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モア モア More, Hannah

17件 の用語解説(モアの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モア
モア
More, Hannah

[生]1745.2.2. グロスターシャー,ステイプルトン
[没]1833.9.7. ブリストル
イギリスの女流劇作家,小説家,社会運動家。名優ガリック夫妻と親交があり,その作品はガリックによって上演された。 E.R.モンタギューを中心とする才女のグループブルーストッキング」の一員で,貧民救済に尽し,政治パンフレットでも知られる。

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モア
モア
More, Henry

[生]1614.10.12. グランサム
[没]1687.9.1. ケンブリッジ
イギリスの哲学者,宗教詩人。ケンブリッジ・プラトニストの一人。ケンブリッジ大学の学生時代にプラトンおよび神秘主義者 J.ミードの著作に接し決定的な影響を受けた。当初はデカルト支持者でデカルトとの往復書簡も残されているが,のちにその機械論的自然観が無神論にいたるとして反対し,J.ベーメなどの影響からカバラ哲学に向った。

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モア
モア
More, Paul Elmer

[生]1864.12.12. セントルイス
[没]1937.3.9. ニュージャージープリンストン
アメリカの批評家,古典学者。ワシントン大学卒業。ハーバード大学などでサンスクリット語古典文学を教えたのち,1901年ジャーナリズムの世界に入り,『ネーション』誌の主幹 (1909~14) をつとめた。

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モア
モア
More, Sir Thomas

[生]1478.2.7. ロンドン
[没]1535.7.6. ロンドン
イギリスの人文主義者,政治家。裁判官の子に生れ,オックスフォード大学に学んだのち,ロンドンで法律を修めた。裁判官,次いで政治家として活動するかたわら,古典を研究し,エラスムスルネサンス期の人文主義者と親交を結び,エラスムスの『痴愚神礼賛』はモアの家で執筆された。

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モア
モア
Dinornithiformes; moas

モア目の鳥の総称。かつてニュージーランドに生息していたが,14世紀にはほとんど絶滅していたと考えられている。遺物を調べ,以前は雌雄や生息時期により大きさが異なるものは異種とみなされ,20種以上もいたと考えられたが,発見されている骨の遺伝子による研究から,今日では 3科 9種に分類されている。

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デジタル大辞泉の解説

モア(moa)

ダチョウ目モア科の絶滅鳥。ニュージーランドから約30種についての化石が知られ、大形のものは体高約3.5メートルダチョウに似て、飛べない。17、8世紀まで生存していた。恐鳥。

モア(more)

多く複合語の形で用い、もっと多く、いっそう、の意を表す。「―チャンネル(=CATVによる多局受信)」

モア(Thomas More)

[1478~1535]英国の政治家・思想家エラスムスと親交をもち、1516年、理想的国家像を描く「ユートピア」を発表。のち、大法官に任ぜられたが、カトリック教徒の立場からヘンリー8世の離婚に反対し、投獄、処刑された。トマス=モア。

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百科事典マイペディアの解説

モア

英国の人文主義者,政治家。エラスムスと親交を結び,その影響を強く受けた。国王ヘンリー8世の信任を得て,下院議員ののち大法官となったが,カトリックの信仰を固持したため,反逆罪に問われ刑死した。
→関連項目オックスフォード大学カンパネラ社会主義人文主義痴愚神礼讃ホルバイン[一族]ロンドン塔

モア

恐鳥とも。独特のモア目に属し,20種ほどが区別される。ニュージーランド産の大型走鳥で,最大種は頭頂までの高さ3m余,体重250kg,卵の大きさ25cm×18cmといわれる。
→関連項目絶滅動物

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デジタル大辞泉プラスの解説

モア

株式会社資生堂が販売する香水のブランド名

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世界大百科事典 第2版の解説

モア【moa】

ダチョウ目(またはモア目)モア科Dinornithidaeの鳥の総称。キョウチョウ(恐鳥)ともいう。この科は,大きさやくちばしの形が異なる6属約19種からなり,ニュージーランドの南北両島に限って生息していたが,おそくとも19世紀の初めころまでにはすべての種が絶滅した。モアは,マオリ族がつけた名といわれる。一見エミューに似た大型の走鳥類で,最大種Dinornis maximusは頭高約3m,体重250kgに達したと考えられている。

モア【Hannah More】

1745‐1833
イギリスの女性作家。ブリストル近郊の慈善学校長の娘。ロンドンへ出て,俳優D.ギャリックの世話を受け,E.バークやS.ジョンソンおよび〈ブルーストッキング〉の女性たちと交わり,詩や戯曲を創作した。しだいに福音派の運動にひかれ,社会および宗教の改革を志して多くの論文を発表。改革運動のための小冊子《廉価パンフレット》(1795‐98)の企画は全国的支持を受け,〈宗教小冊子協会Religious Tract Society〉創立(1799)の因となった。

モア【Henry More】

1614‐87
イギリスの哲学者,詩人。プラトン哲学の神秘的局面を強調するケンブリッジ・プラトン学派の代表的人物で,カバラ研究家としても重要。初めデカルトの哲学に傾倒していたが,やがてその心身二元論が機械的自然観や無神論に人を導くことを見抜き,イデアの実在性と魂の不死性を根拠にデカルトに論戦を挑んだ。デカルト哲学の制覇とともに,彼の哲学は時代から取り残されていったが,その形而上学的な心境は詩として残され,J.ウェスリーやS.T.コールリジなど後世の宗教家,文学者に多大の影響を与えている。

モア【Thomas More】

1477‐1535
イギリスの人文主義者,政治家。ロンドンの法律家の子として生まれ,国王の側近であったカンタベリー大司教ジョン・モートン家に小姓として生活するあいだに,カトリックの正統的教義の基本を習い,また訪問客を通じて政治の世界に眼を開かれたオックスフォードに進学してルネサンス人文主義の新学問に触れたが,父の意志により中退してロンドンのリンカン法学院に移る。この時期にカルトゥジア会での修道生活も経験し,聖俗いずれの道に進むか悩むが,結局は弁護士の道を選び,エラスムスやJ.コレットなどの人文主義者との交友も続ける。

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大辞林 第三版の解説

モア【moa】

ダチョウ目モア科の鳥の総称。絶滅した走鳥類で、二十数種が知られる。ニュージーランド産の、ダチョウに似た鳥。最後の種は一九世紀初頭まで生き残っていたらしい。最大のものは体高約3.5メートル、卵の重さは4、5キログラムもあったという。恐鳥。

モア【More】

〔Henry M.〕 (1614~1687) イギリスの哲学者。ケンブリッジ-プラトン学派の一人。新プラトン派やデカルトから影響を受け、生得観念を認める立場から神の存在論的証明を行なった。
〔Thomas M.〕 (1478~1535) イギリスの政治家・社会思想家。ヘンリー八世に重用され大法官となるが、カトリック教徒として英国教会の分離を認めず辞任。反逆罪に問われ刑死。人文主義の立場から「ユートピア」を著し、当時のイギリス社会を批判した。

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(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のモアの言及

【ニュージーランド】より

…【百々 佑利子】
【歴史】

[マオリ族の移住]
 17世紀中ごろ,欧米人に〈発見〉される以前に南・北両島に住んでいたポリネシア系住民マオリ族は,2回に分かれて東ポリネシア(現在のフランス領ポリネシアの諸島)から移住したと推定されている。初期の移住者はモア・ハンターと後世呼ばれ,8世紀ごろカヌーや漂流によって,ニュージーランドに住みついた。モアはポリネシア語で〈家禽(かきん)〉を意味し,南・北両島の草原にいた,翼がなく人間の背丈と同じくらいの大きな鳥で,当時のマオリは石器を使う狩猟・漁労民族だった。…

【ケンブリッジ・プラトン学派】より

…17世紀後半のイギリスで,プラトン主義の再興によってルネサンス的人文主義とキリスト教神学の相克を融和しようとした一群の思想家の総称。創唱者のウィッチコートBenjamin Whichcote,その弟子のカドワース,H.モア,スミスJohn Smithなどがケンブリッジ大学に拠っていたのでこの名がある。当時,道徳の起源が論争の的になっていた。…

【ユートピア】より

…現実には存在しない,理想的な世界をいい,理想郷,無可有郷(むかうのさと)などと訳される。ギリシア語を手がかりとして〈どこにもないou場所topos〉と〈良いeu場所topos〉とを結びつけたT.モアの造語。ユートピアの観念は,人間の自然な感情として普遍的にいだかれうるものであるが,同時に特定の内実をもった思想的表明,もしくは運動をもうみだす。…

【ラテン・アメリカ】より

…次々と遭遇する新しい土着言語の習得,宣教とは正反対の利益を追求する先住民委託制度(エンコミエンダ)などの世俗的行為との対立,土着宗教の根強い抵抗,新しい植民地社会の生成などである。それでも中世以来の終末論,おりからスペイン教会に広く受け入れられていたエラスムスの人文主義,さらにはトマス・モアのユートピア思想などに鼓舞された宣教師は教会史上最も大規模な仕事のひとつに憶せず取り組んだ。彼らはこの過程で相当数の土着言語の辞書を作り,また消滅に追いこまれた土着文化に関する今日なお貴重な記述を残した。…

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