元来の意味は,〈故郷に帰って親の安否を気遣う〉という唐の詩人朱慶余の漢詩に出典がもとめられる。しかしその意味は時代の推移につれて変化している。近代以降,身分制の崩壊と学校制度の整備にともない,立身出世主義が急速に広がるなかで,〈功成り名を遂げて,故郷に錦を飾る〉ことが,成功者の理想像として一層強くなった。こういう形で帰省することは,幼時から受けた親の恩に報い,孝養を尽くすことであったと同時に,故郷への晴れがましい成功の顕示でもあった。このことは,秀才を世に送り出すための血縁,地縁の集団的きずながいかに強かったかを物語るとともに,大学などの高等教育機関のエリート養成機能が強力であったことをも証明している。
第2次大戦後,立身出世主義を支えていた集団的基盤は崩れて私生活主義に移行し,さらに高等教育の大衆化によりエリート志向の様相が複雑化し,帰省という語もあまり重大な意味をもたなくなってきた。学生が休暇中に故郷に帰る場合に,この語が慣用的に用いられる程度であった。ところが近年にいたり,別の意味で帰省が脚光を浴びる事態が生まれてきた。それは,経済の高度成長にともなって地方から都市への人口流入が激増し,その人々が盆,暮れに故郷へ帰るものとしての帰省である。交通路の整備にともなってそれは顕著となり,〈帰省列車〉〈帰省バス〉によって混雑を招くことが,年中行事の一つとなった観すらある。帰省ラッシュは,生まれ育った地域での人的ネットワークの消息を確かめ合う機会として,また安あがりの家族旅行としてある。さらに,帰省を促すべく展開するマス・メディアが及ぼしている作用も大きい。
執筆者:八木 正
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…1888年民友社に入り,《国民新聞》《国民之友》に多数の詩,小説,評論を発表。90年刊の《帰省》は,文明開化に汚染されぬ故郷への思慕をつづり,湖処子の田園文学の代表作となる。《湖処子詩集》(1893)や彼の編んだアンソロジー《抒情詩》(ほかに国木田独歩,松岡(柳田)国男,田山花袋など)(1897)中の新体詩は,農本的自然感情と宗教的敬虔さの融け合った清冽,平明な詩情を伝えている。…
…そこには,親子間のこととして,〈昏(ゆうべ)に定め晨(あした)に省(かえり)みる〉,子は夕べには父母の寝床を整え,朝には必ず父母のごきげんをうかがうとあり,師弟間のこととして,〈先生に道に遭えば,趨(はし)りて進み,正立して手を拱(こまぬ)く〉,道で先生に出会ったときには先生のもとへ走り寄り,起立して両手を前に重ねて挨拶する(これは〈拱手(きようしゆ)〉という中国独特の挨拶の所作)とある。また,〈帰省〉という言葉も,もとは故郷を離れて身を立てている子が,両親の安否をきづかって帰るという挨拶をいった。これらは父母や先生に対する親愛・敬意を表そうとするものであり,きわめて厳格に行われた。…
※「帰省」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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