日本大百科全書(ニッポニカ) 「ボス」の意味・わかりやすい解説
ボス(Hieronymus Bosch)
ぼす
Hieronymus Bosch
(1450ころ―1516)
ネーデルラントの画家。ファン・アケンvan Akenを本名とする説もある。スヘルトーヘンボスに生まれ、1516年8月9日同地に埋葬された。彼は15世紀後半におけるこの地方のもっとも重要でユニークな画家であり、レオナルド・ダ・ビンチとほとんど同時代の人であるが、その伝記的事実も芸術的な由来も詳しいことはわかっていない。現存する約30点の作品も、年代的、形式的および表現内容のうえから不明ないしは不可解な点が多い。彼の死後約1世紀たって王位についたスペイン王フェリペ2世が彼の絵の愛好者で保護の手を差し伸べた以外は、後世の評価はあまり高くなく、19世紀末になって注目されるようになった。
彼の作品には『三王の礼拝』(リスボン国立古美術館)のような理解しやすい宗教画と、『快楽の園』(マドリード、プラド美術館)や『聖アントニウスの誘惑』(リスボン)のような不条理で不気味な空想像にあふれた作品とがある。この後者の系列の作品にうかがわれる比喩(ひゆ)や象徴は、当時の腐敗した教団への攻撃とみなされており、彼が特定の異端の宗派ないしは神秘主義的な教団に属していたとして、この立場からの解明がもたらされているが、今日なお未解決のまま残されている部分が多い。たとえば三幅対の大作『快楽の園』にしても、左翼の図は別として、他の二幅には、燃える廃墟(はいきょ)や怪奇な鳥や獣や、空想的な拷問の道具や、恋に戯れる男女など悪夢のような世界が繰り広げられ、エデンの楽園がサタンの園であるかのような様相を示している。これが異端の信仰による地上の楽園の幻影か、救済不能な地獄図の表現かについては説が分かれるが、いずれにしても原罪を際限なく犯す愚かしく罪深い人間の全貌(ぜんぼう)を描いたこの作品は、怪異な空想と細密な観察が結合した大絵巻をなし、優美とさえいえる色彩の輝きと相まって、戦慄(せんりつ)と恍惚(こうこつ)とが入り交じった超現実的な幻想美を実現している。なお最晩年の作といわれる『放蕩(ほうとう)息子』(ロッテルダム、ボイマンス美術館)は罪におびえる人間像の表現であり、その表情にはすでに「近代」が息づいている。
[野村太郎]
『C・リントフェルト解説、西村規矩夫他訳『ボッス』(1976・美術出版社)』▽『坂崎乙郎編『リッツォーリ版世界美術全集2 ボス』(1975・集英社)』
ボス(責任者、指導者)
ぼす
boss
オランダ語のbaas(主人)から出たことば。アメリカからの外来語として日本語化したもので、町の顔役、親分といったあまり好ましくない意味で使われるが、元来は集団の責任者や指導者をさす。職業集団では雇主、直接の上役、職長といった自分に命令を発する人、ないし自分が職務上服従関係にある人をさす場合に使われる。政治集団では政党の領袖(りょうしゅう)や各派閥の代表をさす。反社会的なギャング集団では親分を意味し、ここでは、ボスと子分との関係は身分的なものであり、ボスの命令に対しては子分は絶対服従が要求され、違反に対しては厳しい制裁が課せられる。これらギャング集団とか日本のやくざ集団などのボスと部下の身分関係の実証分析のみならず、産業界、政界、教育界、地域社会、学校集団内のボスの分析は、派閥の中心人物としてその影響力が強いだけに、社会学にとって無視できない研究分野をなしている。
[高島昌二]
『丸山真男著『増補版 現代政治の思想と行動』(1964・未来社)』▽『岩井弘融著『病理集団の構造 親分乾分集団研究』(1963・誠信書房)』▽『M・ロイコ著、宇野輝雄訳『ボス シカゴ市長R・デイリー』(1973・平凡社)』