江戸後期の蘭学(らんがく)者高野長英(ちょうえい)が1838年(天保戊戌9)10月21日に、渡辺崋山(かざん)の『慎機論(しんきろん)』と同様、イギリス船モリソン号来日に対する幕府の撃攘(げきじょう)策に反対して執筆した警世の書である。正しくは『戊戌(ぼじゅつ)夢物語』という。構成は、冬の夜ふけゆくままに、長英がひとり書を読む間に、夢となく幻となく恍惚(こうこつ)の世界に入る。そこは、ある人の家に数十人の学者が集まり、時事問題を論じている場である。やがて甲と乙とがモリソン号について問答をし始める。甲の問いに乙が答える内容は、モリソン号に代表される(ただし船名を人名と誤っている)イギリスの国勢の情報で、とくにアジア、中国への交易進出問題である。鎖国下にある日本に対して漂流民送還を口実に開国を迫っている現状を述べ、これを撃退せんとする打払令に反対した。この書は執筆後まもなく転写され、かなりの反響をよんだらしく、『夢物語評』『夢々物語』等が出た。39年蘭学者の弾圧事件である蛮社の獄が起こると、長英は本書による幕政批判の罪で永牢(えいろう)の判決を受けた。
[藤原 暹]
『佐藤昌介校注『戊戌夢物語』(『日本思想大系 55 高野長英他』所収・1971・岩波書店)』
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…鳥居を崋山らの弾圧に踏みきらせたのは,モリソン号事件とこれにつづく江戸湾防備の問題である。1838年10月〈英船〉モリソン号渡来の風説を知った崋山は《慎機論》を書き,また長英は《夢物語》を書いて,予想される幕府の撃攘策に反対した。他方,幕府もこの風説に刺激されて,江戸湾防備体制の強化をはかり,目付鳥居と代官江川に命じて,江戸沿海を調査させた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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