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島原半島 しまばらはんとう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

島原半島
しまばらはんとう

長崎県南東部,有明海橘湾島原湾に囲まれる半島。西方の諫早低地の地峡部で,多良岳西彼杵半島に接する。半島は雲仙岳火山群と南部の南有馬溶岩台地とからなる。古くは戦国諸豪族の争覇の地で,覇者有馬氏の支配は慶長 19 (1614) 年,有馬直純の延岡転封まで続き,これを継いだ松倉氏が島原の乱で除封されたのちは松平氏の支配が長かった (→島原藩 ) 。島原の乱で半島南部の住民は全滅し,その後全国から農民や浪士が移住してきたため,近年においてもなお各出身地の遺風がみられる。東岸は広大な火山扇状地が発達し,米作のほか,ミカン,葉タバコ,ジャガイモなどの栽培と畜産が行なわれる。北部の有明海に面する干拓地では米作が盛ん。西海岸は千々石を除いて,丘陵が海に迫り,ミカン,ジャガイモの栽培,カタクチイワシの煮干し加工が行なわれる。雲仙温泉島原温泉小浜温泉の3温泉地と多くのキリシタン関係の旧跡があり,雲仙天草国立公園島原半島県立自然公園に属する。 1991年雲仙普賢岳が 200年ぶりに噴火し,雲仙,島原一帯に大災害をもたらした。半島を一周する国道 251号線,雲仙岳を中心に国道 57号線,389号線が通じ,また多比良,島原,口之津からそれぞれ熊本県の長洲,三角,鬼池にフェリーが運航する。

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デジタル大辞泉の解説

しまばら‐はんとう〔‐ハンタウ〕【島原半島】

長崎県南東部に突き出た、雲仙岳を中心とする半島。有明海・島原湾・橘(たちばな)湾に囲まれる。

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百科事典マイペディアの解説

島原半島【しまばらはんとう】

長崎県南東部の半島。雲仙岳を中心とする火山群が主体をなす。山麓の扇状地,丘陵地は広く耕地化され,ジャガイモ,野菜,ミカンなどを産する。雲仙天草国立公園に含まれ,温泉が多い。
→関連項目愛野[町]吾妻[町]有明[町]有明海有家[町]雲仙[温泉]小浜[町]加津佐[町]北有馬[町]口之津[町]国見[町]橘湾千々石[町]長崎[県]西有家[町]深江[町]布津[町]瑞穂[町]南有馬[町]南串山[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

しまばらはんとう【島原半島】

長崎県南東部に位置する半島。島原市と南高来(みなみたかき)郡の全域を占める。北と東は島原湾,南は早崎瀬戸,西は橘湾に面し,わずかに北西部で幅約3kmの愛野地峡により肥前半島主部と陸続きとなっている。半島中央部は普賢岳(1359m)を主峰とする雲仙岳の火山群からなる。北および東麓には緩やかな火山性扇状地が広がり,海岸は砂礫海岸をなすが,半島西岸は断層による陥没ですそ野を欠き,岩石海岸をなす。また南部は玄武岩などからなる火山性台地で地すべりの多発地帯でもある。

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大辞林 第三版の解説

しまばらはんとう【島原半島】

長崎県南東部、島原湾と天草灘を分かつ半島。中央に雲仙火山群があり、雲仙天草国立公園の中核部。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔長崎県〕島原半島(しまばらはんとう)


長崎県南東部の半島。東の有明(ありあけ)海(島原湾)と西の橘(たちばな)湾(千々石(ちぢわ)湾)を分け、南は早崎瀬戸(はやさきせと)を挟んで天草(あまくさ)諸島に対する。北西部の愛野(あいの)地峡により諌早(いさはや)平野に続く。中央部は雲仙(うんぜん)岳が占め、1990年(平成2)に198年ぶりに噴火活動を再開した普賢(ふげん)岳(標高1359m)は翌年溶岩ドームから火砕流(かさいりゅう)を頻発し、大きな人的・物的被害を発生させた。新たに形成された溶岩円頂丘(標高1483m)は1996年、平成新山と命名された。溶岩台地の斜面ではミカン・葉タバコ・ジャガイモが栽培され、島原湾ではノリの養殖、橘湾ではアジなどの一本釣りやカタクチイワシ漁が盛ん。南東部の南島原市西有家(にしありえ)町ではそうめん製造が盛ん。雲仙温泉は『肥前国風土記』に「峰の湯の泉」と記され、室町時代にはキリシタン宣教師も記録し、江戸時代には長崎・出島のオランダ商館に赴任したシーボルトらも入浴している。ほかに小浜(おばま)温泉・島原温泉などがあり、島原の乱で有名な原城(はらじょう)跡(国史跡指定)ほかキリシタン史跡が多い。山岳地帯は1934年(昭和9)3月、瀬戸内海・霧島とともに日本初の国立公園に指定された(当時は雲仙国立公園)。現在は雲仙天草国立公園の主要部となっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

島原半島
しまばらはんとう

長崎県南東部に突出する半島。行政上は島原市、南島原市、雲仙(うんぜん)市からなる。大部分が雲仙火山群から成り立ち、南部に南島原台地を伴い、その輪郭は楕円(だえん)形を示すが、西側に橘(たちばな)湾の陥没カルデラがあって、楕円形の一部が欠けている。地形的には東側の島原湾側では、緩やかな火山性扇状地が海中にまで延びて、砂質の海岸が発達し、西側では火山群が断層によって切られ、岩石海岸の地形に富む。雲仙火山群には東西方向の断層が発達し、その顕著なものとして、北に千々石(ちぢわ)断層線、南に金浜布津(ふつ)断層線があげられ、これらの断層線の間に雲仙地溝帯がある。この地溝帯に絹笠(きぬがさ)火山群、九千部(くせんぶ)火山群、雲仙(温泉)火山群が噴出している。これら三つの火山群の接触する部分に帯山(おびやま)爆裂口があり、盆地状の雲仙温泉が形成されている。
 雲仙火山は活火山で、1657年(明暦3)普賢岳(ふげんだけ)(1359メートル)の北側に古焼(ふるやけ)溶岩流が噴出し、1792年(寛政4)新焼溶岩流の噴出とともに眉山(まゆやま)の大崩壊がおこり、山体は裂けて噴出した熱水とともに大地すべりを発生している。火山群は、標高300メートル以上では数峰の溶岩円頂丘をなし、標高300メートル以下では緩やかな火山性扇状地をなし、北部に愛野、吾妻(あづま)、国見、有明(ありあけ)、東部に島原、深江、有家(ありえ)、南部に塔ノ坂の各扇状地がある。西部には小浜(おばま)断層があって扇状地を欠き、海岸に小浜温泉がある。扇状地上の土地利用は、牧牛や酪農の進展のほかに、ジャガイモ作付けの増大と畑地転換や開墾によるミカン園の増大とが特徴的である。飛子(とびこ)―有馬線以南の南島原台地は、第三紀層上に噴出した玄武岩の溶岩台地で、彦山(ひこさん)周辺の台地面は保存が良好であるが、上原台地はメサ状、鳳上(ほうじょう)岳・愛宕山(あたごさん)はビュート状をなす。これらの台地と山腹の第三紀層との境界には湧水(ゆうすい)が多く、棚田が発達するが、地すべりの多発地帯をもなす。海岸は、東岸では砂礫(されき)海岸、南岸および西岸では岩石海岸をなし、東岸ではノリ、ワカメの養殖が盛んである。南岸および西岸では一本釣り、延縄(はえなわ)漁業を主とする。[石井泰義]
『林銑吉著『島原半島史』上中下(1954・長崎県南高来郡教育会) ▽島原史談会編『島原半島の古代文化――概説と年表』(1962・島鉄観光社) ▽『緑と太陽の地 島原半島』(1970・長崎県市町村自治振興会)』

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世界大百科事典内の島原半島の言及

【長崎[県]】より

対馬壱岐五島列島などの島嶼が県の総面積の45%を占め,常住者のいる島は80,いない島は490を数える。本土側は北松浦半島肥前半島西彼杵半島長崎半島島原半島が,手の指のごとく分岐する。島嶼部,半島部はいずれも沈水性のリアス式海岸が発達し,湾入が著しい。…

※「島原半島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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