改訂新版 世界大百科事典 「化石類人猿」の意味・わかりやすい解説
化石類人猿 (かせきるいじんえん)
fossil apes
地質時代に生息し,化石として知られているが,現在は絶滅している類人猿の総称。現生類人猿,化石人類,ヒトと共に,ヒト上科に含められる。伝統的に化石類人猿として認められてきたもののうち,初期のグループを原始的狭鼻猿類として化石類人猿に含めない意見もあるが,ここでは従来の包括的枠組みを採用した。科以下の分類については,多くが納得する見解はない。
類人猿はアフリカで誕生した。現在知られている最古の化石類人猿は,2500万年前のカモヤピテクスKamoyapithecusである。つまり,オナガザル上科とヒト上科の分岐は,この時代より以前に起こったことになる。中新世のアフリカからは多くの化石類人猿が知られているが,化石を含む地層の現れ方に偏りがあるため,時代ごと均等に化石類人猿が知られているわけではない。前期中新世では2000万~1700万年前に集中し,プロコンスルProconsul,ウガンダピテクスUgandapithecus,モロトピテクスMorotopithecus,アフロピテクスAfropithecusなど,中期中新世では1500万年前頃に集中し,ケニアピテクスKenyapithecus,エクアトリウスEquatorius,ナチョラピテクスNacholapithecusなどが知られている。アフリカでは,1300万年前のオタビピテクスOtavipithecus以降,化石類人猿資料が激減するが,これは,地質学的条件による偏りと考えられる。1250万年前のケニア(ンゴロラ累層)からは,複数種の類人猿を示唆する断片的化石が見つかっているし,1000万年前頃には,エチオピア,ケニアでチョローラピテクスChororapithecus,ナカリピテクスNakalipithecus,サンブルピテクスSamburupithecusが知られている。チョローラピテクスはゴリラの祖先系統であるという意見が出されている。600万年前以降,アフリカでは,多くの化石人類,化石オナガザルが知られるが,化石類人猿は,ケニアで発見された50万年前のチンパンジーの歯の化石の他には知られていない。したがって,現生アフリカ類人猿の進化過程の多くが未知である。現生狭鼻猿では,オナガザル上科の多様性がヒト上科のそれを圧倒している。この状態が始まったのは,おそらく800万年前よりも新しい時代だと考えられる。
前期中新世,アフリカは現在の地中海の東に広がっていたテチス海によって,ユーラシアから隔絶していた。しかし,1800万~1700万年前以降,断続的に陸地がつながり,アフリカからユーラシアへ類人猿の生息域が拡大した。知られている限り最初にユーラシアへ渡った類人猿は,グリフォピテクスGriphopithecusである。グリフォピテクスは中期中新世初頭に東アフリカで起こった類人猿の放散の一部であり,おそらくこれを祖先として,ヨーロッパとアジアで多くの類人猿が進化した。そのため,ユーラシア化石類人猿の繁栄期は,アフリカで類人猿化石が乏しい時期に重なる。ケニアピテクスはケニアとトルコで一種ずつが知られているが,アフリカとユーラシアの類人猿の間にどれほどの系統的,解剖学的共通性があったのかは,明らかでない。1300万~1000万年前頃を中心に,ヨーロッパでは,ピエロラピテクスPierolapithecus,ドリオピテクスDryopithecus,オレオピテクスOreopithecus,ウーラノピテクスOuranopithecusなどが,トルコ,シワリク(インド,パキスタン),タイ,中国雲南省などアジアでは,アンカラピテクスAnkarapithecus,シバピテクスSivapithecus,ギガントピテクスGigantopithecus,コラートピテクスKohratopithecus,ルーフォンピテクスLufengpithecusなどが知られている。これらの分類をめぐっては多様な意見があるが,アジアの化石類人猿については,オランウータンを含む一つの大系統としてまとめる意見が有力である。ヨーロッパ類人猿は800万年前までには絶滅し,アジアの大型類人猿もギガントピテクスを例外とすれば,その頃までに多くが絶滅したようである。化石オランウータンは中期更新世以降の中国,東南アジアで発見されている。初期のテナガザルらしいユアンモウピテクスYuanmoupithecusは800万~700万年前の中国雲南省元謀盆地の雷老Leilaoで発見されているが,その祖先がアフリカのどの類人猿につながるかは不明である。
オナガザル上科には,二稜歯と呼ばれる独特な歯の特徴がある。これは,歯冠の四隅にそれぞれ咬頭(ふくらみ)が発達し,舌側と頬側の咬頭をつなぐ2本の稜が平行に形成されたものである。オナガザル上科は,この点で分類が容易であるが,ヒト上科にはそのような断定的な特徴がなく,線引きが難しい。伝統的に認められてきた化石”類人猿”すべてをヒト上科に含めるかどうかが議論になるのはそのためである。例えば,前期中新世のプロコンスルは,遠心(奥の方)舌側の咬頭であるハイポコーンが発達し四角形になった上顎大臼歯,五つある咬頭のうち,最遠心にあるハイポコニュリッドが発達し,タロニッドベイスン(遠心の3咬頭に囲まれる窪み)が広がった下顎大臼歯など,現生類人猿的な歯の特徴をもつが,現生類人猿では失われている上顎大臼歯の舌側歯帯が発達しているなどの原始的特徴ももつ。鼻孔はオナガザルと同じく狭く,現生類人猿のように幅広い楕円型ではない。四肢骨や脊柱には,現生類人猿に見られる懸垂運動への適応が認められない。脳の大きさは,体の大きさが近いヒヒ類と同じ程度に大きい。成長速度は,現生類人猿ほどではないが,比較的ゆっくりしていた。プロコンスルは尾を無くしており,退化した仙尾椎の形態特徴から,これは現生類人猿との共有派生形質であると考えられている。また,旧世界ザルとテナガザルがもつ尻ダコをもっていなかったことから,テナガザルの分岐よりも後に位置すると考えるのが合理的である。そうすると,歯牙,頭蓋骨,四肢・体幹骨格において現生類人猿的とされる特徴のかなりが,テナガザルと大型類人猿の系統において,平行進化したことを認めなければならない。このように,どの特徴が系統進化を忠実に反映するかが不確かである点は,化石類人猿の系統関係を定める障害となっている。
分子生物学による分岐年代研究では,テナガザル類1800万~1500万年前,オランウータン1400万~1200万年前,ゴリラ800万~600万年前,チンパンジー属700万~600万年前といった結果が多い。推定誤差を勘案してもこれらの結果は,現在までに得られている化石証拠とは一致しない。チョローラピテクスがゴリラの祖先系統であれば,少なくとも1000万年前,遺伝的分岐と形態進化のずれを考えれば,1200万~1100万年前のゴリラ分岐年代が出るべきであるし,もしグリフォピテクスがオランウータン系統の祖先種であるなら,同様にもっと古い分岐年代推定値が出るはずである。分岐年代推定においては,規準となる分岐点を,少なくとも一つ固定しなければならない。2500万年前をもって,オナガザル上科とヒト上科の分岐とすることもあるが,これは分岐年代の上限(若い年代)であり,規準となる分岐点は化石の新発見と共により古くなっていくはずである。実際,現生類人猿の系統において分子進化速度が低下していることを考慮し,オナガザル上科との分岐が3000万年前をさかのぼるとする意見も示されている。化石類人猿の系統仮説の方が誤っている可能性も十分考慮する必要があるが,分岐年代については,今後大きな見直しの可能性がある。
→化石霊長類 →類人猿
執筆者:中務 真人
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報