改訂新版 世界大百科事典 「化石霊長類」の意味・わかりやすい解説
化石霊長類 (かせきれいちょうるい)
fossil primates
地質時代に生息し,現在では絶滅した霊長類の総称。本項目では,とくにヒトとその近縁種以外を扱う。最近の分子生物学的解析によると,霊長類と他の哺乳類の系統が分岐したのは中生代白亜紀後期(約8000万年前)までさかのぼるとされることが多い。しかし現在最古の霊長類化石は,北米大陸の中生代白亜紀末~暁新世初頭(約6500万年前)の地層から見つかっているプルガトリウスPurgatoriusとされることが多い。両者の年代には約1500万年の開きがあるが,これは中生代の小型哺乳類化石の良質な標本がまれであることと,そもそも初期霊長類の形態的定義が難しいためである。しかしどちらの年代を採用するにしても,初期霊長類が白亜紀末以降に,樹上性の小型哺乳類として急激に適応放散したことは,その後の化石記録から明らかである。新生代初頭の初期霊長類の分類は未だに確定していないが,ほとんどの化石が北半球の大陸(北米,ヨーロッパ,アジア,および北アフリカ)から見つかっていることから,霊長類の起源は白亜紀の北半球であるとされることが多い。ただし,近年では白亜紀後半に南半球にあり,現在のアジア大陸とはまだ接していなかったと思われるインド大陸からも初期霊長類の化石が見つかることから,南半球起源説も唱えられている。
初期の原始的霊長類は,化石標本が断片的なため霊長類としての地位が疑われているものも多いが,暁新世後半以降(約5000万年前),確実に霊長類であることがわかる化石が見つかっている。彼らは一般に真霊長類euprimatesと呼ばれているが,前期始新世からアダピス類とオモミス類という二つの大きなグループに分かれて進化し,北米,ヨーロッパ,東アジア,北アフリカなど広範囲な地域から見つかっている。伝統的な見解では,アダピス類から現生のキツネザル類やロリス類が,オモミス類から現生のメガネザル類や真猿類anthropoideaが出現したと考えられている。ただしドイツの中期始新世の地層から見つかったダーウィニウスDarwiniusは,最近になってアダピス類的な特徴をもちながら原始的真猿類に近いという研究結果が公表されている。この説には異論も多いが,真猿類の系統的な起源に関する議論が再燃している。
真猿類とはいわゆる〈サルらしいサル〉のことで,中南米に生息する広鼻猿類(南米ザル,新世界ザル)とアフリカやユーラシアといった旧大陸に生息する狭鼻猿類に大別される。狭鼻猿類は,さらにヒトと類人猿を含むホミノイド(ヒト上科)とニホンザルやコロブスモンキーなどを含む旧世界ザル類(オナガザル上科)に分けられる。最古の真猿類化石としては,南アジアから東アジアの前期~中期始新世(約4000万~3000万年前)の地層から見つかるエオシミアス科Eosimiidaeとされることが多い。一方,真猿類の形態的定義の一つである眼窩後壁(頭骨の眼の入る凹みの後方に形成される骨性の壁)が確認されている最古の化石が,エジプトの始新世末(約3500万年前)の地層から見つかることから,真猿類の起源は約4500万年前のテチス海周辺部と推測されている。
真猿類の二つのグループのうち,現在中南米に生息する広鼻猿類の最古の化石は,ボリビアの漸新世末(約2500万年前)の地層から見つかっているブラニセラBranisellaであるが,分子生物学的解析によると,広鼻猿類の起源は約3500万年前にまでさかのぼる。この時期の南米大陸は他の全ての大陸から隔離されていたので,広鼻猿類の起源は他大陸からの移入しか考えられない。様々な大陸から見つかっている当時の化石種の比較検討の結果,広鼻猿類はアフリカ大陸で起源し,地球規模の寒冷化の影響で海水面が大幅に低下していた漸新世に,現在よりもずっと狭かった大西洋を渡って南米大陸に侵入したと考えられている。
一方,旧大陸(アフリカとユーラシア)に残った狭鼻猿類は,初期の化石種がエジプトの始新世末~漸新世初頭の地層(約3500万年前)から豊富に見つかっているため,初期狭鼻猿類の適応放散の舞台はアフリカ大陸と考えられている。初期狭鼻猿類の分類は複雑であるが,そのうちの一つであるプリオピテクス類は前期中新世にユーラシア大陸に侵入し,東アジアとヨーロッパの二つの地域で適応放散し,後期中新世まで生き残っていたが,やがてどちらの地域でも絶滅した。年代的には中国中部のプリオピテクス類の方が古いので,その起源地は東アジアではないかと考えられている。
初期の旧世界ザル類はビクトリアピテクス類としてまとめられることが多いが,中期中新世(約1700万年前)にアフリカ大陸でコロブス類とオナガザル類に別れて進化し,やがてそれぞれがユーラシア大陸に侵入した。前者の方がやや先に適応放散し,後期中新世前半(約800万年前)にヨーロッパやアジアまで到達した。後者はやや遅れて中新世末(約600万年前)にユーラシア大陸に侵入し,こちらもヨーロッパと東アジアにまで生息域を広げている。
ホミノイド類の適応放散は,旧世界ザル類よりも先行したと考えられているが,初期ホミノイド類の分類は非常に複雑であり,また初期狭鼻猿類との区別が難しいことから,はっきりしたことはわかっていない。中期中新世のアフリカ大陸がその適応放散の主な舞台であるが,いくつかのグループは中期中新世前半には既にユーラシア大陸に進出していたことがわかっている。テナガザル類は約1800万年前には他の類人猿の系統と分岐したと推測されているが,化石記録は全く残っていない。またアジア系のシバピテクス類は中期中新世(約1500万年前)には西アジアで出現しており,南アジアを経由して東アジアにまで到達し様々な種に分化した。その子孫は,オランウータン以外の系統は全て絶滅したと考えられている。またヨーロッパで繁栄したホミノイド類はドリオピテクスやオウラノピテクスなどに適応放散したが,後期中新世には全て絶滅してしまった。
一方,アフリカ大陸に残ったホミノイド類は,中期~後期中新世に大いに適応放散したが,ほとんどが後期中新世に絶滅し,現在では3属の大型類人猿(チンパンジー,ボノボ,ゴリラ)と,ヒトの系統が生き残っているだけである。現在まではっきりとしたアフリカ産大型類人猿の化石は見つかっていないが,エチオピアやケニアの後期中新世前半(約1000万~900万年前)の地層からみつかっているチョローラピテクスChororapithecusやサンブルピテクスSamburupithecusがその候補としてあげられることが多い。
→化石類人猿 →類人猿
執筆者:高井 正成
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報