墨をするために水を蓄え,また硯に注ぐ容器。形態や大小によって,硯滴(けんてき),水注,水盅(すいちゆう),水中丞(すいちゆうじよう),水盂(すいう),蟾蜍(せんじよ)などとも称し,日本では古くは須美須里賀米(すみすりがめ)(《和名抄》),硯瓶(すずりがめ)(《栄華物語》)などともいった。狭義の水滴は,2ヵ所の小孔(風穴と水穴)をあけ,少量のしずくを落とすくふうがなされたものをいう。水滴と一括して呼ぶもののうち,水注は注口と把手をもった水指形を,水盂,水丞などは鉢形や壺形のものをいう。水盂などには開いた形で筆洗(ひつせん)としても用いるものと,口をすぼめた形のものがあり,筆覘(ひつてん)(匙(さじ))で水をすくって用いる。また〈蟾蜍〉とはヒキガエルで,その巨大な腹に水を蓄えると信じられたことから,水滴の異称となり,蟾蜍をかたどった玉製水滴なども多い。材質は,古くは銅,玉,石を主とし,やがて陶磁器製が多くつくられる。
はじめは単に水を蓄える壺や鉢が用いられたが,他の文具の発達とともに専用の水滴が生まれ,そのためのくふうが凝らされたと思われる。中国では魏晋南北朝のころから,青銅製の水滴がみられる。怪獣形や蟾蜍形をとり,口の前に耳杯(じはい)をもつものもある。陶磁器では宋代以降に水盂が多くつくられ,ことに清代の雍正窯などに〈太白尊〉と呼ぶ水丞の名品がある。一方,明代から清代にかけて栄えた江蘇省の宜興窯では,朱泥や烏泥(うでい),褐泥などの急須形水注(茶壺と呼ぶ)が盛んにつくられ,文人趣味の流行した江戸時代後期の日本でも愛玩された。
朝鮮では高麗青磁にも少数ながら童児や竜をかたどった水滴があるが,最も盛んにつくられたのは李朝においてである。白磁,染付を中心に,辰砂,鉄砂,瑠璃釉などで,丸,四角,六角,扇面,動植物,家,楽器など多様な形態がつくられた。また大きさも3cm程度から高さ10cmを超すものまである(李朝美術)。
日本の水滴は,文書の作製,写経などが盛んとなった奈良時代からみられる。法隆寺献納宝物中に,墨台,匙とセットになった金銅製水滴がある。蓋付で3足をもち鳳凰を胴部に彫刻した,匙を用いる水盂形である。しかし官庁や写経所,一般の知識層の家などでは箱形や水瓶形の須恵器が用いられ,平城宮址からの出土品も多い。平安時代後期になると,日本では独特な硯箱が発達し,水滴も硯箱に硯や筆架,刀子(とうす)などとともに組み込まれた。金銅製,銅製を主に弦(つる)をもったやかん形の水注が多く,やがて室町時代以降になって,硯箱に和様の意匠が施されると,組み込まれる水滴の意匠もそれに合わせてくふうされた。例えば塩山蒔絵硯箱(京都国立博物館)は波千鳥に岩を配し,葦手文様とするが,水滴と硯台を岩に見たててつくられている。一方,古瀬戸に動物をかたどった水滴が鎌倉時代の末ごろからみられ,桃山時代には織部陶などにもみられる。また桃山時代からは七宝技術が興り,色彩豊かな水滴がつくられた。
執筆者:上田 敬二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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