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ヒンドゥー教美術 ヒンドゥーきょうびじゅつHindu art

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヒンドゥー教美術
ヒンドゥーきょうびじゅつ
Hindu art

主としてインドの後グプタ朝 (5~6世紀) 以降,インド各地に建造されたヒンドゥー教の神々を祀る石窟,岩石,石積の諸寺院と,その内外の壁面を飾る神像および装飾彫刻をさす。ヒンドゥー教美術の萌芽は古く,紀元前にまでさかのぼる説やインダス文明との関連を指摘する説もある。クシャン朝 (1~4世紀) のマトゥラから多数のヒンドゥー教神像が出土し,のちのヒンドゥー教図像の展開を考察する手掛りを与える。グプタ朝に入り,仏教美術の伝統を継承しつつ,東マールワーから中インドにかけて,民間信仰も吸収し大きく展開をとげた。ウダヤギリ石窟 (5世紀) の彫刻は,こののちヒンドゥー教美術を支配する躍動感を漂わせている。後グプタ朝から初期チャールキヤ朝 (6~9世紀) にかけて本格的な造形活動を開始し,主として二大神シバ,ビシュヌに関する神話に題材を取った浮彫が寺院壁面を飾った。遺跡には初期チャールキヤ朝の都バーダーミ,パッタダカル,アイホーリやパッラバ朝の都カンチプラム,マハーバリプラムがある。エローラ石窟 (14~29窟) はヒンドゥー教美術の宝庫の観がある。東インドにはナガラ型 (北部型) 寺院として知られるヒンドゥー教寺院が,8~13世紀にかけてブバネスワル,プリー,コナラクに建造され,美しい外観を呈している。 10世紀にはカジュラーホに多数の尖塔寺院が建造され,外壁は官能的なミトゥナ像で飾られた。中世後期には彫像よりも建造物がすぐれている。チョーラ朝 (9~13世紀) にはすばらしい青銅神像も数多く制作された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ヒンドゥーきょうびじゅつ【ヒンドゥー教美術】

ヒンドゥー教の思想に基づき,諸神を賛嘆するために,あるいは儀礼上の必要から,また教化の手段として制作された美術で,広義にはヒンドゥー教に先行するバラモン教の美術や非アーリヤ人の民間信仰の美術をも含み,インドおよびその周辺地域で行われた。バラモン教の供犠(ヤジュニャ)では神像も神殿も必要としないため,造形美術の展開する余地はなかったが,ブラフマー(梵天),インドラ(帝釈天),スーリヤ(日天)などのバラモン教の神々は仏教の守護神として紀元前から造像されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヒンドゥー教美術
ひんどぅーきょうびじゅつ

7、8世紀を頂点に、インド全域に広まって現代まで続いているヒンドゥー教に伴う美術表現。仏教、イスラム教とともにインド美術史のなかで大きな比重を占めている。
 本格的なヒンドゥー教美術の出現は、インドで仏教美術が衰退期に入るグプタ朝(4~6世紀)後半からで、以後13世紀ごろまでの数百年間がその発展期である。イスラム軍の侵攻により、北インドでは13世紀以降みるべき遺構はないが、南インドでは近代に至るまで美術活動が続けられ、インド以外でもパキスタン、アフガニスタン、カンボジア(アンコール・ワットがもっとも著名)などに遺構がみられる。
 仏教の真髄は究極には行動を抑制し、冥想(めいそう)によって内に沈潜し、仏の心に近づこうとするところにあり、インドの仏像にはこうした精神を表現したものが多いが、ヒンドゥー教の神像は静止の状態もあるがむしろ行動的で、外に向かって神格を発揮する姿態を表現したものが大部分である。ヒンドゥー教の神像にみられる多面多臂(たひ)の表現も、神々の力、すなわち自然力の外に向かっての働きを具体的・現実的な形によって示すためである。また、ヒンドゥー教では自然力を創造、保存、破壊の三つとみなし、それぞれにブラフマー、ビシュヌ、シバの3神をあてるが、さらにこの3神は自己の力を最大に発揮させるために、さまざまな異なる姿になって活躍する。この3神の変身がさらに数多くの神々を生むため、造型的にもヒンドゥー教の彫像は多様にして複雑な様相を示すようになった。
 遺品からみた初期ヒンドゥー教の神像は、古代インドの仏教美術のなかで、ヤクシャ、ヤクシー、ナーガ(大蛇)などが仏陀(ぶっだ)の守護神として現れる。いずれも土着の民間信仰に起源をもつが、アーリア的なベーダの宗教(バラモン教)によるものにインドラ、スーリヤ(太陽)などがある。そこで、自然のあらゆる事象を神格化するヒンドゥー教は、肉体の力の発現を神の力につながる自然のエネルギーとみなし、そのため肉体をことさら豊満に表現する。ヒンドゥー教美術にみられる男女一対の像をミトゥナ像とよぶが、これは男女の肉体的結合、つまり性的な喜びを単に感覚的なものとみなさず、実体的な神と一体になる宗教的歓喜を体現するものと考えるものであり、エロティシズムにあふれているが、肉体性と精神性が表裏一体をなすものとしてともに肯定される宗教上の特質をよく表している。このインド彫刻の華ともいうべきミトゥナ像が豊富にみられるのは、北インドのカジュラーホの石造寺院群とコナーラクのスーリヤ寺院とである。
 神像と並んでヒンドゥー教美術を代表するのは寺院建築である。本尊を祀(まつ)る神殿のある本殿の上部に、シカラと称する高塔があり、北型のものでは高さ50メートルを超えるものがあるが、南型の寺院では高いシカラをつくらず、多くはピラミッド形の屋根をもつ本殿がつくられる。石窟(せっくつ)寺院では、ヒンドゥー教最古のウダヤギリのほか、ラーシュトラクータ朝(8~10世紀)のエローラ、エレファンタなどのものが知られている。いずれも神像や、神話を題材にした浮彫りでところ狭しと飾られているが、これは、仏教寺院が宗教活動の場であるのに対し、ヒンドゥー教では神々の住居という性格があるためである。[永井信一]

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