げたようである。鮮新世(500万~170万年前)の中期にはオーストラリア大陸へも移住を成功させているし,メクラネズミ亜科のネズミが東ヨーロッパから西アジアにかけての地域に出現し,タケネズミ亜科のネズミがアジアで進化するなど,ネズミ類に多様化がみられるのである。これに対し,ヤマネ科のものは衰退し,中新世に出現したものが絶滅したが,新たなタイプのヤマネが出現し,現在まで生き延びているものもある。第四紀(170万年前以降)に入ってすぐにネズミ科のものは爆発的に進化し,現在に至っている。

多くのものは森林あるいは草原に生息し,とくにキヌゲネズミ亜科のハタネズミは草食に高度に適応し,臼歯は歯根がなく終生のび続けるので,硬いセルロースを含んだイネ科植物を主食としても臼歯が磨滅することがない。地中にトンネルを掘ってくらし,中に食物貯蔵庫,巣部屋,便所などがある。ヤチネズミ類もこれに似るが,臼歯は成獣になると歯根を生じ成長が止まる。北極地方のツンドラのクビワレミングや北ヨーロッパの山地の森林にすむノルウェーレミングは周期的な大発生をすることで知られるがこれらもハタネズミに近縁である。

 まったく地下生活に適応したものは,アジアの4種のモグラネズミ(キヌゲネズミ亜科),東地中海地方のメクラネズミ(メクラネズミ亜科),アジアとアフリカの6種のタケネズミ(タケネズミ亜科)などで,目は小さくときに皮下にうまり,耳介もほとんどなく,食虫目のモグラ類に類似する。水生に適応したものも多く,北アメリカのマスクラットやヨーロッパのミズハタネズミ(キヌゲネズミ亜科),オーストラリアとニューギニアのミズネズミ(ネズミ亜科)などがある。モンゴルスナネズミ,東ヨーロッパのハムスター(キヌゲネズミ亜科),オーストラリアのノトミス(ネズミ亜科),サバクヤマネ(サバクヤマネ科),サハラから中央アジアの30種ほどのトビネズミ(トビネズミ科)などは,砂漠や乾燥地に適応したもので,多くはカンガルーのように後脚が大きく,ジャンプで前進する。このほか森林の林床や樹上で生活するものはきわめて多い。

 ネズミ類は一般に夜行性で,昼は地下や樹洞などにある巣に潜む。ふつう一定の通路があり,嗅覚(きゆうかく)とひげの触覚を利用して歩き回り,食物を探す。食物は葉,茎,地下茎,樹皮,穀物,果実,木の実などの植物質を主食とするものが多く,鳥の卵や雛,魚,死肉をも食べる雑食性のものや,昆虫を食べるものもある。繁殖習性も変化に富むが,一般に早熟多産である。ドブネズミのように1産1~18子,妊娠期間が21日前後,年に数回出産し,人間生活に直接害を与えるものや,大発生して森林や耕作地に大害を及ぼすハタネズミなどもあるが,南西諸島のケナガネズミトゲネズミなどのように個体数が少なく,絶滅が心配されているもの,アンティル諸島ガラパゴス諸島のコメネズミのようにすでに絶滅したものもある。また,ラット(ラッテ),マウスをはじめゴールデンハムスター,スナネズミ,キヌゲネズミコトンラットなど,医学,生物学の実験動物として役だっている種類も少なくない。

なお,ホリネズミポケットゴファー),カンガルーネズミポケットネズミなどはネズミの名があるがリス亜目に属し,真のネズミではない。同様のものにヤマアラシ亜目のアフリカアシネズミイワネズミデバネズミ,ハダカネズミなどがある。また,ジネズミトガリネズミカワネズミジャコウネズミなどもネズミと呼ばれるが,これらはまったく別の分類群である食虫目トガリネズミ科に属する。古くから日本では主として地上生の小獣をネズミと総称したようである。
執筆者:

家ネズミは人類と共生し,その食糧の一部を得て生活するので古来その活動に人々は注意をはらった。古代にも高床倉庫の柱の上部に平板をとりつけたネズミ除けが登呂遺跡などで発見されることから,その被害は多かったと思われ,現代の民俗でも八丈島その他の高床倉に同様の構造が認められる。また梁から縄を下げ食料品をつるして蓄える土地では,縄の中途に円板を通してネズミがつくのを防ぎ,これをネズミ返しと呼んでいる。このようにネズミは大きな害敵であったので,時を定めて食物を供え,そのきげんをとり結ぶことで被害を避けようとする行為が習俗化したらしい。例えば関東地方の山間ではネズミフタギといって秋の作物収穫後に餅を畑に埋めたり,ぼた餅をつくってそれをこの名で呼ぶ。また,年の暮れに秋田県の鹿角地方や長崎県五島で小餅や塩などを,米櫃(こめびつ)などよくネズミのでそうな場所に供えるのを,ネズミノトシダマなどと呼んでいるのは,長野県北安曇郡でネズミノトシトリというのと同じく,家内の霊ある動物にも人と同様に餅を与えるものと考えたからであろう。とくに鼠害が多い場合には生きたネズミをいくつかとらえ,俵におさめて若者が担い,村人たちが総出で列をつくって村境まで送る。これを福島県南会津郡で〈ネズミ送り〉といい,伊豆半島でも鉦(かね)太鼓ではやしたててネズミを海に投げ入れた。これらはネズミの害を作物の害虫や流行病と同じく,悪霊のしわざとみたからであろう。

 ネズミに霊性を認めることから転じて,その挙動によって禍福(かふく)の予兆を判断しようとすることが行われた。《古事記》には大穴牟遅神(大国主神)が野火にかこまれたとき,ネズミが地下の空洞を教えて難をのがれた話がある。これはネズミが火災を予知すること,地下に生活し地中の世界の主人公であることを,古人が考えていたことを示す。したがって,昔話の中にも,地中の穴にころげ込んだ団子を追って地下に入った老爺が,ネズミに歓待されて善い報いを得る〈鼠浄土〉の話が伝えられることになるのであろう。火を予知する能力についても,現代まで伝承されて火災,地震,洪水などに際して,その大規模な移動があったり,まったく姿を隠した後に再び出現するなどといわれる。《日本書紀》《続日本紀》などから近世の随筆類に至るまで,これに関する現象が多数記載されている。これらの事象はネズミについての感覚が,古来多くの人にとって特殊な意識を呼び起こすものであったことを示し,これをその本名で口にすることを忌む民俗を発達させたとみられる。各地に残るヨメ,ヨモノ,ヨルノトノ,オフク,ムスメなどという忌詞(いみことば)はそのなごりであり,ついにはこれを福の神,大黒天の使者とまで考えさせるようになった。
執筆者:

中国では,ネズミは俗語で老鼠または耗子という。耗子とは食物,衣服,家具の類をかじって消耗させるやつという意味で,よくネズミの習性をいい得ている。食物はともかく,衣服・調度をかじられては困るので,これに対処するため,除夜には空室内に食物を用意してネズミに提供し,それでネズミの害を免れるという風習があった。また俗説によれば,除夜はネズミが嫁入りをする晩であるとして,まんじゅうの上に造花をさして空室や寝台の下などに置き,消灯して早寝をし,子どもたちには〈老鼠做親〉(ネズミの嫁入り)を見るのだといってだます。その婚礼の行列のさまを描いた年画(新年用版画)も行われた。さらに旧暦1月15日の元宵節の晩には階段の下や倉庫のあたりに多数のろうそくを立て,除夜に結婚した婿を迎えるのを照らす。そうしないと暗いので物をかじられるとした地方もある。これらは鼠害を避ける意味から始まった俗習で,日本にもネズミの嫁入りの話はあるが,実際の民俗行事としたところはないようだ。
執筆者: 古代中国では家ネズミの雄を薬用にした。肉は虚弱や衰弱,小児の疳癪,やけど,折傷,凍瘡,瘡腫,サナダムシの治療などに内服したり,煮て食べたり,塗布薬として用いたりした。また,肝臓は身体にささった矢じりが出ない場合に,搗(つ)いて塗った。脂は他の薬剤と混ぜて耳に塗り,難聴の治療薬として用いた。ネズミを羹(あつもの)にして食べると美味だといっているのは汝州梁の人,孟詵(もうせん)である。ただし,5~6世紀の本草書にはネズミの用例はない。なお,日本の《大同類聚方》の写本の一つ,出雲本の薬名の部には袁禰豆美(牡鼠)が挙げられている。
執筆者:

ネズミは古代インドやエジプトで夜のシンボルとされ,ギリシアでは破滅と死のシンボルであった。中世にはキリスト教の布教とともに悪魔や魔女と結びつく。魔女はネズミに姿を変えたり,ネズミをつくることができるとされ,魔女裁判の記録には魔女の告白したネズミづくりの処方も残されている。中世を通じてネズミが異常に繁殖するのは大きな災害,ことに伝染病の前兆と信じられ,たとえば14世紀にペストがはやったとき,魔女との疑いでつかまった者は裁判でネズミをつくったかどうか問いつめられたという。ネズミ,死,ペストは中世では同義語であった。後世ネズミが衣服やベッドをかむと死が近い前兆とされたり,夢に死んだネズミを見ると親戚のだれかが死ぬという俗信ができたのは上のことと関係する。死ぬと人間の魂はネズミの姿となって肉体をはなれるとされ,伝説やメルヘン,ゲーテの《ファウスト》などにもその反映が見られる。眠っている子どもの口を閉じないと,魂がネズミになって出て行くともいわれる。

 ネズミにまつわる伝説は,ネズミの害から人々を守ってくれるという聖女ゲルトルートGertrud(祝日3月17日)の話をはじめ非常に多い。ドイツのビンゲンの〈ネズミの塔〉の話は,飢えた民衆を焼き殺させた冷酷な僧正が異常発生したネズミに食い殺されるという内容。北ドイツの〈ハーメルンの笛吹き男〉の伝説は,ネズミの害に手を焼いたこの町を訪れたまだら服の男が,報酬を約束した市民に笛を吹いてネズミを全滅させたが,違約に腹を立て4歳以上の子どもたちを山へつれて消え去るというものである。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

栄養・生化学辞典 「ネズミ」の解説

ネズミ

 ラット(→ラット)といわれる動物,マウス(→マウス)といわれる動物いずれも「ネズミ」と通称する.げっ歯目真鼠亜目ネズミ亜科の小動物.実験動物として使われる.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のネズミの言及

【実験動物】より

… 実験動物あるいは実験用動物としてよく使われる動物種には次のようなものがある。(1)マウスmouse 齧歯(げつし)目ネズミ科ハツカネズミ属の動物で,代表的な実験動物。白色で赤目のアルビノが多いが,黒色,野生色の系統もある。…

【ハツカネズミ(二十日鼠)】より

…マウスとも呼ばれ,齧歯(げつし)目ネズミ科に属する(イラスト)。原産地は地中海地方からアジア中部,中国に至る地域と考えられているが,現在では熱帯から極地まで人間の住むところのすべてに分布。体長6.5~9.5cm,尾長6~10.5cm,体重12~30g。体背面は灰褐色で,腹面は野生または半野生の亜種では純白色,住家生のものでは背面よりわずかに淡色。人家やその周辺の田畑,原野,森林にすみ,夜も昼も45~90分を周期に活動する。…

【実験動物】より

…医学,生物学の研究のための動物実験やバイオアッセー(生物検定)に用いることを目的に育種された動物。代表的なものとしてはマウス,ラット,モルモット,ハムスターなどがあげられる。 従来,実験動物の呼称は広く〈実験に使用される動物〉の意味で使われていたが,このなかには実験動物のほかに家畜や野生動物も含まれており,これらはまとめて一般に実験用動物と総称される。野生動物や農用家畜は実験動物として合目的的に育種されたものではなく,自然界から捕獲したり,他の目的で改良した家畜を転用したもので,実験用動物ではあるが実験動物とは区別される。…

【昔話】より

…民間説話,あるいは口承文芸の一類。
【日本の昔話】
 冒頭に〈むかし〉とか〈むかしむかし〉という句を置いて語りはじめる口頭の伝承で,土地によってはムカシあるいはムカシコと称される。
[昔話の概念]
 昔話は伝説世間話とともに民間に行われる代表的な口頭伝承の一つである。これを始めるに際しては,必ず〈むかし〉とか〈むかしむかし〉の発語があり,またこれの完結に当たっては〈どっとはらい〉とか〈いっちご・さっけ〉あるいは〈しゃみしゃっきり〉といった類の特定の結語を置いた。…

【養蚕】より

…蚕室内で蛇を見かけると青竜の降臨として供物を供えて祭る。また蚕はネズミを忌むとして家に猫を迎える習俗もあり,ネズミよけのまじないとして泥塑(でいそ)の猫を買って供えることもあった。蚕の季節になると,家人以外の者が蚕室に出入りしたり大声で呼んだりすることを忌み,門に紅紙をはって禁忌とするなど,養蚕に関する俗信や俗習は多い。…

※「ネズミ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

ぐんまちゃん

群馬県のマスコットキャラクター。人間だと7歳ぐらいのポニーとの設定。1994年の第3回全国知的障害者スポーツ大会(ゆうあいピック群馬大会)で「ゆうまちゃん」として誕生。2008年にぐんまちゃんに改名...

ぐんまちゃんの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android