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マイヨール Maillol, Aristide

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マイヨール
Maillol, Aristide

[生]1861.12.8. バニュルスシュルメール
[没]1944.9.27. バニュルスシュルメール近郊
フランスの彫刻家。初め画家を志し,1882年パリに出てエコール・デ・ボザールを受験したが落第,1886年まで聴講生として絵を学んだ。タペストリーに興味をもち,1893年故郷に小さい織物工場を開いたが,視力を害して断念し彫刻に専念。 1894年ゴーガンと出会って勇気づけられ,1900年頃にはナビ派のグループと交わり作品を発表。青銅や大理石の作品も制作し,1905年に坐像の裸婦『地中海』 (1902~05,ニューヨーク近代美術館) で彫刻家としての評価を確立。 1909年にギリシアを旅行し,帰国後は女性裸像をモチーフとした純粋造形の世界を追究。交通事故で死亡。主要作品『欲望』 (1905~07,ニューヨーク近代美術館) ,『イル・ド・フランス』 (1921~25) など。

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デジタル大辞泉の解説

マイヨール(Aristide Maillol)

[1861~1944]フランスの彫刻家。裸婦像の傑作を多く制作。作「地中海」など。

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百科事典マイペディアの解説

マイヨール

フランスの彫刻家。地中海に面するバニュルス・シュル・メール生れ。初め画家を志し,アンデパンダン展に第1回から出品。1894年ゴーギャンを知り,ナビ派と交わる。このころからタピスリーを試み,陶器,彫刻も始める。40歳で彫刻に専心。女性の肉体を豊かな量感のうちに表現し,地中海を思わせる静かな調和をもつ作品を発表し,ロダン以降の20世紀彫刻を代表する一人となった。代表作に《地中海》(1902年―1905年),《イル・ド・フランス》(1920年―1925年)などがある。ウェルギリウス《農耕詩》などの挿絵(1925年)も手がけた。
→関連項目コルベ彫刻の森美術館メシュトロビチレーンブルック

マイヨール

素潜(すもぐ)りのスペシャリストとして知られるフランスの海洋生物学者。水深100mを突破した最初の人。彼の創意・工夫による特別なトレーニングによって自らの身体を素潜り用に加工し,成功。彼が実証するまでは,呼吸を2分以上停止すること,および水深30mを超して潜水することはきわめて危険である,というのが学会の定説であった。彼はイルカと一緒に泳ぎたい一心で,自らの身体をイルカに近づけるべく努力する。そのための主たる方法が,いわゆる瞑想(めいそう)系身体技法と呼ばれるもので,座禅やヨーガなどの瞑想に取り組む。その結果,彼の身体は瞑想時には安静時のエネルギー代謝率(基礎代謝率)よりも低い値を示すようになる。例えば,彼が瞑想に入って数分後には呼吸数も脈拍数も血圧も,すべて彼の安静時の値よりも低くなってしまう。このようにして,消費エネルギーを意のままに減少させることができるようになって初めて,2分以上の呼吸停止と水深30mの突破に成功する。これを突破口にして,彼はさらに身体を加工していく。 1976年,50歳の時に,イタリアのエルバ島沖で水深100mの素潜りに成功する。呼吸停止時間は3分40秒。56歳で105mに成功。その超人ぶりは世界を驚かせた。さらに彼は,瞑想を繰り返すことによって深い禅定(ぜんじょう)に入ることができるようになると,それに比例してイルカに接近することも可能となることを実証する。今日では,イルカのこころ,イルカの直感力で海中を観察することによる,新しい〈知〉の地平の拡大に取り組んでいる。彼のこうした実験は,人体に秘められた無限の潜在能力の存在を予感させるに十分である。映画《グラン・ブルー》(1988年)や著書《イルカと,海へ還る日》(1983年)をとおして,マイヨールの到達した時空は世界的に知られるところとなった。

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世界大百科事典 第2版の解説

マイヨール【Aristide Maillol】

1861‐1944
フランスの彫刻家,画家。スペインとの国境に近い地中海の漁港バニュル・シュル・メールBanyuls‐sur‐Merに生まれる。奨学金を得てパリに出,エコール・デ・ボザール(国立美術学校)でジェロームとカバネルに師事するが,むしろ印象主義,あるいは1894年に友人を介して知りあったゴーギャンたちの影響を受け,ナビ派風の装飾的構図で油彩,タピスリー下絵を描く。しかし,1893年彼自身が故郷に創設したタピスリー工場での作業で視力を弱くし,98年ころより独学で彫刻を始める。

マイヨール【Jacques Mayol】

1927‐2001
素潜りで水深100mを突破した最初の人。海洋生物学者。上海に生まれ,幼少時に日本でも暮らしたことがあり,東洋の文化や精神世界に造詣が深い。自らヨーガや座禅にも取り組む。このような瞑想的身体技法の修練をとおして身体の新たな可能性が開けることを自らの実践によって証明した。それが〈イルカとの交信〉であり,〈素潜り〉であった。 イルカとの最初の出会いは九州・唐津の海で,10歳のときであった。以後イルカに強い関心を持つようになり,海洋生物学者をめざす。

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大辞林 第三版の解説

マイヨール【Aristide Maillol】

1861~1944) フランスの彫刻家。ギリシャ古典彫刻と近代フランスの感覚を融合させた作風で、裸婦の彫刻に豊かな表現を示した。代表作「地中海」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マイヨール
まいよーる
Aristide Maillol
(1861―1944)

フランスの彫刻家。スペイン国境に近い南フランスの地中海沿岸バニュルス・シュル・メールに生まれる。初め画家を志して1881年にパリに出るが、エコール・デ・ボザールの入学試験に失敗を重ね、85年ようやく入学を許され、ジェロームとカバネルの教室に入る。やがて平面性を強調するゴーギャンの作品から影響を受けるに至り、ゴーギャン芸術を信奉する若い画家のグループ、ナビ派と親交を結んでその一員となる。ナビ派の装飾的構図にひかれてタペストリーにも興味をもち、その制作に自らの進むべき道をみいだそうとした。しかし細かい仕事がたたって目を病み、1900年には断念せざるをえなくなった。彼は不惑を迎えようとして迷い、模索を続けたが、結局1895年ころから手がけていた彫刻に転じた。1902年、画商ボラールのもとで最初の個展が開かれ、このときロダンがブロンズの小像『レダ』を激賞した。以来、彫刻を天職と自覚したマイヨールは大作に挑み、05年のサロン・ドートンヌに『地中海』を出品、その豊かで気品に満ちた重量感、調和にあふれた静かな構成は、ジッドやミルボーらの賞賛するところとなり、現代彫刻の革新者としての名声を確立した。
 マイヨールの彫刻は、ロダンの作品にみられるニュアンスに富んだ肉づけと劇的な構成とは対照的に、単純明快で滑らかな面によって構築され、豊かなボリュームを生み出している。その古典的な静謐(せいひつ)さは地中海文化の人間性に源を発し、普遍性、永遠性にも通じるものを感じさせるが、そこにはまごうかたなき現代性が刻印されている。彼は生涯を通じてあらゆる注文に女性の姿をもってこたえた。彼においてはあらゆるものが、あらゆる観念が女性の肉体として現れる。交通事故にあい、バニュルスの自宅で没した。[大森達次]

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世界大百科事典内のマイヨールの言及

【潜水】より

…しかしその時間と水深はきわめて限られたものである。素潜りの世界記録としてはフランスのマイヨールJacques Mayolが1976年にエルバ島沖で3分40秒間潜水し,水深100mに達したことがあるが,これはあくまで異例である。長時間水中にとどまるために開発された最初の道具は潜水鐘(ダイビングベル)である。…

※「マイヨール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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