著者を偽ったり,有名な書籍に似せて作った著書。制作の目的は,有名な人物の名によってその著書の権威を高め,または自己の立場,主張を強化するために行うものである。また文芸的趣味のため,権力に関係なく仮託するものもある。中国では古くから偽書が多いが,日本では上古景仰意識の起こった平安末から鎌倉時代にかけて仮託が行われ,聖徳太子撰《先代旧事本紀》も平安時代の偽書であろうといわれている。聖徳太子には〈十七条憲法〉をはじめ著作が多い。《天皇記》《国記》は太子と蘇我馬子の合作と伝えられているが,現物もなく,おそらく仮託であろう。神道家の権威を高めるために,有名な人の作とするという手段が援用されたものである。鎌倉時代に外宮の度会(わたらい)氏は内宮の荒木田氏と対等の地位を得るために,多くの書を渉猟して研究の結果を述作した。それを集成したのが《神道五部書》で,主として度会行忠の作と知られている。最も古い《倭姫命世記(やまとひめのみことせいき)》は宣命体を用いた。他の4部には随所に儒仏老荘の混交がある。従来北畠親房の述作と伝えられている《東家秘伝》と《元元集》の2書も度会家の家説の色が濃い。このように鎌倉時代には有名な著書に仮託が多く行われた。それ以後仮託書はいよいよ多くなっていった。室町時代初めの学僧玄慧は,《庭訓(ていきん)往来》《遊学往来》《喫茶往来》など一連の往来物の作者に擬せられているが,当時天台僧都で朱子学を伝え,禅にわたっていたその名声によるものであろう。江戸時代にはますます激しくなるが,そのうち大事件は,館林広済寺住職潮音と浪人永野采女の偽作《先代旧事本紀》72巻で,志摩の伊雑宮(いぞうのみや)神主の依頼で天照大神の本拠を伊勢から志摩に乗っ取る謀略であった。潮音らは1682年(天和2)に処罰された。また江戸時代には諸侯の先祖を飾るため戦記物の偽作が横行し,系図がみだれた。佐々木氏郷(沢田源内)は《江源武鑑》《大系図》《倭論語》の版本その他,写本の偽書を流行させた。《三河後風土記》《徳川歴代》の2書は,著者不詳で流行している偽書で,徳川家歴代の功績賛美のために作ったものである。その横行は伊勢貞丈の《安斎随筆》その他,小宮山昌秀(楓軒)の《偽書考》《楓軒偶記》に書かれている。
執筆者:彌吉 光長
中国においては,種々の場合があって厳密な定義は困難である。たとえば仏教や道教の経典は,それらを実際に教祖たちが説いてはいないことからいえば,大部分が偽書ということになろう。しかし普通はこれら経典を偽書だと言い立てることはしない。仏教の場合,偽経と呼んで弁別されるのは,外来をよそおいながら実は中国で撰述された《父母恩重経》などの経典のみである。仏教,道教以外の一般の書物についても,古くより伝来するものは,その多くが多かれ少なかれ内容が原本とは異なり,その標題や著者名の点でも問題のある,厳密にいえば偽なる部分を含んでいる。偽書とはその偽なる部分が大きく,意図的な作偽によるものを指すといえよう。儒家の経典でいえば,とくに問題になるのは《尚書(書経)》であるが,《論語》《孝経》の孔安国注など注釈にも偽造されたものがある。歴史書では《竹書紀年》に今本と古本との問題があり,諸子百家の《列子》もその大部分が戦国時代の列禦寇の著でないというところからいえば偽書となろう。こうした各種の書物のもつ問題点については,張心澂《偽書通考》や姚際恒(黄雲眉補証)《古今偽書考》などに詳しい。
宋代以降,とくに明・清時代になると,出版元によって営利の目的から標題が内容に一致しないなどの一種の偽書が多く作り出される。それ以前には,学説の伸長が政治権力と結びついているという状況のなかで,偽作がより大がかりに行われていた。すなわち各学派は,国家の保護を受けんがため,自説に都合のよい経典や注釈を偽造して他派を論破しようとするのである。《偽古文尚書》の出現がその典型例となろう。魏の王粛一派は,後漢以来勢力をもっている鄭玄(じようげん)の学説を打ち破るべく,自派に都合のよい《孔子家語(けご)》《孔叢子(くぞうし)》などの仮託の書を偽造した。皇甫謐(こうほひつ)《帝王世紀》も,これは偽書とは呼ばぬが,王粛一派の学説によって書かれた古代史である。こうした基礎の上に,晋の梅賾によって《(偽)古文尚書》が世に出された。この新しい《尚書》には,以前には欠けていた多くの篇が付加され,また漢の孔安国の注がついていたが,それらはともに王粛の説に都合のよいものであった。この《尚書》のテキストが唐代以降公認されて広く行われるのであるが,実は付加された篇と注釈とが偽造であることが知られるのは明・清時代になってからである。近代精神の発達とともに弁偽の学も発達し,すでに明の胡応麟に《四部正偽》といった著述があるが,学問の方法として弁偽の姿勢を強くおしだしたのは,民国初年の顧頡剛ら《古史弁》によった擬古派の一派であった。なお,ヨーロッパの偽書については〈本〉の項目を参照されたい。
→偽文書
執筆者:小南 一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 図書館情報学用語辞典 第4版図書館情報学用語辞典 第5版について 情報
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