大地震は突発的に起こるために,しばしば大災害をもたらしてきた。特に最近のように都市の近代化が進み,産業設備等が複雑かつ巨大なものになるにつれて,防災面での都市の脆弱化が加速度的に進行している。したがって,地震災害を軽減する一つの方法として,地震の発生をあらかじめ知ることができないだろうかという社会的要望がいっそう強くなっている。
地震予知の実用化が達成されれば人命の救助や災害軽減に役立つことは明らかである。それでは,地震の予知はいったい可能なのだろうか。この問題については極端な悲観論や楽観論があるが,いずれも受け入れがたい。一部の研究者は,地震が地殻の破壊現象であるから本質的に予知することはできないと主張する。破壊現象はもろもろの不確定な要因に支配される確率的現象だからだという。これを主張する人たちはガラスの破壊のようなものを念頭においているようである。確かにガラスのように均一なものはまったく突然に破壊するので,その発生時期を予測することはできない。しかし,同じ破壊現象でも岩石やコンクリートのような不均一なものでは,破壊は突然発生するのではなく,まず弱い部分で小破壊やすべりが起こり始め,それがしだいに進展して最終的に急激な主破壊にいたる。したがって,主破壊に先行して進行する小破壊やすべり,それに伴う種々の変化(これらを前兆現象という)を観測し追跡してゆけば,主破壊の予知は不可能ではない。地震は地殻に加わる力がしだいに増大し,それが限界値に達して断層が急激にすべるために起こると考えられる。その場合,断層面および周辺の地殻内の応力分布はかなり不均一であると考えられ,前兆現象の出現が期待されるので,上に述べたような極端な悲観論は当たらない。一方,1970年代の初期に,地震前の地震波速度変化や地殻の異常隆起の報告に根拠をおいてダイラタンシーモデルが提唱されて,地震予知についての極端な楽観論が風靡したことがあった。しかし,その根拠とされた著しい地震波速度変化の異常がその後の精度のよい観測でいっこうに認められないこと(たとえあったとしても小さい)や,1974年から80年にかけて伊豆半島とその周辺で続発した地震の起こり方などがこのモデルの予測と違うことなどから,このモデルの主張する機構についても再検討の必要があるとされ,極端な楽観論もしだいに影をひそめた。
中国では遼寧省海城近くで1975年2月発生した破壊地震(海城地震と呼ばれ,マグニチュードM7.3)の予知に成功し,多大の人命が救われた。しかし一方で,同じ中国で76年に起こった唐山地震の場合は予知できなかった。唐山地震の死者24万2000人といわれている。地震予知の実用化は前兆現象をとらえることによって達せられるが,前兆現象の出現の程度は地震断層や周辺の力学的な性質に強く依存し,著しい地域性を示す。1970年代後半から続発している伊豆地方の地震ではいつも明瞭な前震を伴うが,中部カリフォルニアの地震では前兆現象が観測されない場合が多い。地震予知のやりやすい地域とやりにくい地域とがあるようである。
地震予知はそれぞれの地域の前兆現象の起こり方の特徴を明らかにしながら,それに応じた注意深い観測により実用化へと進む必要がある。十把一からげにした楽観論も悲観論も適当でない。現状における地震予知の進め方を一般的にまとめると,(1)地震が近い将来起こる可能性のある場所や大きさを予測する超長期予測,(2)ひずみの蓄積によって起こる各種の長期的前兆現象の観測による長期予測,(3)潜在的に破壊が開始したことによる直前の前兆現象をとらえる短期・直前予知,の3段階を経て達成されると考えられる。
(1)超長期予測 (a)大地震は同じ所で繰り返し発生するので,過去の大地震の起こり方を調べることによって,その地域の地震の発生の可能性を推定できる場合がある。過去にたびたび大きい地震が起こったが近年起こっていない所は注意を要する所である。たとえば駿河湾を含む東海地方では,1707年,1854年と大地震が繰り返し発生してきており,その後すでに130年を経過しているので,この地域の大地震はそう遠くないだろうと推定される。特に,ある長期間をとった場合,一つの地震帯の他の部分で次々と大地震が発生してしまったのに一部の地域が未破壊のまま取り残されている場合には,そこで次の大地震が発生する可能性が高く,したがって大地震の発生場所が予測され,未破壊域の大きさから地震の規模が推定され,またその時期もある程度近いとの予測が可能となる。1973年の根室半島沖地震はこのような考えで予測されていた所に起こった地震である。(b)地震は地殻にひずみが蓄積し,それが限界に達したときに起こると考えられるので,地殻の平均的な限界ひずみとして求められている0.5×10⁻4~1×10⁻4に比較してどの程度ひずみが蓄積されているかを知ることによって,ある程度の地震切迫度の予測ができる。ひずみの蓄積の度合は水準測量や辺長測量などの測地測量によって求められる。ただし,地殻の限界ひずみは地震によって大きな〈ばらつき〉を示し,地殻ひずみの値からの予測はごく概略のものとならざるをえない。(c)活断層の有無やその活動の歴史を知ることによってその地域での地震発生の可能性やごく概略の切迫度が推測できる場合がある。特に最近,活断層を発掘して,過去に断層が変位した時期を求め,長期にわたる地震活動史を明らかにしようとする研究(トレンチ法)が行われるようになって,長期的予測に役立つことが期待されている。しかし,その時間的予測の精度は(a)や(b)に比較してさらに概略の長期的なものである。
(2)長期予測 地殻の応力レベルが高まり,ひずみの蓄積がある程度に達すると,来るべき地震断層を含む地殻内の強度の低い所で小規模の破壊やすべりが起こったり,地震断層自体に沿って粘性的流動による変位が進行したりする。そのために各種の長期的前兆現象が発生する。最も顕著な長期的前兆現象は地震活動の変化である。まず,大地震の前に広域的に活動が活発化する場合が多い。さらに地震の発生時期に近づくと,来るべき震源域では逆に極端に静穏化する傾向がある。これが地震空白域の出現である。その場合,空白域を取り巻く周辺の活動がかえって活発化し,ドーナツパターンを形成することもある。空白域が出現してから地震発生までの継続時間は地震が大きいほど長い傾向にあるが,これによって発生時期を定量的に予測するには〈ばらつき〉が大きすぎる。水準測量に基づいて地震の数年前に地殻の異常隆起があったという報告がいくつかあるが,水準測量の精度などを吟味すると確定的なことをいえない場合が多く,今後の検討課題である。水管傾斜計などによる地殻変動連続観測によると,地震のかなり前から異常を呈したという報告がいくつかある。地下水位や地下水中のラドン濃度が変化することもある。その他,地磁気や地電位差が変化したという報告もある。中国では地震の前に動物が異常行動を示したという多数の例が報告されているが,動物の中には現代の科学では解明されていないような特異な反応を示す能力があるので,ありえないことではないかもしれない。ただし,日本のような人口の過密な地域では期待しにくい。
(3)短期予知 初めに述べたように,地殻の主破壊はまったく突発的に発生・進行するのではなくて,潜在的な初期の進行過程を経てから急激な主破壊にいたると考えられ,この初期過程では,小破壊が続発したり,断層面沿いの静的すべりがしだいに速度を増してゆくことなどが推定される。このような変化に対応すると思われる各種の直前の前兆現象が観測されている。すなわち,前震の発生,異常地殻変動,地磁気や電気抵抗の変化,電波の発生,地下水位の変化,ラドンなど化学成分の変化,自噴泉の温度変化などである。実用的な地震予知はこれらの地震直前の各種の前兆的変化をとらえ,総合的に判断することによって達せられるに違いない。これらの直前の前兆現象が地震のどのくらい前から出現するかについては,一般的な規則性はわかっていない。しかし,前震は数時間から1~2日前が多いようであるし,地下水位の変化はもっと前から現れたという報告が多い。前兆現象は種類により,また地域によりくせがあり,その再現性は比較的よいように思われるので,それぞれの地域の地震についてきめの細かい検討によって,発生時期の予測が行われることになる。
以上を要約すると,(超)長期的な予測によって大地震が起こる可能性がある,あるいはその発生が比較的近いと判断された場合には,その地域に24時間監視網を整え,直前の前兆現象をとらえて直前の予知を行うという進め方になる。
現在,日本においては,長期予知の検討は地震予知連絡会において行われている。地震予知連絡会は30名の関係各機関の地震専門家によって構成され,毎年4回の定例会議で全国的な検討を行っている。なお,下部機構として二つの部会があり,緊急な問題が起こった場合に対処している。短期予知の対象になっているのは現在東海地域だけである。1978年に大規模地震対策特別措置法が発足して,大規模地震の発生の可能性の高い所として,駿河湾を含む東海地域が地震防災対策強化地域に指定され,地震観測点,地殻ひずみ観測点,地下水観測点など各種の観測点が配置され,そのデータが東京の気象庁に電送され,24時間監視体制下にある。もし異常が認められれば地震防災対策強化地域判定会が招集され,地震発生の可能性ありと判定された場合には,内閣総理大臣によって警戒宣言が発せられる。この観測網は密度および質において世界でも最も充実したものである。東海地震について前兆現象が観測できるかどうかについては,この地震の兄弟ともいうべき1944年の東南海地震の直前に著しい前兆的地殻変動が2~3日前から急速に増加したという例があるので有望である。このようにして,日本でも地震予知は実用化に向けて確実に一歩を踏み出した。ただし,このような短期予知のための体制がとられているのは,東海地域に予想されるマグニチュード8級の大地震についてだけであって,全国各地でこれから起こるかもしれない他の地震(多分マグニチュード7級のいちだんと小さい地震)についても逐次積極的な対策を講ずる必要があろう。なお,地震予知のための組織的な観測・測量は,測地学審議会によって建議された地震予知の年次計画に基づいて国の関係各機関によって推進されているが,このほかに地方自治体やアマチュア観測者による井戸の水位測定なども行われている。
執筆者:茂木 清夫
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(阿部勝征 東京大学教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…地震予知に必要な観測を分担する各機関が資料を持ちよって検討する委員会。日本の地震予知計画は1965年度に発足し,国の予算措置がとられるようになったが,1968年十勝沖地震を契機として,予知の実用化への道を早く開くために,この連絡会が建設省国土地理院に設けられた。…
※「地震予知」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
各省の長である大臣,および内閣官房長官,特命大臣を助け,特定の政策や企画に参画し,政務を処理する国家公務員法上の特別職。政務官ともいう。2001年1月の中央省庁再編により政務次官が廃止されたのに伴い,...
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