契約その他私権に関する事実を中心に,公の証明を与える職にあるもので,法律関係を明確にして紛争を予防する役割を果たしている。その資格・権限等はさまざまで,ローマ法の影響の濃いラテン系に属するフランス,イタリア,スペイン,メキシコなど中南米諸国,オランダ,ドイツ,オーストリアなどでは,一般に法律専門家として扱われているが,アングロ・サクソン法系のうち,たとえばアメリカ各州のnotary publicなどでは,おおむね非法律家として位置づけられている。その他,裁判官,弁護士,官吏などが公証業務を担当するところもある。日本の公証人は,ラテン系に属し,嘱託人から受ける手数料収入による自由業であり,かつ公務員たる性格をもち,その作成する公正証書は公文書となる。公証人は法務局または地方法務局に所属し,公証人役場を設けて執務する。その職務権限は,公証人法(1908公布。その前は1886年の公証人規則)その他で定められているが,主なるものは,契約書,遺言書,拒絶証書を含む,各種法律行為など私権に関する公正証書の作成,目撃した事実を記録する証書の作成,定款,私署証書の認証,執行文の付与,確定日付の押印などである。また公正証書は,とくに強い証明力を有し,裁判などの手続を経ずに強制執行,配当要求などに利用できる。公証人は,一定の試験に合格し実地修習を経た者,および裁判官,検察官,弁護士の資格をもつ者の中から法務大臣が任命する建前であるが,法定の試験が事実上実施されず,後者が中心であるため,老練かつ安全ではあるが,平均年齢が高く清新潑剌(はつらつ)さを欠くとの批判がある。
執筆者:三堀 博
人と人(あるいは法人相互)の契約,または遺言,贈与などの法的行為を文書に作成し,公証publica fidesを与える公証人は,10世紀ごろ北イタリアにおいてランゴバルド法とローマ法の影響下に成立し,11世紀のボローニャを中心とするローマ法学の復興(中世ローマ法学の成立)と共に自由な職業人としての地位を確立したと考えられている。12世紀には南フランスに出現した。ローマ法の伝統の下に記録への関心の強い〈文書主義〉の地域,すなわちイタリア,スペイン,ロアール川以南のフランスなどの成文法地域にまず普及したことから,公証人制度も人びとの法的メンタリティの表れと考えられる。この制度は13世紀に南チロル,14世紀に北フランスのようなゲルマン的慣習慣法地帯に浸透し,16世紀にはローマ法の継受と共にドイツにも拡大した。日本の公証人も大陸法に由来する。一方,アングロ・サクソン諸国には法曹としての公証人制度は普及しなかった。なお,ヨーロッパ各地に残る膨大な公証人文書は社会経済史研究の貴重な史料となっている。
→ローマ法の継受
執筆者:清水 廣一郎
イスラム法では,裁判官(カーディー)の前で係争当事者のために証言をする証人(シャーヒドshāhid)の数が,事件の種類によって定められていた。しかし裁判件数の増大につれて,証人の公正さを調べることがしだいに困難となり,やがて8世紀末以降の裁判官はこれを調査するための助手を採用するにいたった。その後さらに一歩進んで,任官前の若い法律家の中からその証言能力がすでに証明済みの者を公証人として選任することが慣例となった。これらの専門的な公証人をシュフードshuhūdあるいはウドゥール`udūrといい,任免権は裁判官にあった。イスラム社会の商取引は文書契約ではなく,証人を立てての口頭契約であったから,社会生活の広い範囲にわたってこのような公証人の存在が不可欠であった。
執筆者:佐藤 次高
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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国家公務員法に定める公務員ではないが、公証人法(明治41年法律53号)等に基づき国の公務をつかさどっているので、実質的意味における国家公務員である。公証人の職務は、法律行為(契約、遺言等)その他私権に関する事実についての公正証書の作成、私署証書(外国に送付する文書、定款、謄本等)の認証、確定日付の付与等である。公証人になるための資格試験があるが、実際には、裁判官、検察官、弁護士などのなかから法務大臣によって任命される。公証人は、法務局または地方法務局に所属し、公証人役場で職務を行い、法務大臣の監督を受ける。国家から給与を受けず、嘱託人から受ける手数料収入によって事務所の経営その他いっさいの経費をまかなっている。
[池尻郁夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…広くは公務員がその権限に基づいて作成する文書(戸籍簿など)を意味するが,一般には公証人が当事者その他の関係人の嘱託により法律行為(売買契約,遺言など),その他私権に関する事実(人の出生,会社の総会の議事など)について作成する証書をいう(公証人法1条)。公正証書には,公証人が嘱託人またはその代理人から聴取した陳述,目撃した状況(たとえば,会社の総会の議事の経過,債務者が債権者に対してした弁済提供の状況),その他公証人が実際に試みて経験した事実(たとえば,約束手形を振出人に呈示したが支払を拒絶された事実)を録取し,かつ,どのような方法でその経験をしたかを記載し,公証人および列席者各自の署名押印がされる(35,39条)。…
… しかし私文書の発給者ならびに証人が署名するという形式は13世紀ごろからしだいにすたれていった。イタリアを中心として公証人制度が発展し,公証人の認証が文書の真正性を保証するという観念が拡大したのである。公証人は署名のほかに必ずsignum notarii(公証人書判)を書いた。…
※「公証人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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